頑張り屋の令嬢は追放されることになりましたが

スカイ

第1話

「信じられませんわ!」


昼休みの生徒会室に、お嬢様の声が響きました。

テーブルを思い切り叩いて立ち上がったお嬢様は、興奮冷めやらぬ様子で、その美しい青い瞳に怒りをたたえておられます。


そんなユリシーズお嬢様を宥めるように、隣に座っていた第二王子様が口を開きます。


「落ち着きたまえ、ユリシーズ」


「落ち着けるわけがありませんわ! わたくしは昼休みも惜しんで王立図書館で勉強していたのに...............どうしてっ! どうして貴女はそんなことになってしまったの!?」


「.................すみません」


激昂するユリシーズお嬢様とは対照的に私は大人しく項垂れました。

そんな私の様子を見たお嬢様が、しゅんと肩を落とします。


「べ、別に謝らなくていいわよ............、

悪いのは貴女じゃないもの...........」


そう言って、ユリシーズお嬢様は椅子に座り直しました。

.............お優しいお嬢様。私はそんなお嬢様が大好きなんです。


「では、お聞かせ願えるかしら?」


私が顔を上げると、そこには厳しい目で私を見つめる生徒会長様がいらっしゃいました。

私としたことが、現実逃避して自分の世界に入ってしまっていたようです。反省しなくてはなりませんね。

私はゆっくりと深呼吸をして、今まであったこと全てを語り始めました。


私の名前はプリシラ・バーリエルと申します。バーリエル伯爵家の長女でございます。私の下には、天使のように可愛らしい妹もおります。私の妹はミレーヌと申しまして、今は王立学院の一年生です。


私はそんな可愛いミレーヌの姉として相応しい人間になれるように、日々努力をしてまいりました。お勉強もいっぱい一生懸命に頑張りましたし、生徒会の書記として学校のためにできることを精一杯頑張ってきたつもりです。

そんな矢先のことでした。私が理由も無く追放される羽目になってしまったのは..........。


「まさかあのクレティア公爵令嬢がそんなことをやっていたなんて.........」

「驚きですわ............」

「まさに、驚愕の事実だな」

「ありえないわ..............クレティア公爵令嬢がそんなことするわけないもの」


「これが現実なんですよ、皆さん。クレティア公爵令嬢は変わってしまったんです。私の知るクレティア公爵令嬢はもういないんです。もう、ずっと昔にいなくなってしまったのです.................。」



私がそう言うと、皆さまが顔を見合わせました。

そんな中でお嬢様だけは沈痛な面持ちで頷いてくださいました。

私はそんな優しいお嬢様が大好きです。

ーーーそんな時でした。

「失礼いたします! .................皆さん、大変です!」


生徒会の一員である女子生徒が、慌てた様子で生徒会室に入ってきました。

「どうなさったの?」と冷静にお嬢様が問うと、その女子生徒は大慌てでこう叫びました。


「.................クレティア公爵令嬢が、突然学園に戻ってきたそうです! お昼休みに皆さんにお会いしたいと仰られているようです!」


そんな驚きの知らせに、私は思わず立ち上がってしまいました。

..................私の脳裏に蘇ったのは、クレティア公爵令嬢の美しい顔に浮かぶ残酷な笑みと、私を嘲るお言葉でした。




「生徒会の皆さま、ご機嫌よう」


昼休みになって間もなくのことでございます。

クレティア公爵令嬢が、生徒会室を訪れました。

穏やかな笑みを浮かべてはおりますが、私はその笑顔が、作り物の仮面であることはわかっておりました。

クレティア公爵令嬢は一年前とは違った...............悪魔のような微笑みを浮かべておられたのでした。


クレティア公爵令嬢は私たちの前まで歩いてくると、優雅に一礼されました。

淑女として洗練されたお辞儀で、彼女の仮面の下を知っている私でさえ、美しいと思ってしまう程でした。

彼女はご挨拶をしました。


「ごきげんよう。皆さま」

「クレティア公爵令嬢.............どうして貴女がここにいるのですか!?」


私が問うと、クレティア公爵令嬢はきょとんとしたお顔をなさいました。

そして、思い出したかのように仰いました。


「あら? お手紙を送っておいたはずですけど?」

「...............お手紙、ですか.............?」と首を傾げるお嬢様。

すると、クレティア公爵令嬢は小悪魔のような笑みを浮かべて仰いました。


「................えぇ、わたくしから皆さまにお話したいことがあるのです。」


そんな不穏な言葉を聞いた瞬間、私は全身から血の気が引くのを感じました。

彼女がどんなことを仰るのか、またあのような日々が戻ってくるのかーー。

私の胸中は、絶望で満ち溢れておりました。


「あ、あの................クレティア公爵令嬢? それはどういう.................」


恐る恐るお聞きしてみると、予想外の言葉が返ってきたのです。


「...................皆さま、この度は本当に申し訳ございませんでしたわ」

私の言葉を遮ったクレティア公爵令嬢は、心の底から申し訳なさそうな表情を浮かべていらっしゃいます。

そんなクレティア公爵令嬢の突然謝罪に、皆さまも戸惑いを隠せないご様子でした。

そんな空気の中で、真っ先に口を開いたのは会長様でした。


「急に、どうなさったんですか?」と会長様が不思議そうに尋ねると、クレティア公爵令嬢は穏やかな微笑を浮かべて仰いました。


「実はわたくし、心を入れ替えたんですの」


「心を入れ替えた..................ですか?」と疑問を抱きつつ、驚くユリシーズお嬢様に、クレティア公爵令嬢は笑顔で頷きました。


「はい! これからは、皆さまのために、精一杯尽くさせて頂きますわ!」


「...................いったい突然どのようなお心変わりをされたのですか?」と生徒会長様が尋ねます。

すると、クレティア公爵令嬢はきらきらと輝く碧の瞳を潤ませて、仰いました。


「...................先日の王宮舞踏会で、わたくしは大変な罪を犯してしまったのです。

婚約者のいる殿方を、奪おうとした罪です。それで、自分の愚かさを痛感いたしましたの..................本当に、申し訳ございませんでしたわ。」


そう言って深々と頭を下げるクレティア公爵令嬢に、ユリシーズお嬢様が戸惑いながら声を掛けました。


「頭をお上げください、クレティア公爵令嬢。」とお嬢様が仰いましたが、それでもクレティア公爵令嬢は一向に頭を上げようとはしません。

そんなご様子に、私も声をかけてみます。


「..................そ、そうです! 誰も貴女を責めたりなんかしませんから!」


「あら?そのお声は................」とクレティア公爵令嬢が驚きの声を上げました。

そして、「.................あぁ!」と納得されて、ポンっと手を叩きました。


「..................貴女、プリシラさんね?お手紙にも書いたのだけれど、実はわたくし、貴女をもう一度一目見たいと思い、ここに来たんですのよ」


「わ、私にですか................?」と、思わず私は目を丸くいたしました。

しかし、次の瞬間には彼女の意図を理解しました。


私はそんなことはおくびにも出さず、クレティア公爵令嬢の次のお言葉をお待ちいたしました。

堂々と構える私に、隣にいらっしゃるユリシーズお嬢様が、困った様子で話しかけてきました。


「プリシラ...........貴女は彼女と面識があるの?」と誰にも聞こえないような声で尋ねられましたので、私は胸を張って答えました。


「私とクレティア公爵令嬢とは古いお付き合いでして..........」


「...........そうなの? でも、全然知らなかったわ」


「はい! お気になさらず。.............彼女とはちょっとした顔見知りというだけでございます。」


そんな私たちの様子を見て面白くないのか、クレティア公爵令嬢は、意地悪なことを仰いました。


「じゃあ、プリシラさん。古いお付き合いの仲ならば、わたくしの代わりに説明してくださいまし?

わたくしが心を入れ替えた理由について、もっと詳しく。 わかりますわよね?」とクレティア公爵令嬢が仰いました。

その場の皆様の空気が、凍りついたような気がします。

自分自身の生唾をごくりと飲み込む音が聞こえました。

この方は...........生粋の悪役令嬢だ。

クレティア公爵令嬢のその笑顔が、私には悪魔の嘲笑にしか見えませんでした。


そんな無茶な! とはじめは思いましたが、私はここで笑顔を崩さず頷きました。

そしてゆっくりと立ち上がると、クレティア公爵令嬢の方に向かって歩きだしました。

私の背中を冷や汗が流れます。

................嫌な予感しかしません。

そして、私が説明した方が良いという理由はきっと.............。

決して下手なことは言えません。



私が必死に言葉を選んでいると、彼女はにこにこしながら、まるで私を急かすように見つめてきます、

もう覚悟を決めるしかないようですね。

...............ああ! もうどうにでもなれ! 私は勢いに任せて言いました。

「クレティア様は............陛下とご関係を持っていたとか...........?」


私の言葉を聞いた瞬間、生徒会の皆さまが一斉にざわめき始めました。

その中には、驚きや怒りを隠せない方もいらっしゃるようでした。

クレティア公爵令嬢は、王家の方とご関係を持っていると聞いたことがありますが、やはりそれは噂にしか過ぎなかったのでしょうか............。

背中にじわりと流れる冷や汗が止まりません。


そんな中で、クレティア公爵令嬢が平然とした様子でこう仰いました。


「...............わたくしは陛下になんの魅力も感じませんわ」と。


そんなクレティア公爵令嬢の態度に、ユリシーズお嬢様はため息交じりに仰いました。


「あら...........そうなの? じゃあ、貴女は一体誰に魅力を感じていらっしゃったのかしら?」とお嬢様が言うと、彼女は自信満々の表情を浮かべました。そして言いました。


「私は帝国の皇太子殿下にしか魅力を感じませんわ。」


それを聞くと、ユリシーズお嬢様はふふっとおかしなものを聞いたかのように笑いました。

「へぇ............そうなのね」と興味が無さそうにお嬢様が仰ると、クレティア公爵令嬢は大きく頷きました。


「はい。お手紙にも書きましたが、わたくしは殿下を誘惑してこの国から追放させたのですよ?」


彼女はそう言うと、勝ち誇ったように胸を反らしました。

そんな彼女に、会長様が静かに話しかけられました。


「クレティア公爵令嬢..........貴女には失望したわ」


その言葉を聞いた途端、クレティア公爵令嬢の顔から笑みが消えました。


「どういうことでしょう?」と彼女が睨みながら問うと、会長様は冷たい口調で仰いました。


「貴女が............貴女が私の婚約者を誑かしていたとは..........」


「..........どういうことですの? 私の記憶ですと、殿下は婚約者なんていらっしゃらないはずですが?お手紙にも書いてあるはずです。」


クレティア公爵令嬢が訝しむような視線を送ってくると、会長様は淡々とした調子で続けます。


「ええ...........確かに書いてあったわ。でもね..........殿下は追放されたのではなく、自ら姿を消したのよ。」


「.................え?」とクレティア公爵令嬢は素っ頓狂な声を上げました。


「つまり、貴女が殿下を追放させたというのは違うの。全て貴女が作り上げた物語にすぎないのよ」


「............そ、そんな......」


彼女は呆然とした様子でそう呟くと、膝から崩れ落ちてしまわれました。

そして泣き崩れると、ユリシーズお嬢様にすがりつくようにして仰いました。


「ち、違うんです! お手紙に書いた通りなんです! 私はただ、殿下に復讐がしたかっただけで..............!」

そんなクレティア公爵令嬢の姿を見たユリシーズお嬢様は、ため息をつかれました。


「呆れたわね............貴女、自分が何を言っているのか理解しているのかしら? 貴女は国を裏切ったのよ?」


「そ、それは.............でもっ! 私だってこの国を守りたかったんです!」


そんな言い訳をする彼女に、ユリシーズお嬢様はゆっくりと近づくと耳元で囁かれました。


「.............貴方のような方は、この国には必要ないかもしれないわね」


「.....ひっ!」と短い悲鳴をあげて後ずさる彼女に、お嬢様は冷ややかな視線を向けたままこう仰いました。


「あら、逃げるつもり? クレティア公爵令嬢?」

とユリシーズお嬢様が仰ると、彼女は恐怖に満ちた表情を浮かべながら首を横に振りました。

しかし、お嬢様は容赦せずに続けます。


「貴女を国外追放にするわ」と............。


彼女が呆然としていると、会長様が近づいてこられてこう言われました。


「ユリシーズ様の言う通りね..........貴女にこの国を守る資格なんてないわ」


彼女は黙ったまま俯いていました。


「貴女は罪人よ、クレティア公爵令嬢。自らの愚行を反省なさい。」


ユリシーズお嬢様が厳しい口調でそう仰ると、彼女はビクッと肩を震わせました。

そして、諦めたように顔を伏せてしまいました。

そんな彼女に、お嬢様はさらに追い打ちをかけます。


「...........さぁ行きなさい、二度とこの帝国に立ち入らないでちょうだい。」


ユリシーズお嬢様の言葉を聞いた彼女は立ち上がると、ふらついた足取りで部屋の外へ歩いていきます。

その背中には哀愁が漂っており、見ているだけでも痛々しいご様子でした。

扉が閉まる直前、彼女の身体が僅かに震えているのが見えました。

その後ろ姿はとても弱々しく見え、自信に満ちたクレティア公爵令嬢とはまるで別人のようでした。


扉が完全に閉まった後、室内は静寂に包まれました。

誰も何も話さない静寂の時間が流れます。

そんな中、最初に口を開いたのはユリシーズお嬢様でした。

「皆さま...........先程は、大変失礼いたしました。」


そう言って頭を下げると、続けて仰いました。

「彼女に関する処分については、後日私から通達いたしますわ」と言って、彼女は静かに部屋から出て行かれました。

私もその後を追いましたが、部屋を出る直前に振り向いてみました。

するとそこには、呆然と立ち尽くしたまま動かない生徒会の皆さまの姿がありました。

................今さっきの出来事を信じられないのも、無理がありません。


そんな中でただ一人、生徒会長様だけは冷静に席を立つと、他の皆さまに向かって仰いました。


「さぁ............我々は我々の仕事を片付けましょう」


力強いお言葉を聞いた皆さまは立ち上がると、それぞれの仕事に戻っていくようでした。

そんな中で私は会長様に会釈をすると、部屋を後にしたのです。


※(クレティア視点)


(どうして.................、どうしてこんなことになってしまったの..............?)


私はただ、家族を守りたかっただけなのに.............。帝国の皇太子殿下であるアレクシオ様の婚約者になって、帝国と王国を繫ぐ架け橋になりたかっただけなのに..............。それなのにどうして...............?


(どうして私がこんな目に遭わなければいけないの?)


絶望が私の心を支配していく中、ふとある考えが頭を過る。


(そうよ...............悪いのは全部あの人よ!)

私を陥れたプリシラさんが悪いのよ。

あの人が私から全てを奪っていったんだ! 許せない.............絶対に許せないわ!


(でも............どうすれば............?)

私にはもうどうすることもできない..............。

私は国外追放になってしまったのだ。こんな状態で、一体何ができるというのだろう?

そんなとき、ふとある考えが頭を過る。


(そうよ..............あの手を使えばいいじゃない!)


私は鞄の中から手紙を出すと、それをぎゅっと握りしめた。

この方法さえあれば、まだ何とかなるかもしれない..............。

この国から追放されても、あの人を追い詰めてやることはできるはずだ............!


(見てなさい!絶対に後悔させてあげるわ...............!)


それから数日後、私は新たな住処を探していました。

祖国の皆さまから貰った資金はまだありますが、それも無限ではありません。

どこかで仕事を探さなければなりませんでした。

.................ですが、私は自分に何ができるのか分かりませんでした。

今までずっと皇太子殿下に寄り添って生きてきたのですから、当然です。

それでも私には一つの確信がありました。


(アレクシオ殿下は必ず戻ってきてくださるはずだわ................。)


その時のためにも、私は少しでも多くの資金を蓄えておく必要があるのです。

そう思い立った瞬間、自然と足が動きました。


(待っててくださいね...............アレクシオ殿下...............)


そう心の中で呟きつつ、私は走ったのです。




陛下の元へ辿り着くまであと少し...............。

「................ようやく、辿り着きましたわ」


私は安堵のため息を漏らすと、ゆっくりと歩き始めました。

そして執務室の前で立ち止まると、扉をノックして中へと入ります。

するとそこには陛下のお姿がありました。

私が来ることを予知していらっしゃったのか、彼は落ち着いた様子でこちらを見返してきました。

そんな彼に対して、私は言いました。


「陛下..............、どうかお願いがあるのですが、よろしいでしょうか?」


すると彼は、私の言葉を遮るように口を開きました。

「待って欲しい、プリシラ嬢」と仰いました。

私はその発言に対して疑問を投げかけます。

「................どうなさいましたか? 私に何かお話でも?」と尋ねると、陛下は首を横に振りながらこう仰いました。

「いや違う..............そうではないんだ」

彼は真剣な眼差しを私に向けてきます。

その様子を見て、私は嫌な予感を覚えました。

(まさか..............アレクシオ殿下の身に何かがあったのでしょうか.............?)


そんな不安が頭を過ります。

私の脳裏に最悪な想像が浮かびました。


ーーそれは、殿下の死です。


その瞬間、私の心は絶望に染まりそうになりました...............ですがそんな私の気持ちとは裏腹に、陛下は予想外の言葉を口にします。


「プリシラ嬢............君には一度国を出てもらう」


予想外の言葉に私は思わず固まってしまいました。ですが、すぐに我に返ると反論いたします。


「............なっ!?どうして私が国外追放されなければならないのですか!?」と声を荒げて抗議すると、陛下は呆れた表情を浮かべながら言いました。


「ユリシーズ嬢から全て聞いたよ。君は王太子が嫌がっているのに、それでもしつこく迫ったんだろう?」と............。


「そ、それは..............っ」

私は思わず言葉に詰まってしまいます。ですが、陛下は構わず続けます。


「君には失望したよクレティア嬢.............君の愛国心は、その程度のものだったのかね?」


陛下の厳しいお言葉に対して、私は何も言えなくなってしまいました。

しかしここで諦めるわけにはいきません、なんとか反論しなければ............。

そう思った私は必死に言葉を探しました。そして思いついた言葉を口にしました。


「で、ですが!私がアレクシオ殿下を誘惑したというのは事実ではありません!」と..........。


「ほう............」と言って陛下は私を見つめてきました。その視線はとても冷たく、まるで軽蔑されているようでした。

私はその視線に耐えられず俯いてしまいました。

そして拳をギュッと握りしめます.......悔しい.....悔しくて堪りません............。


(どうして私がこんな目に遭わなければいけないの!?)という怒りがこみ上げてきましたが、それをぐっと堪えました。

ここで感情的になってはいけません、冷静にならなければ.............。


私は自分にそう言い聞かせると、大きく深呼吸しました。

そしてゆっくりと顔を上げると、陛下の目を見ながらハッキリとした口調で告げました。

「そもそも私が殿下を誘惑したというのは事実ではありません」と.............。

それを聞いた陛下は不思議そうに首を傾げながら尋ねてきました。「どういうことかね?」と........。私はそれに答えます。


「アレクシオ殿下が私との婚約を嫌がっていたからです。ですから、私は殿下に振り向いてもらえるよう努力しました。それが結果的に殿下の嫌がる行動になってしまったとしてもです。.............それに、婚約者の女性がいらっしゃるだなんて、存じ上げておりませんでした。」


すると陛下は驚いた表情を浮かべました。「アレクシオが君を嫌っていたのに..........だと?」と呟かれましたので、私は頷きながら答えます。


「.........はい、申し訳ありませんが、その通りです」


それを聞いた陛下は大きくため息を漏らすと、私を見つめ返してきました。

そして静かに口を開きます。

その表情は、呆れ返っているとこちらに伝わってくるものでした。


「そうか、ならばもう話すことは無いな...........」と言って、陛下は席を立とうとしました。

「ちょ、ちょっと待ってくださいまし!」と私は慌てて呼び止めます。

しかし陛下はそのまま部屋を後にしようとします。

(このままでは国外追放されてしまいます..........!なんとかしなければ..........!)

そう思った私は必死に考えを巡らせました。

そして一つのアイデアが頭に浮かびます。


(そうだわ!)と思った私はすぐに行動に移りました。急いで立ち上がると、陛下を追いかけていったのです..........そして後ろから抱きつくような形で彼を引き止めたのです。

突然のことに驚いた様子の陛下に向かって、私は上目遣いでこう言いました。


「....お願いします!どうか私を追放しないでくださいまし........!なんでもしますから......!」と........。

(これできっと上手くいくはず........!)と期待しながら、陛下の反応を待ちました。

ですが彼は無言のまま私の腕を掴むと、強引に振りほどきました。

そして冷たい視線を向けてきたのです........その視線に思わず怯んでしまった私でしたが、ここで引き下がるわけにはいきません。

勇気を振り絞って、再度懇願しようとしました。

しかしそれよりも先に陛下が口を開きます。


「............もうやめなさい、見苦しい」


彼の口から放たれた言葉は私の心を抉りました..........。

ショックのあまり呆然としていると、彼はさらに続けました。


「もう十分だ。君は王太子妃にふさわしくない人物だったようだな..........。」


その言葉を聞いた瞬間、私の目からは涙がこぼれ落ちてきました...........我慢できずに、その場に泣き崩れてしまいました。

それから、陛下は言い放ちました。


「すぐさま荷物をまとめて、この国から出ていきなさい。」

........と。

「そ、そんな...........」

私は絶望に打ちひしがれていました.......。もうおしまいです...........!


(アレクシオ殿下に振り向いてもらうことも出来ず、婚約も達成できませんでした........。私にはもう何も残されていないのね..........。)


運命を悲観し、私は震える体を押さえて部屋から出ていきました。




あれから私は、たくさんの荷物をまとめて、少し手元に残っていた資金で違う国へと移住し、今はなんとか暮らしていっています。

風の噂ですが、アレクシオ殿下とあの日いらっしゃった会長様が、結婚を果たしたとお聞きしました。

ーー............私は、また新しい人と出会えるのかしら。

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