第39話
「いやいや、わざわざこちらまでいらっしゃっていただけるとは。シュルツ様に、ソフィア様。初めまして、ここで騎士長を務めさせていただいております、ユナイトと申します」
…さすがは一流の訓練を受けている騎士隊の長、立ち上がる動作から腰を曲げる動作まで、ものすごく俊敏だ…
そんなユナイトさんの姿に圧倒されている私の横から、シュルツはいつも通りの冷静な様子で口を開いた。
「恐れ入りますが、堅苦しい挨拶はまた今度にしましょう。本日はご多忙中でありましょうに、本当に申し訳ない。しかしどうしても、急ぎあなたにお伺いしたいことがございまして」
「…ほぅ、私に、でございますか?」
…ユナイトさんは穏やかな笑みこそ浮かべてはいるものの、シュルツと激しく視線をバチバチと鳴らしている。それはまるで、初めて侯爵に会ったときのようだった。
「他でもない、アノッサ皇帝府長の事に関してです」
やはりそうですか、と言わんばかりの表情で、両腕を後ろに組むユナイトさん。
「…話に聞くところによると、近く皇帝府会議が開かれるそうですね。中心人物は皇帝府長とお伺いしております」
…やっぱり、会議の事をユナイトさんは知っていた。開かれるという知らせが私たちのところに届いてまだ間もないというのに、彼がそれを知っているという事は、その情報を事前に知っていたんだろうか…?
「…単刀直入に申し上げます。私は皇帝府長のお考えを知りたい。彼に近しいあなたならご存じのはず」
静かに、かつ強い口調でユナイトさんに言葉を投げるシュルツ。
「お考え、ですか…」
ユナイトさんは両目を閉じ、一息ついてから返事をする。
「そうですね…私の口から申し上げることができるのは、アノッサ様は真にこの帝国の将来をお考えになられておられる、ということでしょうか」
もたらされたその言葉に、シュルツが噛みつく。
「…私とソフィアの関係を裂くことが、本当に帝国の将来のためであると?…あなたもそれと同じお考えなのですか?」
シュルツのその言葉は冷静であったけれど、その裏には熱い感情が含まれているのを、私は感じた。…私も勇気を振り絞り、彼の言葉に続く。
「あ、あの!ユナイトさん!…私、まだまだダメ人間で、できない事ばっかりで…みんなに助けられてばっかりですけど…ですけど…本当に私は!」
「ックスクス…」
その私の言葉の途中で、ユナイトさんは不意に笑い始める。彼のその態度に、シュルツはやや怒りを込めた口調で言葉を投げる。
「…彼女の言葉のどこがおかしいんですか?ユナイトさん」
「い、いえ、お気を悪くされたのでしたら、本当に申し訳ございません…ただ私は…」
…その態度を見るに、ただ私を笑ったわけではないようだった。私とシュルツは、ユナイトさんの続きの言葉に注目する。
「ただ私は、昔を思い出していたのです」
「昔?」
ユナイトさんはシュルツの言葉に少し笑みを浮かべて頷き、返事をする。
「…連合王国が帝国に侵攻してきたあの時も、お二人は熱く議論をされておられましたな、と」
それは前にジルクさんに教えてもらった、二人の仲を悪くした決定的な出来事だ。
「…アノッサ様は、ご自身の人生の非常に長い時間を帝国に仕えてこられました。…この帝国の事を、それこそ国王陛下よりも深く理解されているのではないかと、私は思っております」
重みのあるユナイトさんの言葉に、深く聞き入る私たち。
「…しかしご存じの通りあの時は、シュルツ様の選択された作戦が功を奏し、結果的に帝国は危機を脱することができました。もしもアノッサ様の作戦を帝国が選んでいたなら、今頃取り返しのつかない痛手を帝国は負っていたことでしょう。…私は今でも、あの時の事を心より感謝しております」
深く頭を下げ、シュルツに敬意を示すユナイトさん。しかし一方のシュルツは、やはりすっきりしない様子だった。
「…結局、皇帝府長が私を恨む理由はそれか…」
…誰よりも帝国の事を理解しているという自信があったからこそ、自身の作戦が破滅的な結果をもたらしかけたことに、耐えられなくなったのだろうか…?そしてその行き場のない感情を、シュルツにぶつけている…のだろうか?
「しかし、これだけは信じて頂きたい」
俯く私たちに、ユナイトさんが力強い口調で声をかける。
「アノッサ様は、誰よりも深く帝国を愛し、誰よりも帝国の未来を考えておられます。そのことだけは」
…私たちの間に交わされた会話は、それが最後だった。
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