第32話『隣に立つ資格とは』
「さて、今日も今日とてまだまだ痛めつける予定だったが――」
ミシッダは、倒れ込んで回復薬を飲んでいるマーリエットへ近づいて腰を下ろす。
「せっかくアルから剣を選んでもらったんだ、ただの飾りとして腰にぶら下げているのはもったいないだろ?」
「そ、それはそうですけど……」
「この期に及んで怖気づいてるのか?」
「……」
「まさか、これがタダの稽古だと思っていたのか? 始める時にも言っただろ。剣を抜いて敵と向き合った時、相手を無力化するという選択肢は強者以外はない」
「わかっています。わかっているのですけど……」
マーリエットはミシッダから目線を逸らす。
「まあ、今はいい。今は。だが、その時が来たら『自分にならできる』なんて考えだけは早めに捨てるんだな。簡単に人を殺せとは言わないが、練習でも人に剣を向けられない人間が、肝心な時に相手の命を奪い事なんてできはしない。特に、お前のような人間はな」
「……心底、自分という口だけの弱い人間が嫌になります」
「別にそこまで言うつもりはない。誰だって、最初から剣を人間に向けられるやつは居ない。特に、正気を保っているような人間は、な」
ミシッダは立ち上がり、木剣を肩に乗せる。
「ここ数日は根を詰めすぎていたからな、気晴らしでもしようじゃないか」
「え……?」
「なんだよその目は。私の発言がそこまで信用できないものなのか?」
「はい」
「即答するな」
とは言われても信用できないのは確かで、不意の攻撃が飛んでくるのではないか、とマーリエットは素早く立ち上がって木剣を構える。
「どんだけ信用されてないんだよ。毎日毎日、ご要望通りに指導してあげてるっていうのに」
「ええ、そこには何一つとして疑問を抱いていません。ですが、本能的に構えてしまうのです。これもまた訓練であり、不意縁を狙っているのではないかと」
「はぁ……それはそれでありだけど、今回の話は本当だ」
疑いを晴らすため、ミシッダは自身の木剣を地面を置いた。
「それでは、どのような狙いがあってそのような事を?」
「なんていうか、そろそろ頃合いかなっても思っていてな」
「と言いますと?」
「いろいろと口実を作らないと、アルに怪しまれるだろ。別に隠れてやり続ける必要はないと思うが、そうはいかないんだろ?」
「……はい。できれば」
「頑固っていうかなんというか。まあ、それでだ。アルもただ街へ買い物に行っているだけではなく、警戒していた。そして偶然にもさらなる追手を発見した」
――私が無力なばかりに、アルクスとミシッダさんに迷惑をかけてしまっているんだ……。
「だから息抜きと言っても村に行って大手を振るってわけにはいかない。まあ、私が居ればそれもできるが」
「いえ、そこまではお願いできません。私は終われている身、贅沢は言いません」
「だが、こうも思った。お姫様を追ってきているヤツらっていうのは、賢そうだったか?」
「いいえ。私を標的とは理解している様子でしたが、それ以上の興味を示していませんでした。後、私の事を髪の色だけで判断していました」
「ははーん、やっぱりな。アルクスから聞いた情報と今のを照らし合わせると、ここまで派遣されているような人間達は山賊やらあらくれなんじゃないか?」
「言われてみれば……否定はできません」
「だろ? って事は、簡単な変装だけでどうにかなるんじゃないか」
「え?」
ミシッダがあまりにも突拍子もない事を言い始めるものだから、マーリエットは首を傾げてしまう。
「いくらそのような人達とは言え、さすがに私を認識できないなんて事はありえるんですかね……? 少なくとも、私を誘拐した人達は顔を覚えているは……ず……」
マーリエットは、ある事に気が付き言葉が途中で止まる。
「その人達は私を牢に押し込んだ後、一度も目線を合わせていないどころか、顔も観られていません」
「ほらきた。つまりはそういう事だ。変装といってもそこまで込んだ事はできないが、その目立つ髪を全部隠せばバレないんじゃないか」
「普通に考えたら、絶対に失敗する話ですが……不思議と成功する未来しか見えません」
「じゃあ決まりだ。かと言って長居できるわけでもないから、そこまで期待はするなよ」
「わかりました」
黄金の髪が絶対に出ないよう、頭部で団子結いをし、ロングコートに顔も隠れるフードを深々と被る。
「本当にこれだけでは……さすがに心配してしまいますが、なんだかいけそうな気がします」
「ああ、私もそう思っている」
謎の自信に満ち溢れている二人は、既にパイス村へ向かう道中にその姿はあった。
「ミシッダさん、お訊きしたい事があります」
「一国の第一皇女様が、どんなご用件で? アルの好きな女性のタイプだったら、良い返答はできないぞ」
「からかわないでください。そんな事ぐらい、アルクスと会話をしていたらわかりますよ」
「すまんすまん、ついな」
マーリエットは乱された心を戻すように一度だけ咳払いをした。
「アルクスのスキルとは、どのようなものなのですか。そもそものスキル発動条件とかは」
「まあ、普通は気になるよな。あれだけ脅し文句の感じで言われたら」
「それはそうですよ。少なくとも、私が覗き見てしまったのは黒い炎のような盾のような感じでした。でも、その炎は煙たがれるようなものではなく、どこか暖かく優しいものでした」
「なんというか、本当に自分の能力だっていうのに上手に使えていないんだな。先代の――いや、私が知っている限りではもっと繊細に見えるだけじゃなく、その本質まで理解してしまうものだったはずだが」
「……お恥ずかしながら、半人前だと認める意外にありません。ミシッダさんのお口からそもまでおっしゃられたのであれば、これ以上の詮索はしません。ですが、本当にその通りです」
「いつまでも辛気臭い顔ばかりするなよ、せっかくの女王様譲りの美人が台無しだぞ。それに、そんな暗い顔ばっかりしていると、アルが勘づいていろいろと面倒事にもなるぞ」
「気をつけます」
マーリエットは目を見開き、大きく深呼吸をした。
「と言っても、私も詳しくアルのスキルを把握しているわけではない。引き金になっているのが『誰かを守る事』ってくらいだ」
「アルクスらしいスキルとしか言えませんね。でも、そんな単純なものだけで、幼少期に大熊をたった一人で討伐してみせた、と」
「ああ、普通に考えたらどうやっても理解できる話じゃない。もしかしたら、敵が強ければ強いほどスキルの効果も相乗的に上がるのかもしれない」
「な、なんですかその理論。もしもそれが本当だったとしたら、アルクスの力はどれぐらいまで強くなってしまうのですか」
「そんなものは知らない。だが、これからアルが素で強くなっていけば、お偉い様方のお抱え騎士よりも強くなるだろうな」
「そ、そんな事が……」
マーリエットは、優しく微笑み、優しく接してくれるアルくすを思い浮かべる。
同い年でありながら、非常に辛い境遇を経験してきてにもかかわらず、初対面の自分に対しても助けるだけではなく慈悲深く接してくれている。それだけではない。親身になって接し、家族のように分け隔てなく接してくれているのだ。
そんな人間が、状況下によっては無類の強さを発揮するとは俄かには信じ難い。
「無礼を承知でお訊きしたいのですが」
「なんだ?」
「もしも全力のアルクスと専用武器を所持しているミシッダさんが正面から剣を撃ち合った時、最後に立っているのはどちらだと思いますか」
「……どうだろうな。どのような結果になるとしても、断言だけはできない。としか言えないな」
「帝国最強と謳われているあなたがそこまで言うなんて……」
「だから、最初に言ったろ。最後には世界までも変えてしまう力を持っているから、その力の使い方を間違えるなよ、って」
「……」
――恩人に対して、失礼な感情だと言う事はわかってる。でも、あの純粋な笑顔を見せるアルクスが、そこまでの存在だったなんて……。ミシッダさんの力を全て把握しているわけじゃない。でも、帝国最強の名前は伊達じゃないだろうし、その口で「国を滅ぼす」とまで簡単に言ってみせた。
マーリエットは想う。
――私は、どこまでも考えが甘い。甘すぎた。助けてくれたから、その力を見込んでなんて甘すぎたんだ。純粋だからこそ、アルクスは私を助けてくる。でも、一歩間違えたらその純粋さから暴走してしまえば全てが終わってしまう……。
「だからこそ、アルの隣に立つ資格を見出すためにお姫様を訓練してやっているんだ」
「隣に立つ資格……」
「少なくとも、自分の身は自分で守るぐらいの力はつけないといけない。考えてもみろ、お前に何かあったとして、アルが暴走でもしてみろ? 私ぐらいしか止められる存在が居ないだろうが。あいつには、もう本当に守りたいと思える家族は私しかいないんだから」
「……そう、ですよね。私、本当にいつまでも、いつまでたっても愚かですね」
「だから、自分を卑下するのは――」
「私も、真に覚悟をみせなければならない、ということですよね」
「あ、ああ。そういう事だ」
マーリエットは、アルクスから受け取った剣の鞘を握る。
「口だけじゃなく、ちゃんとアルクスの隣に立つ資格を得られるように頑張ります。今よりもっと強くなって、ただ善意で守られるのではなく大切な存在として守ってもらえるように」
「お、なんだなんだ。こんなところで本人が居ないっていうのに愛の告白か? 熱々だね〜」
「え、いや、ちょ! そ、そそそそそそそそんな話じゃありませんってば‼︎!!」
マーリエットは全身に熱がこもり、首・耳・顔・頭まで真っ赤に染まり上がる。
「落ち着け落ち着け」
マーリエットはそれだけでは止まらず、腕をぶんぶんと回しながらミシッダへ攻撃を仕掛けようと突進を試みる。
しかし、そんな幼稚な攻撃を喰らうほとミシッダは甘くない。ひらりひらり、と全ての突進を回避され、途中から目を閉じたりしていたものだから、最終到着は立派に生えた木の表面だった。
「いだっ!」
「ぷー、はっはっは! お姫様なのに、人を笑わせる事もできるなんて芸達者なんだな」
「もーうっ! キーっ!」
「ほらほら、そろそろ落ち着かないと近くを歩いている人から動物って勘違いされるぞ」
「んキーっ!」
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