消滅都市トウキョウ

Neon

第1話 2027/08/18/13:45

 東京が海の底に沈んでから何年経ったんだろう。私が最後にカレンダーを見たのが、2027年の8月18日。高校3年生で17歳の時だ。人間は、地球温暖化の勢いを食い止めることが出来ずに、海面上昇が深刻化していた。南極の氷はかつて無いほどのスピード溶け、世界中で海面上昇の緊急警報が出されていた。しかし、まるで全ての人間が、崖っぷちに立たされて生活して居るようだった期間は、そんなに長くは続かなかった。

 東京が海の底に沈んだ日のことは、誰にも予想出来なかったと思う。私もあの日を境に、東京という大都市が海の底に沈むなんて思ってもいなかった。

 8月18日の13時45分を始めに、最大震度7の地震が世界中で連発した。あるプレート境界での地震が、連鎖的に隣のプレートまで破壊し、それは世界中に広がったという。4つのプレートに囲まれた日本は、これまでにない大地震に見舞われた。私はそれを、たまたま訪れていた渋谷スカイウェイポートタワーの屋上で体感することになった。日本一大きなビルとして渋谷駅前に建てられたばかりのこの建物は、耐震工事も最新だった為か倒壊することはなかった。それどころか揺れもそこまで大きくはなく、最初はただの地震だと思っていた。しかし、屋上で見たニュースアプリのライブは、只事ではないことを知らせた。世界でも地震が頻発していて、大きな津波が発生しているとニュースキャスターが怒鳴り声で伝えてから、僅か10分後、画面は砂嵐に変わった。画面の先には、SF映画の様な水の壁がこちらに押し寄せているのが見えた。それを理解する間も無く、東京の街を大きな大きな波が飲み込んでいった。倒壊したビルや、炎も見えたが一瞬にして全て無くなった。揺れてから波が押し寄せるまで10分程、恐らく下にいた人達はまさか津波に飲まれるとは思ってもいなかっただろう。今分かっているのは、ここから周りを見渡す限り、私より下の建物は海の底に全て沈んでいるということ。恐らく私の家族も言うまでもなく死んだだろう。悲しいという気持ちが中々湧かなかった。それよりも、目の前の夢か現実か分からないような景色を受け入れるのが難しかった。今もまだ、いつか日常が戻ってくるような気がしている。

 私は、その場に居合わせた27人の客と助かった。13時から行われていた女性限定のヨガイベント。そこに参加した27人の女性。そういえば私は、夏休みが終わってすぐ、たまたまSNSの広告に流れてきた「日本一高いビルの屋上で開かれる、女性限定のヨガ教室」という謳い文句に釣られて、まんまと参加した。これで気持ちを切り替えて、2学期を始めようと思っていたのだ。普段こんな風なイベントには参加しない。ただあの時は、何となく思いつきで参加してみた。2学期から頑張ろうって思ってたから。

 街が豹変してからすぐは、ここに居た全員が規律を守って生活していた。しかし、水や食料が満足に食べられなくなり、娯楽もなかった。27人もの人達が、命を賭けた時間を共に過ごすとやっぱり殺し合いが起きるらしい。そんなことは映画世界の中だけの話だと思っていたが、現実は、全くその通りだった。誰もが生きる為に必死で、1日でも長く生きようとお互いを傷つけ合った。私は、そんな時に生物学者の川口さんと出会った。ここのカースト最下位だった私は、カースト最上位の川口さんに拾われたようなものだった。元々そんなにご飯を食べないで生活してきたから、少ない食料でも私は大丈夫だった。それでも川口さんは、私にと食べ物をくれた。きっと、あの頃の私は、ゴミ捨て場に捨てられた子猫のようだったんだろう。

 この日本1番高いビルは、屋上に、芝生の広場とSDGsの一環で植えられた草花や野菜畑がある。それに、満潮と干潮時の水深にはかなり大きな差があるようで、干潮時に建物を2階ほど下ったところにあった備蓄食料で私たちは食を繋いだ。あの日から何年経ったのかは分からないが、ついこの前までここには私と、川口さんしかいなかった。他の女性は、殺し合い、最後の人は川口さんが殺した。ハッキリと聞いたことは無いが、川口さんが持ってきてくれる干し肉は、ここにいた人の肉だろう。生物学者なら考えそうなことだ。殺し合って全員死ぬなら、生き残るべき人を生かすべきだと。法律という概念が無くなった世界で私は、正解も答えも無い人生の砂漠のような場所でかろうじて生を繋いでいた。

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