第30話 近未来の手術!生死不明の絶対絶命

 地下の監視室では、ゼウス社社長の村越宗信が巨大なスクリーンをじっと見つめていた。スクリーン上には街の地図が映し出されており、地図上で光る赤い点は、装甲オフロード車の位置を示している。


 「村越社長、目標の車両は停止しています」


 地図の前に立つ傭兵が、イヤホンマイクに手を当てて報告する。


 〈そうか。では私が出向くとしよう。引き続き監視を続けろ〉


 イヤホンマイクから村越宗信の冷たい声が聞こえてきた。傭兵は直立し、「了解しました」とディスプレーに向かって敬礼する。


 15分後、武器を持った村越宗信が傭兵軍を率いて装甲オフロード車の前に現れた。傭兵らが、素早く車両を取り囲む。傭兵のひとりがドアに手をかけ、合図を待つ。宗信がうなずいた瞬間、傭兵はドアを開けた。無数の赤外線が照射されるが、すでに車内は、もぬけのからだった。


 「こしゃくな!」


 村越宗信は湧きあがる怒りをおさえ、傭兵軍のリーダーを睨みつけた。


 「まだ近くにいるはずだ。周囲をしらみつぶしに捜せ!」


 すぐさま傭兵らはローラー式の捜索を開始した。村越宗信が腕時計の通話ボタンを押すと、画面に北条グループ会長の北条宗徳が現れた。


 「麗華はどうした?」


 3Dで投影された北条宗徳の表情が怒りに震えている。


 「ここにはいない。心当たりはあるか?」


 北条宗徳は憎々しげな表情で、首を振った。


 「何がなんでも麗華を捜し出さねば。このまま失踪されたら…人神プロジェクトも水の泡だ」


 「麗華は3発も銃弾をくらって、生死も不明だ。すでに死んでいるかもしれない」


 「何だと!?」


 驚いて目を見開いた北条宗徳を無視し、村越宗信は通信を切断した。


 ◇


 高速道路をワンボックスカーが走っている。周囲の車と比べると、みすぼらしさは否めない。地下格闘技場の資材運搬用の車なのだ。助手席に座るアイクが、運転しているジェイソンを尊敬のまなざしで見つめている。


 「装甲車に追跡装置がついてるなんて、よく見破れたわね! すごいじゃない!!」


 ジェイソンは緊張を隠すように照れ笑いを浮かべた。


 「いやいや、偶然ですって」


 どちらにせよ、重傷を負った麗華を他人の手に渡すことだけは避けたかった。このあと、村越宗信からどんなひどい報復を受けようとも、その思いは揺るがない。


 (社長の安全が第一優先だ)


 ジェイソンはルームミラー越しに麗華の容体を確認する。まだ意識は戻らず、呂布の胸に抱かれてぐったりしている。麗華の手を握り、心配そうに見つめる呂布の服には、べったりと赤い血がついていた。


 ジェイソンが焦った様子でアイクに尋ねた。


 「ラボはまだか?」


 「ふたつ目の角を左に曲がったところよ。ほら、あのピンクの家」


 小高い山の上に建つ2階建ての住宅が目に入る。隣家もなく、すぐそれと分かった。車をおりると、アイクが先に立って案内した。


 「とりあえず書斎に運んで!」


 広いリビングを通り抜けたところに書斎はあった。ラボらしい雰囲気はなく、もちろん手術台も見当たらない。ところが、アイクが書棚から本を1冊引き出すと書棚が滑らかに動き、目の前に秘密のラボが出現した。


 「アタシの医学ラボよ。早く入って!」


 部屋の中央には卵形をした透明のカプセルが据えられている。ちょうど人間がひとり入れるほどの大きさである。


 「開きなさい!」


 アイクが命令すると、カプセルのふたが自動的に開いた。


 「さぁ、麗ちゃんを中へ」


 呂布が指示に従い、麗華をそっと横たわらせる。まだ昏睡状態の麗華は、出血多量のせいで顔に血の気がない。カプセルのふたが閉まると、呂布とジェイソンはそばに立ち、心配そうに麗華を見守った。


 「ここはアタシがなんとかするわ。ふたりは外で休んでて」


 呂布とジェイソンが同時に首を振るのを、アイクはため息混じりにたしなめた。


 「気持ちは分かるけど、かえって邪魔になるから。それよりレッドがまだ車にいるでしょ。彼をどこかの部屋で休ませてあげて」


 呂布は、ハッとした表情で頷くと、早足でラボを出ていった。アイクは早速、処置を始める。


 「ジェイソンは何か食べ物を買ってきて。みんな、あとでおなかがすくはずだから」


 振り向きもせず指示を出し、「絶対に助けるから心配しないで」と言い添えた。

 

 しばらく迷っていたが、ジェイソンは自分が残っても助けにならないことはよく分かっていた。そして何かを決心したかのように大きくうなずき外に出た。


 ジェイソンがラボを出ると、本棚の入口が自動的に元の位置に戻った。

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