銀色妖狐と鬼女

 しかし、その刃がキリに振り下ろされる事はなかった。


 恐る恐る目を見開き、鬼女の様子をうかがう。

 鬼女は何故かキリではなく、扉の向こうに視線を向けている。


「だれじゃ……わらわの結界を傷付ける者は……」

 鬼女はそう独りごちると、キリから手を放し、巨大な刃を携えたまま、離れから出て行った。


 ――助かった…の……かな……?――


 キリは小首を傾げたが、すぐにはっとした。

 理由はどうであれ、逃げるには絶好の好機。

 慌てて立ち上がり、自分も離れの小屋から出て行った。



 ミヤは、何も言葉が出ないまま、動く事すら出来ないまま、鬼女の館へと進む銀の青年の後姿を見つめつづけた。


 突然、彼が歩みを止めた。

 その先には、このまやかしの里の主が。


「我が領域を侵す者は誰ぞと、思うて来てみれば…。お主 大陸の狐の御大将ではないか……。

 名は…銀帝といったかえ?……」

 銀帝とそう呼ばれた男は、眉を跳ね上げた。

「誰だ…貴様?」


 そう女に問う。

 銀帝に、目の前の女とであった記憶など皆無だった。

「そなたと直接会うのは今が始めてじゃな。 わらわはそなたの母君と懇意にしておったものじゃ……。母君から、そなたの話はよく聞いておるよ……」

「噂通り、そなたはよう母君に似ておる…」そう言って、鬼女は目を細めた。


「あの女がこんな辺境の国で、貴様のような下賎な鬼などと関わっていようとは…」

 銀帝の秀麗な眉間に皺が刻み込まれる。

「口のきき方に気をつけるが良いぞ、小僧!」

 下賎と呼ばれたのが気に食わなかったのだろう、鬼女は怒気を孕んだ声を発した。

 銀帝は、さして気にする事もしなかったが……。


 ミヤは、二人の人ではない者達のやり取りを、呆然と見つめていた。

 しかし、はっとなり 正気に戻る。

 今のうちに、キリを助けなければと、そう思ったのだ。


 鬼女に勘付かれないよう、そっと、その場から離れると、鬼女の館の裏口を目指した。

 キリは裏口の事を知らない。

 彼女がもし逃げるのであれば、鬼女のやってきた表の出入り口。

それでは鬼女に見つかってしまうのは間違い無い。

 幸い、鬼女は銀髪の銀帝という男に気を取られていて、ミヤの動きには気付いてない。


 一方キリは……。

 離れから抜け出したキリは、この館からミヤとともに出た時の記憶を頼りに、出口へ向かっていた。


 ――ここから逃げなきゃ…。

 銀帝さまの所に戻らなきゃ……――


 そう思って、キリは走った。




「銀帝よ……、何故わらわの結界を破壊したのじゃ? その様子では、母の旧知のわらわに会いに来た…という訳ではなさそうだが…?」

 鬼女が問う。

「貴様に話すことなど何も無い」

 銀帝は言葉みじかに言うと、その手にした愛刀の刃先を鬼女に向けた。


「ほぅ……、もしやお主 わらわを退治しに来たと…そう言うのかえ?」

 皮肉のように、鬼は言った。

 銀帝は何も答えなかった。





  ――出口だ!――


 キリはそう思った。

 更に足を速めて扉をくぐる。

 しかしその前に、はっとなって後ずさる。


 出口の向こうに、出口から然程離れていないその場所に、鬼女の後姿を見たからだ。


 ――ここからじゃ、またあのひとに捕まっちゃう!――


 その場から逃げようと、踵を反そうとしたキリの目に、もう一つの人影が映った。


「銀帝さま!」


 キリはおもわず、声だしてしまった。

 その後すぐにはっとして 口を塞いだが、時すでに遅し。

 鬼女がキリの存在に気付く。

 肩越しにキリを見やり、その後 銀帝を見やった。


 鬼女の喉から、噛み殺すような笑い声。

 だがすぐ、それは高笑いに変わった。


「なんと愉快……、なんと愉快な事じゃ」

 鬼女は笑いながら言う。

「銀帝、お主の連れか、このキリという小娘は?」

 鬼女は笑った。嘲るように。

「お前のあの父の子か! 人間の女に情を移して妻子を捨てた愚かな男の!」

 笑いながら、鬼女が言葉を続ける。


「それ故に……人間の女への嫉妬故に、気を狂わせ人を喰らう妖と化した母を、おぬしは知っているだろうに……?」

「息子までが、人の娘と共にあるとは……」

 鬼女は笑いながら言葉を続けた。


「ほんに、今日はよう笑える日よな……」

 鬼女は、ゆらりと キリに向き直る。

 冷たい鬼の視線が、キリを射抜き その恐怖で彼女は動く事が出来ない。


「この娘の肉一つ、お前の母の土産にしてやれば、さぞ喜ぶ事だろうな!」

 その手に握っていた巨大な刃物を、鬼女はそう言葉を放ちながら振り上げ、 そして、キリに向かって投げつけた。


 巨大な刃物は、キリに一直線。


 ――今度こそ……死ぬ……!――


 キリはぎゅっと瞳を閉じた。


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