第35話『帰路に就くアルクスとルイヴィス』

 アルクスとルイヴィスは、笑顔を絶やさず仲睦まじく村中を歩き回る。

 本人達の中には未だに元兄妹という微かな想いは残っているものの、そこにはもう血の繋がりなどない。


 周りの人間は、二人を見て思うのは恋仲の男女。

 本人達も薄々気が付いてはいるが、兄だから、妹だから、という感情は既に薄れ始めている。


「アルクスって、ここら辺で生活している割には結構知らない場所が多いのね」

「どうやらそうみたい。毎日のようにパイス村で買い物とかをしているのに、まるで初めて立ち寄った村みたいに新鮮な気持ちになってたよ」

「でもその気持ち、わかるなぁ。自分が生活している場所でもそうだから。しかも、それが国内って考えるともっともーっと新しい発見があるよね」

「あはは、そうなってくるとかなり規模が大きくなっちゃうけど」


 ――もしも、私がこの国の第二皇女なんて打ち明けたら……アルクスは、どんな反応をするのかな。たぶん、素直に驚いてくれると思う。だけど、それと同じく憎まれちゃったりもするのかな。


 ルイヴィスもまた、マーリエットと同じ心境に悩む。

 アルクスの家族が命を落としてしまったのは、直接的ではないにしても皇族などの権力争いによるもの。予想している通りに反応が返ってくるとわかっていても、どうしても打ち明ける内容が喉に詰まってしまう。


 ――はぁ……私、お姉様を見つけられた後にちゃんと帰る事ができるかな。何かと理由をつけてここに残ろうとしちゃうかも……。


 そんな心境のルイヴィスとは正反対に、純粋なアルクスは心の底から嬉しそうな表情で笑う。


「ルイヴィスと話をしていると、本当に楽しいんだ。寝る前に『ああ、明日もルイヴィスと村で合えないかな』って思ってるぐらい」

「えーっ何それ。すっごく嬉しいんだけど! 私だって同じ気持ちだよ。明日も明後日もその次の日だって、アルクスとこうして笑いながら一緒に居たいなって思ってる」

「そうなの? なら、僕も嬉しい」


 他人が耳にすれば、白昼堂々と告白し合っているカップルに胸焼けしてしまうだろう。

 当人達は、ただ純粋な気持ちを伝えあっているのだけなのだが。


「じゃあそろそろ日が暮れてきたから、帰らなきゃ」

「もうそんな時間なんだね」

「僕も村で暮らしていたら夜まで一緒に居られたのに」

「それができたらとっても素敵ね。一日ぐらい、外泊みたいな事ってできたりしないの?」

「な、なんだってそんな天才的な案が思い浮かぶんだい。今日すぐにってわけにはいかないけど、帰ったら提案してみるよ」

「きっと良い返事がもらえると思うわ。話を聴いている感じ、その人はとても良い人そうだし」

「だね。それは僕も思う。あっ」


 アルクスは、唐突にルイヴィスにとって余計・・な案を思い付いてしまう。


「最近一緒に住み始めた人も同い年なんだよ」

「あら、そうなのね」


 一緒に居る時間、いろいろと話をしていたがマーリエットの話はしてこなかった。

 アルクスとの関係性がまだ浅いというのもあるが、誘拐した人間達を警戒して意図的に情報を伏せていたのだ。

 しかし今居る場所は、偶然にも人気が全くないベンチが備え付けてある広場。視界に誰も居ないかつルイヴィスと親密になって信頼しているからこそ打ち明ける。


「身長は、ルイヴィスとほとんど同じぐらいかな? 髪の毛の長さもほとんど同じかも」

「ほほ~、それは興味深いですなぁ。もしかして、私より可愛いとかっていう話だったらさすがに嫉妬しちゃうけどね~。なんちゃって」

「ははっ。そこら辺は人によって捉え方が違うからね。僕的には、凄い美人さんだと思う。しかも、実際のところはわからないんだけど、振舞い方とか言葉遣いとかがなんとなく育ちが良さそうな感じがするんだ。最初なんて、家事の一つもできなかったぐらいだし」

「なるほど。実際に見て喋ってみないとなんとも言えないけど、その可能性はあるかもね」

「実はその人、男達に誘拐されていたところを僕が助けたんだ」

「え……それは大変だったでしょう。その子は心に深い傷を負ってるんじゃない……?」

「うん。だけど、僕達に心配をかけないよう平然と振舞ってくれているんだ」


 ――なんだろう、この違和感。私とお姉様は、年齢は一つ違うけど実際には同い年。双子というわけではないけど、年代的には同じ。しかもアルクスが教えてくれている内容に既視感がある。私とお姉様の身長と髪の長さはほとんど一緒、ほんの少しだけお姉様は大きくて長いぐらい。育ちが良さそう、という話だってお姉様本人であればその通りだ。


 ルイヴィスの疑問が少しずつ大きくなっていき、心がざわつき始める。


 ――もしもアルクスが助けた人がお姉様であったのなら、とりあえずは一安心できる。だけど、でも、本当にそうだったとしたら……このまま私とお姉様の事を隠し通せるとは思えない。もしも打ち明けたら、恨まれちゃうのかな、憎まれちゃうのかな。楽しい時間は、もう二度と訪れないのかな……。


 ただでさえ、現状でも自身の地位を明かさずにこうして話をしているのもおかしな話だ。

 アルクスが村の人達と同じく、このままここら辺だけで生活をしていくのなら、もしかしたら、もしかしたら自身の存在を隠す事ができるかもしれない。


 だがそんな薄い可能性にすがったところで、心に刺さり続ける罪悪感とげが抜けるわけもなく。

 一縷いちるの望みに賭けて、ルイヴィスはあえて自ら質問する。


「ねえアルクス。その人の髪色ってどんな感じなの?」

「簡単には言い表せないんだけど……ルイヴィスの白銀の髪色とは真逆だね。黄金って感じ?」

「へ、へぇ~。それは凄そう」


 ――ま、まだ確定したわけじゃない。私は生まれてこの方、お母様とお姉様以外にその髪色を有している人を一度も見た事がない。でも、そんなの私がまだまだ世界を知らないだけなんだし、決めつけてしまうのは良くない。


「見ず知らずの他人が、根掘り葉掘り聞いちゃうのは間違っているんだろうけど……もし良かったら、その人の名前だけでも教えてもらえたりしないかな」

「たぶん大丈夫じゃないかな。あーでも、今更気が付いたんだけど名前しか知らないんだよね。マーリエットって呼んでるんだけど、いろいろあったみたいだから本名かどうかわからないけど」

「……なるほど、ね」


 ――ここまで情報が一致していて別人だったなんて事があったら、そっちの方が驚いちゃう。……お姉様ったら、偽名も使わないとかアルクスだからって警戒心がなさすぎよ。なーんて、私も同じなんだけど。


 ほぼ確定してしまった情報に呆れるも、姉妹の血は争えないと自身にも落胆してしまい肩の力が抜けてしまう。

 探し人の安否が確認できたて安心しているわけにもいかない。誘拐犯から救うのであれば、その後は帰還するだけなのだが……強引にマーリエットを連れ出そうものなら、アルクス達から見たら今度はルイヴィスが誘拐犯となってしまう。


 ――ならいっその事、強引かもしれないけど顔を合わせちゃえばなんとかなるんじゃ……?


「じゃあその人のために私は買い物を付き合っていたって事なんだよね」

「うん。事情を説明していなかったのに、いろいろとありがとね」

「いいのいいの、女の子の欲しいものってわかりにくいもん。――でもさぁ、そうなってくるともう他人って気がしないなぁ~」

「確かにそれは言えてるかも」

「じゃあ、さ。もしその人が良かったらなんだけど、一緒に買い物をするとか……いや、森の中で顔を合わせる事とかってできたりしないかな」

「ん~、こればかりは即答できない」

「だよね。大丈夫、返事は遅れてもいいから」

「わかった。帰ったらすぐに聞いてみるよ」


 純粋に悩んでくれているアルクスを見て、ルイヴィスの罪悪感は増していってしまう。


「じゃあまた明日だね」

「ふふっ、また明日」


 互いに、次を楽しみにしながらそれぞれの帰路へ就いた。

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