第15話 中国四大美女『貂蝉』の登場

 「お前……なぜここに?」


 ドアの前に、目を真っ赤に泣きはらした麗華が立っていた。呂布と魂が入れ替わった麗華ではなく、まさしく本当の麗華である。麗華は呂布の姿を見ると、しとやかに揖礼ゆうれい(※胸の前で手を組みあいさつすること)をする。昼間の麗華とはまるで別人だ。


 「温侯(かつての呂布の爵位)…会いたかった」


 ふいに、呂布の胸に懐かしさがこみあげる。


 「その声、その仕草……。なぜかお前が貂蝉ちょうせんに見える」


 「わたくしの部屋で、お話ししましょう」


 ◇


 麗華は、呂布を促し部屋に入ると、素早くドアを閉めて鍵をかけた。

 

 呂布は額に大粒の汗を浮かべ、ほうけたように麗華を眺めている。


 「……蝉、そなたなのか?」


 「はい、貂蝉にございます」


 そう言って麗華──今は貂蝉と呼ぶべきだろう──は呂布の懐に顔をうずめてむせび泣いた。


 「なぜかこのような世界に連れてこられ、途方に暮れておりましたが、温侯にお会いできて幸いでございました。そうでなければ、わたくし、どうしてよいやら……」


 ようやく事情がのみ込めた呂布は、力いっぱい貂蝉を抱きしめた。


 「俺が守ってやる。だから何も恐れることはない」


 ◇


 部屋の外では、アイクとジェイソンがドアに張りついていた。ふたりとも物音で目を覚まし、心配になってようすを見に来ていたのだ。けれど、呂布と麗華の話し声はするものの内容までは聞こえない。


 しびれを切らしたジェイソンは、ドアをたたき壊しそうになったが、アイクが羽交い締めで阻止する。


 「なんでとめるんですか? 社長にもしものことがあったら……」


 「いいから落ち着いて。麗ちゃん、今は男の身体なんだから、もしものことなんかあるわけないでしょ」


 「なら、どうしてあの二人が同じ部屋にいるんですか!こんな真夜中に!!」


 「同じ境遇の当事者同士で、元に戻る方法を話しあってんじゃないの?」


 ジェイソンはイライラした様子で地団駄を踏んでいる。


 「あああああ……小説じゃあるまいし、なんでこんな不思議なことが起きるんですか!」


 「だから~、うるさいのっ!!あんたまで面倒なことを起こすなって言ってんの!」


 アイクがジェイソの頭を思いきりはたいた。


 ◇


 麗華の部屋では、呂布と貂蝉が窓辺のソファに座って話し込んでいた。


 「実はわたくし、肉体を持たぬ魂の状態なのです。ところがなぜか、この麗華さんの身体の中に宿ることに……」


 呂布の胸に抱かれた貂蝉が、柔らかな声で打ち明ける。呂布はその手で貂蝉の髪を優しく撫でた。


 「では、この麗華という女の中でどうやって目覚めたのだ?」


 「あなたが麗華さんの中に入って来られた時に、わたくしも突然目覚めたのです」


 「つまり、蝉と俺は、ひとつの身体を共有しているということになるが……。なぜ俺は蝉の存在に気づかなかったのだろうか?」


 「分かりません。わたくしには外で起きていることはすべて見えていますが、自分の意思で身体を動かすことができないのです」


 「ということは、そなたは俺がこうして自分の身体に戻ってから、この女の身体を動かせるようになったということだな」


 貂蝉は「はい」と言ってうなずき、「でもこの状態は、長くは続かないような気がします」と言い添えた。


 「安心せよ。必ず俺が蝉の魂を元の体に戻してやる」


 窓の外は、空が白み始めていた。昨夜の暗雲が嘘のように消え去り、雨もやんだ。


 「蝉よ……」


 呂布に熱いまなざしを向けられ、貂蝉は困ったような表情を浮かべた。


 「お前が欲しくてたまらなかった……」

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