第5話

 レリアとの会話を終え、一旦その場を離れることにした伯爵。彼は頭の中で、これからの計画を整理してみることとした。




 さて、こえだけお灸をすえてやれば、セイラも二度とこの僕に逆らうことなどできはしない事だろう。これで完全に、僕に従い言いなりになるこの上なく都合のいい婚約者を手に入れることに成功したというわけだ。

 思い返してみれば、セイラをここまで育て上げるのに長い時間がかかった…。あいつは気弱で軟弱なくせに、変なところで伯爵であるこの僕に歯向かってきては、それを改善しようともしなかった。そもそも僕がレリアに会うこと自体をはやめに受け入れていたなら、こんな面倒なことなどしなくとも済んだというのに…。生意気にも僕が彼女に会う事を嫌がりよって。

 しかしまぁ、そのおかげでより面白くなったのも事実。なんの味もしなかったセイラとの婚約話が、こうして魚のつまみになる程度にはいい味が出てきたのだから。


「(おっと、事のいきさつを父上にまだ相談していなかったな…。はやく伝えなければまた雷を落とされる…)」


 僕の父上は他でもない、上級伯爵ライオネル。貴族としてのその手腕は確かなもので、父上の事を尊敬する人物は多い。しかしだからこそ、この息子である僕に対しては異常に厳しく冷たく当たってくるのだった。


「(この面倒ないきさつを全てそのまま伝えたら、また長い説教を受けることになりそうだな…)」


 伝えるのは…セイラが感情的になり一方的に家出してしまった事と、その後反省し再び姿を現して、婚約は無事に進むことになった…という事くらいで大丈夫だろう。余計な事を言って長々と会話が続いてしまっても面倒だからな…。

 話す内容を整理し、僕は父の元へ向かう事とした。


――――


「失礼します、父上」


「ファーラか、入れ」


 厳粛な声を聞き届け、僕は父上の部屋へと足を踏み入れる。…相変わらず息苦しい、居心地の悪い場所だ…。


「ファーラ、そういえば婚約の話はどうなっているんだ?長らくなにも聞いていないが、セイラとの関係は順調なんだろうな?」


 さすがは頭のいい父上…。僕が話をする前に報告の内容を見抜いてくる。


「ええ、そのことで伺った次第です。実は先日、セイラが僕の元から家出をしまして…」


「なっ!?!?」


「し、しかしご安心ください!すでに彼女は」


「大馬鹿者がっっっ!!!!!!!」


 家出、と言う言葉を聞いた途端、父上はその表情を怒りで満たした…。


「セイラを家出させただと!!なぜそんな愚かな事をしたのだ!!」


 それまで書き上げていた書類を床に投げ捨て、声を一段と荒げる…。


「で、ですから!家出こそされてしまいましたが、もうすでに戻ってきております!!ご、ご安心ください!!」


 …セイラは戻ってきてはいない…。父上の怖さを前に僕は、とっさに嘘をついてしまった…


「そういう問題ではない!!!将来を誓いあった婚約者を一度でも家出させるほどに傷つけるなど、論外だと言っているのだ!!!貴様の自分勝手なふるまいのために伯爵家の信用が地に落ちたなら、どう責任をとるつもりだ!!」


「は、はい!申し訳ございません!!」


「…まさかとは思うが、お前が家出を誘導したなどという事実はないだろうな?自分に不満があるなら家出でもしてみろなどと」


「(うっ!?!?)」


 完全に図星のその指摘に、思わず心臓がギュッとなる…。しかしそれを悟られてしまえば、僕はどんな罰を受けることになるか分からない…。

 なんとか表情をコントロールし、全力でごまかしにかかる…。


「そ、そんなことはありません!!き、きっとなんらかのすれ違いや勘違いがあったのでしょう…!そうでもなければ、伯爵であるこの僕の元から家出など、ありえませんとも!」


「…まぁ、いまは信じてやろう。しかしそれが嘘であったなら、分かっているな?」


「も、もちろんでございます父上!この命に誓って!」



 …


――――


「(あー…本当にどうなることかと思った…。どうして僕がこんな目に…)」


 なんとか報告を済ませ、父上の部屋を後にすることができた。これまでも父上から叱責を受けることはあったが、今回が一番ひやひやしたかもしれない…。

 どっと疲れた体をなんとか動かし、足を進めていた僕は、ある部屋の前で立ち止まる。


「(ここは…セイラの部屋か。まったく、あいつのせいで大変な目にあわされた…)」


 無意識に僕は部屋の扉をあけ、足を踏み入れる。


 部屋におかれている物は少なく、セイラの物欲のなさを感じさせる。…といっても、僕がなにもプレゼントなどせず、必要最低限のものしか与えていないというのもあるが。


「セイラめ…くそっ!!!!」


 バァーーーン!!!!!


 ガシャーーン!!!!!


 湧き上がる怒りに身を任せ、目に入った棚を張り倒す。その勢いのままに、机、壁掛け、鏡、本、とにかく目に入ったものはすべてひっくり返していく。


「お前のせいだセイラ!!お前が余計な事をするから僕は理不尽な目に合った!!どうしてくれる!!!」


 物が倒れる音、壊れる音。普段聞こえてきたならストレスであろうこれらの音であるが、今だけはどこか心地よく感じられた。


「許さないぞセイラ…この僕をこんな目に合わせた事…必ず…!!!」

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