泉中警察署 地域課 彼岸問題対策係
@Shinzo_flog
第1話
「あのぅ、彼岸問題対策係は、こちらでしょうか?」
窓口にかかるおっとりした老婆の声。
その言葉に、早紀は自分の本来の所属を思い出した。
泉中警察署。人口三万人の何とも言えない田舎町を見守る警察署に、80幾つかとみられる老婆が来た。
顔は相応に老けてはいるが背筋はぴんと伸びている。
瞳は潤っており、しわが無ければ60くらいといっても通じるほどの頑健な老婦人。
「先月亡くなった夫に...湯本健に会わせて欲しいのです。」
そんな彼女が口にしたのは、
*
相談者、こと湯本ヒサは80歳の老婆である。
隣の樺良市に生まれ、18でこの泉中に嫁いだ。
件の夫、湯本健は先月83歳で亡くなった。ということになっている。
死因は多臓器不全。といっても歳も歳なので、ほとんど老衰に近い形だったようだ。
最晩年はほとんど体の自由が効かなかったため、老人ホームに預けられていたらしい。
「その旦那さんに、会えないと?」
「ええ。まだ、四十九日の中なのに...」
並べ立てればくらくらする会話だが、泉中ではこの会話が当たり前にありうるものであり、
まったくもって無碍にできるものではない。
何しろこの泉中という町は、異様なほど"生死の境が薄い"のだ。
本来、死者は生者とは二度と会えない。それが世界共通の摂理であり、それを覆すことは誰にもできない。
オカルト的観点であれば『ちがう』と言えるかもしれないが、それを確かなものだとするものはいまだ存在しない。
しかしこの町では、一定の条件さえ満たせば死者はこの世へと舞い戻ることができる。
その条件の一つが、『泉中で亡くなった死者は、四十九日の間だけなら自由に泉中に出入りできる』というものだ。
死者ともなれば、生前の肉体など関係ない。どんなに不自由な体をしていても自由に動き回れる。
湯本ヒサは、長年連れ添った夫の元気な姿がもう一度見れると、密かに期待していたのだという。
ところが1週間、2週間、1ヶ月待っても夫は家に帰らない。
所謂失踪者となってしまったのだ。
そこであの世とこの世を行き来する死者たちの問題を全般担当するこの彼岸問題対策係、通称ヒタイにやってきたという。
早紀はヒサと同じく泉中の隣町出身だが、ヒサと違ってこの町の特色に未だ慣れていない。
「残り2週間余りですが、よろしくお願いします...」
弱々しく、しかし確かに託されたその言葉に、早紀は軽いため息をついた。
湯本ヒサが去ってまもなく、ここの係長が気だるく背伸びをしながら帰ってきた。
「あ、お久しぶりです係長」
「君も久しぶりだな、内海。全く死者使いが荒くて困るよ」
名はヒュウガ。彼はこのような死者と生者の問題を解決する要員として、四十九日を超えた後もこの世に出入りできる特別な条件を満たした死者の1人だった。
しかし実際にはそんな問題は他の事件事故に比べれば圧倒的に少ない。
故にヒュウガも、早紀も、今の今まで別の課への応援に向かっていた。
「...死者の失踪かね?」
ヒュウガの目に、湯本ヒサからの相談内容のメモ書きが止まり、直後早紀の方へ目を向ける。その瞳にはどこかひかりが宿っているような気がした。
彼岸問題対策係の、約半年ぶりの仕事だった。
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