第36話『帰宅できないマーリエット』
意識を失っている間に、マーリエットは連れ去られてしまった。
「あぁ、これで俺達はやっと解放されるんだな」
村からかなり離れている森の中、男達は安堵のあまり床に大の字で寝転がっている。
牢付きの荷馬車をそのままにしておいたのが功を奏したのだ。
不審者として認識され続けていたら荷物検査などされていたが、気絶していただけの男達という立ち位置だったため、運良くその手を免れる事ができてた。
「なんだかんだいって、楽な仕事だったから良かったな」
「だな。どこの馬の骨かもわからねえやつに邪魔された時は、さすがに肝が冷えた」
「あれは本当に災難だった。はぁ……最後にまたあのフード男と話をしなきゃならないってのが怖えけど」
「わかる」
男達は盛大なため息を吐き、体を起こし、腰を下ろしたまま足掻いているマーリエットへ目線を向ける。
「そんなに暴れたって意味ないぞ? もしも誰かが今頃探していたところで、俺達は馬で移動したんだから追いつけない」
というのもあるが、男達も学習した。
大声を出されたり悲鳴を上げられないよう口の中に布を詰め、その上からさらに布で顔半分を覆っている。
それだけではなく、手足にも錠をし、目を離していたとしても容易に逃げられないよう拘束していた。
「次、あんたを逃がしでもしたら俺達は間違いなく殺されるんだ。悪く思うなよ」
「だから最後の晩餐とかも期待するな。喉が渇こうが腹が減ろうが何もしない」
だからといって、マーリエットは諦めるわけにはいかない。
自分の命が懸かっているだけではなく、間違いなくアルクスやミシッダにも迷惑が掛かってしまうから。
――私が急に姿を消したのだから、絶対にアルクスは心配してしまう。そして、もしも私が死んだ姿で見つかったとしたら悲しませてしまう。ダメよ。それだけはダメ。あんな辛い思いを二度とさせてはいけない。
男達からすれば無駄な足掻きでしかない。
マーリエットもまた、自身の行動が哀れなものだとわかっている。
だが諦めるわけにはいかない。
――いくら手足が使えないからといって諦めていたら、間違いなくミシッダさんに嗤われてしまうわ。顔と膝は動かせる。
倒れ込み、顎で床を擦り、膝を立てて不器用に床を這い始める。
しかし、どう足掻こうが無駄なものは無駄。
手足が自由で武器を携えている男達を前に、いくら進もうが絶対に戻される。
それに建物の中。部屋から出るためには扉を開ける必要があり、その扉が目の前にあるものだけとは限らない。
もしも外に出られたとして、どこかもわからない場所で、どこに向かえばいいのかわかる手段は何もなく。
だが。
――無駄だとわかっていても、諦めるわけにはいかない。無力な自分にはこれしかできないんだから、やるしかないんだ。
「はぁ……」
男は立ち上がり、マーリエットが居も虫のように這うのを止めに入る。
「――っ!」
縛られている腕をレバーが動かすようにグイッと持ち上げられ、マーリエットの両肩が捻じれて激痛が走り、感じた事のない堪えがたい痛みに顔を歪めた。
「痛てえだろ? 無駄な抵抗はやめておけよ。姫様はこれからどうなるかわからねえが、俺達はあんたを逃がしたら間違いなく殺される。だからよ、生きるためだったらあんたの腕や脚だって折ってやるからな」
「……」
「それでいいんだ」
「お城でぬくぬくと育ってきた姫様にはわからないだろうが、骨が折れるって言うのは、今感じている痛みよりもっと痛てえんだぞ。そして、折れた部分は自分の意思じゃどうにもならないぐらい力が入らなくなる」
「……」
男達の言う通りで、マーリエットは人生の中で一度たりとも骨を折った事はない。
「折れたって、どうせ回復薬でどうにかなるんだろうしな」
「だが安心はするなよ? 少なくとも俺達から回復薬を飲ませるって事は絶対にしない。この意味、わかるよな」
腕を押さえていた男が手を離し、マーリエットは体を横に倒す。
腕と肩に痛みが残っているからこそ、男達の言葉が意味する事を理解した。
「大人しく座っていた方がお利口さんってわけだ、わかったか?」
マーリエットは頷く他ない。
「それじゃあ、明日の朝に出発するから大人しくしてな」
「ミシッダさんじゃない」
「ん?」
もう少しでマーリエットと待ち合わせの時間になる少し前、ミシッダは干し肉屋の店主に呼び止められていた。
「せっかく呼び止めてもらって悪いんですけど、今日は買えませんよ」
「わかってるよ。だって、ついさっきアルが買っていったばかりだからね」
「なら、どのようなご用件で?」
「アルと一緒に村へ来ているのに別行動しているのが珍しかったからってのもあるけど、そんな事より忘れたのかい?」
「ん? ――ああ、そうでしたね」
店主は奥へと向かい、ジャラジャラと音が鳴る袋を持ち出してきた。
「そろそろ、アルにも言っていいんじゃないかい? 別に隠す事でもないでしょ」
「確かにそうですね。今晩ぐらいに言っておきます」
「アルが居ない時限定でしか、村を守ってくれてる報酬を渡せないってのはちょっとばかり面倒だったんだよねぇ。じゃあ、次からはアルに手渡しても大丈夫って事でいいね?」
「そうですね、それでお願いします」
お金が入っている袋を受け取り、コートの内ポケットへ入れる。
「こんな辺境地、誰かが護ってくれてないと安心して暮らせやしないのがやるせないねぇ」
「私が居ればなんとかなりますよ。それに、今だとアルも居ますから」
「ミシッダさんなら安心してお任せできるんですけどね。アルは戦えるようになっているんですか?」
「ええ。信じられないかもしれませんが、今のアルはかなり強いと思いますよ。この村を護るという一点では」
「そうなのかい? よくわからないけどそれなら良いんだ」
「まあ、私達はアルが小さい頃から見てますからね。頼りない気持ちもわかります」
「なーに言ってんだい。私達からしたら、ミシッダさんの事だって小さい頃から見ているんだよ」
「そう言われちゃうと返す言葉がないです」
「はははっ、少しは簡単な料理ぐらいできるようになったんだろうね」
「い、いえ……」
いつもは男勝りなミシッダが、頬を指でポリポリとかきながら目線を逸らす。
「そんなんじゃお嫁にいけないよ! あ、もしかしてアルと結婚する気なのかい? だから家事全般を押し付けてるって?」
「そんな事はありませんから!」
もはや全てが形勢逆転してしまう。
「――あ」
「なんだい、どうかしたの?」
「実は今日、別の人間と待ち合わせをしていまして。完全に忘れてました」
「そりゃあ大変じゃないかい。早く行っておやり」
「しかもしかも、夕陽が見え始めてらって」
「じゃあなおさら急いで! どうせまた明日もアルだけで買い物させるんだろうから、たまには二人で来なさいな」
「できるたらそうします。じゃあまた今度って事で」
「はいよーっ」
軽く手を振ったミシッダは、マーリエットと約束してた場所まで駆け出した。
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