第5話 王室司書の役目

 広大な王宮には様々な施設が存在し、施設に応じて組織構成や規則も異なる。

今回アルメリアが代わりをすることになった司書という役割は、王宮で保管している貴重な書物の管理を行う職務だ。わざわざ王宮が保管しているのだから、大貴族であろうともそう簡単に目を通すことなど出来ない。職人がひとつひとつ手がけ、革製で装丁されていて、どれも背表紙に王家の紋章であるダイアモンドが彫られている。

 そのような書物の管理を、人手不足とは言えただの侍女が任されたのだから、それなりに信用されていると言ってもいいのかもしれない。

「おはようございます、あなたがアリルさんね。ウイニ侍女長から話は聞いています。……私は王宮図書長のウェビニアです」

 ウイ二というのは下級侍女たちをまとめ上げる侍女長のことで、昨夕、アルメリアとメイルがお世話になった人物のことだ。

「初めまして、ウェビニア王宮図書長。アリル・エリゼと申します。しばらくお世話になります」

 両手を胸の前で合わせて、深々と頭を下げる。初対面の仕事相手には誠意が大切——と、何かの本で読んだ知識を頭に反芻しながら顔をあげると、満足そうに頷くウェニビアと目が合った。

「ええ、ウイ二侍女長の言う通りの子で安心しました」

 アルメリアの何かが彼女のお気に召したのか、ウェビニアは司書としての制服を差し出した。見慣れたクラシックスタイルの侍女服ではなく、品の良さと知性を感じさせるパンツスタイルの制服だ。

「では早速、書架番の仕事の説明をさせていただきますね」

「えっ、書架番……?」

 アルメリアが疑問を言葉にする間もなく、ウェビニアは「案内しながら説明します」と歩き出す。組織をまとめ上げる長という役職はたいそう忙しいのだろう。アルメリアは渡された司書としての制服を胸に抱きしめて、慌ててその後を追った。

「王宮書室は、基本的に王族の方か位の高い貴族の方のみしか入室が許可されていません。書架番はその書室の管理を行う仕事です。あなたは入室許可証の処理と、書架内の清掃、書物の整理を行なって貰います。そう難しくないので心配する必要はありません」

「……わかりました」

「着替えは図書室に更衣室があります。それから、清掃用具も図書室の裏手に。やり方はあなたの方法で構いません。ただし、書物に傷をつけないこと。それから、書物を開かないことを心に留めておいてください」

「はい」

 すらりとした高身長であるウェビニアに置いていかれないよう、速足で追い付きながらどうにか相槌を打つ。

 てっきり王宮図書室での仕事だと思っていたアルメリアは、みるみるうちに図書室が離れていくのに不安を募らせた。

(なんだか、とても嫌な予感がするわ)

 王宮図書と呼ばれる組織が管理するのは、王宮の書物。そしてここには、多くの貴族たちが利用する図書室と、身分が尊い者でもおいそれと足を踏み入れることが出来ないいくつかの特別書室が存在する。

 もしかすると、情報を伝達する間でずれが生じてしまったのかもしれない。だけれど、司書の代わりはウェビニアが直接侍女長に進言したようで、間違いがあるとは思えなかった。

(まさか、わざと言わなかったなんてことは……)

 書架番とは、特別書室を管理する者のこと。書室とは、王族ですら簡単には入れない禁書の地。

そんな場所に、ただの下級侍女が足を踏み入れるなんてことは、前代未聞以外の何物でもなかった。

「ではお願いしますね。今日あなたに頼むのは——」

 ぴたりとウェビニアが足を止める。考え事をしていたせいで、ウェビニアにぶつかりそうになってしまい、慌てて一歩身を引いた。

「この、第二書室です」

「え、ええ……」

 自らの前に聳え立つ黒々とした観音扉を見て、思わず淑女にあるまじき低い声を漏らしてしまった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る