第21話
「ソフィア、ここが間違いだね」
「ほんとだ…えっと、これがこうだから…」
皇帝の妃となるのは、当然簡単な事ではない。それは単に周辺貴族の賛同を得られるかどうかや、皇帝陛下の許しを頂けるかどうかだけではない。次期皇帝の妻としてふさわしいだけの経験や知識を身につけなければ、そこにすらたどり着けないのだ。
私は毎日、こうしてシュルツに付きっきりで勉強を見てもらっている。内容は当然膨大で、皇帝府や貴族関係の知識などはもちろんの事、法規から叙勲の手順まで、事細かに把握しておく必要がある。…これらを完璧に把握してしまっているシュルツって、やっぱりすごい人なんだ…
「謝る必要なんて全くないよソフィア。むしろ謝らないといけないのは、僕の方だ…。本当ならこんな事は、時間をかけてゆっくりと身に付けていくものなんだ。それなのに、こんなにハイペースで教える事になってしまって…」
申し訳なさそうにシュルツがそう言った。しかしこのペースを希望したのは私自身なのだから、彼に非などあろうはずもない。
「いえ、どんどん教えてください!私は一日も早く、あなたにふさわしい人になりたいんです!」
それは、私の心の底からの言葉だった。
「ソフィア…よし、わかった!…だけど、無理はだめだからね?」
彼はきっと、これまで誰かに勉強を教えたことなんてないだろうに、教え方がすごく上手だった。ひとつひとつ丁寧に、政治や財政に疎い私にも分かりやすい言葉を選んで説明してくれた。
そして私もまた、これまで誰かに何かを教えてもらった経験がなかっただけに、新鮮な気持ちで勉強を進められた。この勉強の時間でさえも、私には彼の深い愛が感じられた。時には二人で政治や貴族に関して語り合い、時には二人で愛をささやき合い、時にはそれらを同時に話す日もあったかな…?
「それじゃソフィア、これは分かるかい?」
「えっと、これは確か…」
私が解答を書き、シュルツに提示する。
「正解!さすがソフィア!」
正解した私と同じくらいか、それ以上に喜んでくれる彼。その姿を見ているだけで、頑張るエネルギーが湧いて出てくる。
そして彼は私の疲れた様子にも敏感で、私が無理をしないラインを的確に見抜いて、勉強を進めてくれた。…私の様子を確認するたびに顔を見られるのは、やっぱりちょっと恥ずかしいけど…
そうした毎日を過ごす中で、彼の臣下の人たちがここに様子を見に来た時に、その人たちと話す事が何度かあった。最初は何を言われるかとびくびくしていたけれど、みんな心優しい人で、お祝いの言葉や喜びの言葉をかけてくれた。彼らの存在もまた、私が頑張る力の源となった。
そんなある日の事、ついにあの二人がここを訪れるという知らせが入った。
「ほう…わざわざ自分たちから乗り込んでくるとは、ご苦労な事だ」
机の上に置かれた、エリーゼからもたらされた手紙を睨みつけながら、ジルクさんがそう口を開いた。私の境遇やエリーゼ達との関係については、ジルクさんにももうすでに打ち明けている。
「それで、どうするんだシュルツ。奴らを混ぜて一緒にパーティーでもやるつもりか?」
ジルクさんから言葉を投げられたシュルツが、ゆっくりと口を開く。
「それなんだけど…ソフィア、君は二人が帰るまで身を隠しておいた方がいいんじゃないだろうか…?」
「…」
シュルツの提案はもっともだ…二人に深い因縁がある私を直接会わせてしまっては、私は自制がきかなくなってしまうかもしれない…震えて倒れてしまうかもしれないし、はたまた二人に殴り掛かってしまうかもしれない…
…けれど私には、そうはならないという不思議な自信があった。目の前にいるシュルツもジルクさんも、自分の使命から逃げ出さずに戦っている。私を助けてくれている。それなのに当の私が逃げ出してしまっては、二人と並んで未来を歩くことなんて絶対にできないだろう。
私は意を固め、力強くシュルツに返事をした。
「…いえ、私も二人と会います。会わないといけないんです。…ここで逃げたら、これから先もずっと逃げてしまいそうだから…!」
私の言葉は、ジルクさんにとっては意外だった様子だ。少し目を見開き、やや驚いたような表情を浮かべている。一方のシュルツは、私の言葉を聞きやや笑みを浮かべた後に、こう口を開いた。
「…よし。君がそう決意したのなら、そうしよう」
どこかシュルツは、私がそう決意をすることが分かっていたような様子だった。
「僕たちがいかに幸せな関係にあるのかを、見せつけてあげようじゃないか」
そのシュルツの言葉に、私もまた笑顔で頷き返す。…二人に会う事が全く怖くないと言えば嘘になるけれど、今の私なら絶対に大丈夫。だって今の私には、こんなに優しく頼もしい二人がついているのだから。
「やれやれ…別に相談する必要なんかなかったじゃねえか…無駄な時間取らせやがって…」
私たちの後ろでばつの悪そうな言葉を発するジルクさんだけれど、その表情はどこか明るく優しげだ。
「さあ、それじゃあ二人を迎える準備をしなくては。二人は僕の親族となる人々だ。僕の正体も明かすことになるだろうし、それを知った二人がどれだけ喜んでくれるのか、想像しただけでも楽しみじゃないか」
シュルツのその言葉を聞き、私たちは終始明るい雰囲気で準備を進めるのだった。
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