第95話

――トレイク視点――


 決してオクトとターナーの決闘が気になるわけではないものの、周囲の騎士たちの流れに身を任せてしぶしぶ闘剣場へ向かうこととした俺。その道中はやはり、息を荒くした騎士たちでごった返していた。


「なぁなぁ、こんなこと前代未聞だよな!?」

「そ、そりゃそうだろう!団長と新人の決闘だぞ!?」

「あ~…。ターナーのやつ、殺されずに済めばいいけれど…」

「(…やれやれ、どいつもこいつも無駄に騒ぎよって…。世紀の一戦が見られるわけでもあるまいし、なにか特典があるわけでもないのに、大げさが過ぎる…)」


 騒ぎ立てる騎士たちよ、お前たちにはどう見えているのか知らないが、この俺にはもう戦いの結果は見えている。結果の見えている戦いほど面白みのないものはない。だというのにそこまで興奮できるとは、どこまでも脳内がお花畑な連中よ…。

 俺は心の中にそうつぶやきながら、闘剣上の入り口に体を通すのだった。


――――


 俺は決闘が行われる時間のぎりぎりに来たためか、すでに会場は重い緊張感に包まれており、会場中央にある舞台の上にはもうオクト団長とターナーの姿があった。俺は観戦席には腰かけず、一番後ろにある壁に寄りかかる形で二人の決闘を見届けることとした。ここは後ろに位置しているからこそ、観戦席の連中の様子もよく見える。


「ど、どっちが勝つと思う…?」

「だ、団長に決まってるだろ!」

「だ、だよな…。ターナーのやつ、いったい何を考えてるんだ…」

「(ざわざわと騒ぎよって…。俺のようにずっしりと構えろというんだ…。どいつもこいつもこんなことだから、騎士団のレベルが一向に上がらないんだよ)」


 前に何度も言った通り、すでに俺には結果が見えている。二人が互いに向き合って構え、決戦の合図が行われたと同時に、決着はつくことだろう。オクト団長の勝利をもって。


「(…さぁ、さっさと見せてくれよ)」


 二人が互いに剣先を向かい合わせ、いよいよ戦いの準備が整えられる。周囲の騎士たちもいよいよ空気が思いからか、言葉を発することはなくなり会場全体は沈黙に支配される。


 …刹那、二人は同時に互いに切りかかった。…が、俺は駆けだす二人の姿を目でとらえられなかった…。そ、それは俺が少し油断していたからだ…。本気の俺ならば見逃しはしない…。

 しかし、二人の剣先はそれぞれに到達することはなかった。どこからともなく現れたガラル副団長により、決闘が中断されたためである。


「(な、なんだ…!?なんのつもりだ…!?)」


 …正直、ガラルの出現は予想外だった。これはオクトとターナ―の二人だけの問題だと思っていたが、どうやらそうでもなかったらしい…。

 ガラルはそのまま二人に対してなにか言葉をかけると、その場にさらなる別の人物を呼び込んだ。…そうして現れた男の姿に、俺は度肝を抜かされた…。


「(あ、あいつ!?ラルクじゃないか!?)」


 そう、ライオネルから抹殺を指示されているラルクが目の前に姿を現した。全く予想だにしていなかった展開に、俺はますます頭をこんがらせる。


「(ま、まさか俺とライオネルの裏取引が騎士団にバレていて、俺を誘い出した…??いやいや、そんなはずはない…。じゃ、じゃあラルクが俺たち騎士の前でなにかをアピールするために現れたのか…?い、いやそれとも自分が狙われていることを察して、先制攻撃をしに来たのか…!?)」


 標的が突然に目の前に現れてきたことに、俺の脳内はややパニックになってしまう。まるでなにかのドッキリを思わせるようなその展開に、俺の心は少しやけにさえなってしまう。


「(じ、実は今回の出来事は全部ガラルが面白がって仕組んだ遊びで、特別深い理由なんてなんにもないってわけじゃ………ないよな………)」


 そんなはずはないというのに、それにすがらなければならないほど俺は気が動転していた。しかし俺は今一度、ここで自分の心を自制した。


「(お、落ち着け落ち着け…。これはチャンスじゃないか…。標的が向こうから出てきたんだ…。あいつの情報を得るには、またとない機会じゃないか…。よしよし、これを利用させてもらうとしよう…♪)」


 俺はそう思い、観客席をゆっくりとかきわけてラルクのもとに近寄ろうとした。やつの動きや癖を見抜くことは、今後やつを抹殺する上で必ずや有益な情報となる。決して無駄なことではない。

 …そう思っていた刹那、さらなる信じられない出来事が目の前で起こった…。


「(ん!?ターナーがラルクに向け剣を構えて………こ、攻撃を仕掛けた!?!?)」


 ターナーはラルクに剣を渡すと、そのまま有無を言わさず切りかかった。その動きを全く予想していなかった俺は、その場にフリーズしてしまう。

 それは、ターナーの動きが予想外だったからではない。俺が信じられないのはむしろ……


「(……な、何が起こった………?)」


 …何が起こったのか、俺の目には見えなかった…。気づいた時には、ターナーのすさまじい攻撃を片手ではじき上げ、微動だにしていないラルクの姿と、持っていた剣を場外まで吹き飛ばされ、ただ立ち尽くすターナーの姿だった…。













 …俺は気づいた時には闘剣場を飛び出し、一人で静かに歩きながら考えていた…。俺は騎士として今まで生きてきて、いろんな人間を見てきた。それこそ実力に優れる者から知力に優れる者、才能にあふれる者からそうでないものまで、それこそ様々に…。


 …しかし、今度ばかりはレベルが違いすぎた…。現役の騎士を一方的に打ち負かしたばかりか、その剣筋さえ目でとらえることができなかった…。


「…あぶなかった…。もしもあの実力を知らず、ライオネルとの約束通りにラルクに襲い掛かっていたなら、返り討ちにあってこちらのほうが消されていたかもしれない……先に気づけて良かったぁ~……」


 …なによりも大事なのは自分の身…。ライオネルとの裏取引のことなど一切忘れ、俺は心の中で契約の破棄を誓ったのだった…。

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