第10話

 馬が地を駆ける音が聞こえる。その音はだんだんと大きくなり、私たちを目指しているのは明らかだ。

 次第に馬にまたがる人物の姿が露わになる。その人物は私たちの姿を捉えるなり、大声を上げた。


「ま、まってくれ!ソフィア!」


 ターナーは、やや信じられないといった表情を浮かべている。私も心の中では、同じような表情をしていた。

 現れた人物は、フランツ公爵その人であった。公爵は私たちの近くまで来ると馬の足を止め、一息ついてから続けた。


「ま、まってくれ、は、話をしようソフィア…」


 間違いない。この人は私が本来の性格に目覚めたことに気付いたのだろう。ついさっきまでの高圧的な態度はどこへやら、といった感じだ。

 

「話とは、何でしょう?」


 私は努めて冷静に返事をした。公爵は気持ちの悪い笑みを浮かべながら、言う。


「ぼ、僕が悪かった!いくら君が平民の女とはいえ、一方的な婚約破棄なんて非常識だった!き、君が納得できないというのも無理もない話だ!」


 私はターナーの方を見た。彼は目を伏せ、心底絶望したといった表情を浮かべている。まあ、私も同じようなものだけれど。


「はあ、それで?」


 冷静に返したかったけれど、思わず呆れた声が出てしまった。公爵はそんな私の態度に構わず、続ける。


「ぼ、僕は君を許す!エリーゼをいじめたことも見逃す!だから一緒にやり直そうじゃないか!」


 …まず、何から言ってやればいいものか。仮にもこんな男が私の元婚約者だなんて…

 彼の考えを要約するとこうだろう。気まぐれで私に婚約を持ちかけ、私が何も言い返さない操り人形であることに気を良くした公爵。これからもその関係を続けるつもりであったけれど、婚約破棄をきっかけにこれまでの私が死んだことに気づき、私に復讐されることを恐れてここまで追いかけてきた、といったところか。

 私がなにより腹が立つのが、この男のこの行動はエリーゼのためであろうことだ。公爵がプライドを捨て平民女に頭を下げに来る理由など、あの妹以外に考えられない。

 この人をこの場で殴ってやりたい衝動に駆られるが、今は自分を自制しなければ。あの妹とこの男を地獄に落とすためには、今は冷静にならなければならない。

 私は一度深呼吸をし、返事をした。


「…承知しました。では、今回の事は無かったことに」


「あ、ああ」


 公爵は、ややホッとした表情をうかべる。一方でターナーは何か言いたげな表情だけれど、私は気にせず続けた。


「ですが、ふたつ条件が」


「じょ、条件だと!?あまり調子に…」


 公爵はそこまで言って、言いよどむ。自分の立場を少しは理解したらしい。それを見て私は、改めて条件を告げた。

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