第4話

 公爵様は私を部屋に招くや否や、冷たく宣告を行った。


「もういいよソフィア。君がそんなにエリーゼをいじめるのなら、仕方ない。婚約の話は無しだ。もう出て行ってくれ」


 私の答えはもう、決まっていた。


「それは、納得致しかねます」


 この時、私は自分でも信じられないほど冷静だった。婚約破棄を告げられた時に、自分の中で何かが吹っ切れた気がした。それがなければ、間違いなく私はここを出て行ったことだろう。けれど、今の私は違う。私は、戦う決意を一瞬にして決めた。


「!?」


 フランツ公爵が、驚いた顔をみせる。無理もない。私が公爵に口答えしたことなど、これまでに一度だってなかったのだから。


「聞こえませんでしたか?納得致しかねますと申し上げたのですが」


 あえて、公爵を煽るように繰り返す。私の決意は揺るがない。このまま黙って消えてしまえば、公爵は元よりエリーゼの思う壺だ。私は、この公爵とあの妹に、私が受けた痛み以上の苦しみを与えてやる。


「お、お前、私にそんな…そんな口を聞いて、ただで済むと…」


 フランツ公爵は途切れ途切れに言葉を発する。私の反抗が未だに信じられないのだろう。


「そもそも、ことの発端はエリーゼに」


「そんなわけがないだろう!!!」


 大きな声で私の声を遮る。やはりエリーゼを疑うことは、彼にはできないらしい。


「お前の言葉など聞かぬ。エリーゼは天使のような子だ。そんなことあるはずがない!」


 もう、かえって清々しさすら感じる。公爵が感情的になってくれたおかげで、私はさらに冷静になる事ができた。


「はぁ…私に楯突くのみならず、この場においてもエリーゼを傷つけたお前の罪は重い。黙ってここを去っていれば見逃してやったが、もう許すのはやめだ」


「それは、私を殺すおつもりですか?」


「ああ。文句はあるまいな?」


 私はさらに公爵が感情的になるよう、笑みを作りながら返す。


「貴方は私を殺せませんよ、公爵様」


「なにを笑っている。冗談だとでも思っているのか?私は本気だぞ」


 いつになく怖い表情だ。以前の私なら、すっかり怯んでいたことだろう。けれど今は違う。


「私が死ねば、公爵家は婚約者のひとつもまともに守れないかのかと、世間の評価はもちろん、貴族家からの評価も地に落ちることでしょう。貴方だけでなく、エリーゼも含めて」


「…!?」


 途端、公爵の顔が青ざめる。思った通り、この男を揺さぶるにはエリーゼの話だ。

 私はさらに、畳み掛ける。


「私を消しても同じことです。婚約者が失踪したとなれば、貴方やエリーゼは皆にどう思われるでしょうか?」


 公爵はすっかり黙っている。その顔を言葉で表現するなら、まさにぐぬぬという表情だ。


「改めて申し上げます。私はこの婚約破棄、受け入れることはできません」


 私は決して、この男と婚約したいから婚約破棄を受け入れないわけではない。こんな男もその妹も、もはやこっちから願い下げだ。私は、私の目的のためにこの決断をしたんだから。

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