第17話 『曹操』と瓜二つの男の正体は…

 ジェイソンは玄関前に車を横づけにした。そばには立派な噴水があり、勢いよく水を噴きあげている。最先端のファッションに身を包んだ呂布の背後には、変装用のマスクをつけたスーツ姿の麗華がひかえており、もはや本物のボディーガードにしか見えない。アイクもスーツで決めている。


 全員が車に乗り込み、麗華の「出してください」の声でジェイソンがアクセルを踏んだ。車は、海岸線をひた走る。窓から吹き込む磯の香りを乗せた海風が心地いい。


 「お互いの身体を取り戻すためにも、まずは今日を乗り越えましょう」


 「ああ、俺に任せておけ」


 呂布は自信ありげに胸をたたいてみせた。


 小一時間ほど車を走らせ、ジェイソンは北条グループの本社ビルの前で車を停めた。すでに社員が2列に並び、花道を作っている。車を降りた呂布は、麗華に教えられたとおり、堂々と花道の真ん中を進んでビルに入ると、その足でエレベーターに乗り、会議室へと向かった。


 会議室のドアが開くと、大きなテーブルの周りにずらりと取締役らが座っている。その奥の中央に座る、長髪をポニーテールのように後ろでひとまとめにした中年男性に気づいた呂布は口を大きく開けた。


 そこにいたのは、自分を死に追いやった『曹操』と瓜二つの男だった。


 「曹操!こんなところにいたか!!貴様……覚悟しろ!」


 呂布の声が会議室に響き渡った。


 会議室の入口では、麗華の姿をした呂布が、北条グループ会長の北条宗徳ほうじょうそうとくを「殺す!!」とののしり、鬼の形相でにらみつけている。北条宗徳は不敵な笑みを浮かべながら、呂布に思わせぶりな視線を送った。


 「曹操、こんなところにいたとは……。ついに貴様を殺す時が来た!」


 「麗華…久しぶりだな。そんなに興奮してどうした?」


 麗華は後ろから呂布を抱え込むと、耳元で囁いた。目には焦りの色が浮かんでいる。

 

 「さっき『俺に任せておけ』って言いましたよね?お願いだから、今は大人しくしてください…!!」


 取締役らは、何が起きたのか即座に理解できず、目を白黒させるばかりだった。彼らの視線が集まる中で呂布を説得するのは難しそうだと判断した麗華は、強引だが最もシンプルな方法を採用することにした。


 「ボディーガードの溝呂木です。皆様、申し訳ございません。社長が少し具合が悪いとのことなので、一度席を外させていただきます」


 麗華は体格差をいかして呂布の身体をひょいっと担ぎあげると、廊下へと引き返す。呂布は手足をばたつかせて抵抗した。


 「おろせ! 俺は誓いを守らねばならんのだ!」


 呂布の叫び声が廊下中に響き渡った。


 ◇


 呂布らが去ったあと、会議室は騒然とした。取締役らは、何が起きたのだと口々にささやきあっている。


───前会長が亡くなってから、社長はショックでここがおかしくなったそうですよ

───株価がストップ安になって正気を失ったのでしょうかね


 麗華が呂布を担いで出ていった直後、ジェイソンが会議室に入ってきた。


 「北条会長、取締役の皆様、申し訳ありません。今朝、社長に株価の件をお伝えしたところ、ショックが大きかったようで……」


 北条宗徳を中心に、テーブルを取り囲む取締役らに順番に頭を下げながら、ジェイソンは白いハンカチで汗をぬぐう。


 「思ったとおりだ。やはり正気を失っていたようですね」


 取締役の一人が立ちあがり、興奮ぎみに叫んだ。


 北条宗徳が無言で一瞥すると、取締役はその鋭い眼光にたじろぎ、2度ほど咳ばらいをしておとなしく腰をおろした。表面上は平静を装ってはいたが、背中は汗びっしょりだった。


 「アイク、麗華の専属医師として、君の見解を聞かせてくれ」


 まだ入口に立っていたアイクは、緊張気味に頷くと、テーブル前へと移動した。アイクの背筋がまっすぐ伸びる。

 

 「皆さん、精神科医の私からご報告いたします。すでに噂になっていますが、昨日のニュースで北条麗華社長が甲冑の男に連れ去られる映像をご覧になったかたも多いと思います」


 北条宗徳は目を細め、アイクの言葉を興味深そうに聞いている。


 再び取締役らの議論が始まった。


 ───そうそう、あの男は呂布だという噂だ。あの三国第一の戦神呂布だ。

 ───あり得ない。呂布といえば古代の武将ですよ。

 ───知らんのか? ゼウス社が古代人を復活させたらしい。今の技術はそこまで来てるってことだ。

 ───だが拉致が本当なら、社長はなぜ解放された?

 ───確かに。呂布が身代金を要求するとも思えませんな。

 ───謎が深まりますね……。


 「皆さん」


 アイクが再び口を開くと、皆の視線が集まった。


 「幸い、すぐに私とジェイソンが駆けつけ、社長を救出することはできたのですが、強いストレスのせいで軽い精神的な症状が出ていまして……。おそらく一時的なものだと思われます」


 「一時的? 回復のめどは立っているのかね? 今こそ会社は、社長を必要としているんだ」

 

 立ちあがった取締役の一人が、またも北条宗徳の冷たい視線を浴び、慌てて椅子に腰かけた。


 「どういう状況であれ、会長さえおられれば、心配ありませんよ」


 抜け目のない他の取締役たちのセリフに、北条崇徳は満足げにうなずいている。アイクはそんなやりとりを気にもとめていない様子で言葉を続けた。


 「社長の症状は1週間もあれば完全に回復しますので、ご心配にはおよびません。ですが、念のためその期間はオンライン会議でご対応いただければと思います。では私はこれで」


 要点だけ伝えると、アイクは上品に会釈をしてテーブルを離れた。アイクのスマートな身のこなしを羨望のまなざして見つめていたジェイソンは、「私もこれで」と笑顔を作り部屋を出た。会議室をあとにした2人は、いそいで麗華たちを追いかていく。一方、北条宗徳は会議室を出ていくアイクとジェイソンを見て、意味深な表情を浮かべていた。

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