第94話

――トレイク視点――


 ライオネルとの秘密の打ち合わせを終えた俺は、自分でもわかるほどに機嫌を良くしていた。


「(くっくっく…。まさかラルク一人を抹殺するだけで、あんなに額をはずんでくれようとは思ってもいなかったぞ…♪)」


 以前から付き合いのあるライオネル。過去には騎士団内の情報を高値で売ったり、敵対貴族に脅しをかけたり、望むものがあれば盗み出したりと、これまでにもいろいろと一緒に仕事をしてきた仲だった。そんなライオネルからの今回の依頼は、自身が気に入らない存在であるラルクという男を抹殺してほしいというものだった。騎士である俺にとって、何の力も持たない一般人を秘密裏に抹殺することなどなんら難しいことではない。だというのに、これまでにないほどの報酬をライオネルは俺に約束した。こんなおいしい仕事、受けない方がおかしいというものだろう♪


「(…が、仕事を受けるからには油断はしないぞ。どんな男が相手だろうと、やるからには徹底的にやらせてもらうのが俺の信条なのだから…♪)」


 標的であるラルクと言えば、最近それなりに話題の人物だ。なんでも盗賊団を一人で打ち負かしただの、突然現れた魔獣たちを一網打尽にしただの、その本当の力は騎士団の長にさえ匹敵するだの、語られているエピソードを挙げればきりがないほど。

 …が、結局はありもしない噂にすぎない。いい家の生まれのわけでもなく、金持ちなわけでもない。多少は女にモテる性格らしいが、そんなものは全く実力に関係ない。


「(よしよしよし…。最近気に入っていた女に逃げられて、むしゃくしゃしていたところだったんだ。ラルクを抹殺し、多額の報酬が手元に流れ込んできたなら、あいつだって俺の事を見直すに違いない。…くっくっく、こんなできすぎた話があるだろうか??まさに、すべてが俺を中心に回っているかのようだ…!)」


 俺はそんなことを脳内に考えながら、来るべき抹殺の日に備えて準備を開始したのだった。


――――


 たった今騎士の城では、魔獣退治を祝う祝勝会の開催準備の真っただ中であった。そこにはラルクも呼ばれるとのことだが、タイミング的に考えればおそらくそれが、ラルクにとって最後の晩餐になるかもしれないな。

 まぁせめて人生最後のパーティーくらいは楽しませてやろうと思い、俺も周りの騎士たちに交じり、祝勝会の準備に当たっていた。

 その時だった。一人の騎士が顔を真っ青にしてあることを叫びながら、俺の横を通り過ぎていったのは。


「た、大変だ!!地下の闘剣場でオクト様とターナーが決闘を行うらしい!!」

「(…あん?騎士団団長と新人騎士が決闘だって…?)」


 その言葉を聞いて、周囲のほかの騎士たちはその心を大きく動揺させている様子だった。新人でありながら生意気なターナーが、団長の機嫌を損ねてしまったに違いない、だから決闘を介して公開処刑されるのだ、と。

 しかし俺はほかのやつらとは違う。一切心を動揺などさせることなく、冷静にその知らせを自分の中で処理した。


「(やれやれ、これだからレベルの低い騎士たちは困る…。団長と新人が決闘をするからなんだっていうんだ。そんなもの、結果を見るまでもなく団長が勝つに決まっているだろう。…まるで子どものように大騒ぎしやがって………少しは俺のような一流騎士のふるまいを見習ってほしいものだな)」


 大騒ぎする騎士たちをしり目に、俺は静かに準備を再開した。少しは俺の態度を見て勉強しろ……と言いたかったのだが、どれだけ時間が経っても周囲の騎士たちの騒ぎようは変わらず、そして次から次へと二人の決闘を見るべく騎士たちが地下闘剣場に向かって走り去っていった。

 …俺はぽつんと残される形になり、改めて心の中で今の状況を整理する。


「(…俺も行くべきか?見に行くべきか?…しかし、さっきまでさんざん見に行く連中の事を卑下していたというのに、それをこんな簡単に覆すわけには…)」


 その時俺は、脳内にある天才的なひらめきを感じた。いやこれは、意見を覆したわけじゃない。この俺が直々に二人の姿を見に行ってやるという言い方の方が正しいのだと。


「(…別に気になるわけじゃない……決して二人の決闘を見てみたいわけじゃない…。ただ、周りの連中がみんな見に行くというのに、俺だけが見に行かなかったら目立つだろう?だから行くだけの話だ…。本心を言うなら、別に決闘の結果がどうなろうと知ったことではない。俺はただただ見に行ってやるというだけのこと)」


 考えをまとめた俺はほかの騎士たちに続き、準備をほったらかして地下にある闘剣場へと足早に向かった。


―――― 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る