第12話『憶えていないような、憶えているような姿』

「これで一旦は大丈夫そうかな」


 アルクスは、予備を含め三日分の生活品を購入した。


 後は帰宅するのみ。と、なったのだが、荷物を重そうに両手で抱えている老婆が視界に入る。


 ――あの人、大変そうだ……。


 気づけば、その足は帰路ではなく老婆の方へ向いていた。


「すみません、もしよかったらその荷物、一つだけでも持たせていただけませんか」

「ありゃ、これはこれはご親切にありがとうねぇ。でも、あんたも荷物を持ってるのに大丈夫なのかい?」

「それなら大丈夫です! これ、食べ物じゃなくて衣類が入っているので案外軽いんです」

「なるほどねぇ。ちょうど大変な思いをしていたんだよぉ。なら、お願いしちゃってもいいかい?」

「はい、もちろんです!」

「まあ、娘が迎えに来てくれてるはずだから、そこまでで大丈夫よ。多分もう少し先まで行ったら見えるだろうからさ」

「わかりました!」


 アルクスは自分の荷物を左に、老婆の荷物を右に持って歩き出した。



「あのすみません。お訊きしたい事があるのですが、よろしいでしょうか」

「はいはい、どんなご用件かしら。かわいらしいお嬢さんなら大歓迎だよっ」


 味付け肉専門店と看板に記されている店に立ち寄るルイヴィスは、店先で声を張って客を呼び込んでいる人柄が良さそうな、店主メリーダへ声を掛ける。


「この村で最近、変な事が起きたりしていないでしょうか」

「変なことねぇ、ん~。この村って本当にいろんな人が出入りしてたりするから、それ自体が変といえば変かねぇ?」


 噂程度の報告だと思っていたことが、実際に他国の人間も出入りしている事実をを確認できてしまった。

 本来、ルイヴィスの立場でそのような事を確認してしまったのならば、兵を配備し、入場規制をしなければならない。

 だが、この村に来て僅かではあるが、店で商売をしている人、通行人、親子、そのどれもが穏やかな笑顔であった。


 そんな、不満なく穏やかな生活を送っているのに規制などをしてしまえば、横暴となり反感を買ってしまうだろう。


「わかりました。せっかくなので、何か一つ購入させてください。その場で食べられそうなものはありますか?」

「お、そういうことならこれがお薦めだよっ」


 メリーダは小さい札に旨辛味付け干し肉と書かれた商品を指差す。


「ほほお、中々に食欲のそそる見た目をしていますね。では、こちらをお願いします」

「お~、お嬢ちゃん若いのに興味を示すとは随分と珍しいね」

「そうなのですか?」

「まあねえ。これは人気商品ではあるけど、好んで食べるのは酒飲みばっかりだよ」


 懐から金銭が入る袋を取り出し、支払いをする。


 食べ歩きができるように、とのことで、片手で収まる木箱に商品を詰めてもらった。


「そういえば、若いのにこれが好きなのはもう一人居たね」

「その人も物好きなのですね」

「かもねえ。私には残念ながら息子はいないんだけど、そいつは実の息子のようなやつでさぁ。この村のみんなからもそう思われてるやつなんだよ」

「きっとその人はとても人柄の良い人なんでしょうね」

「そうだね。それは胸を張って言えるね。だけど、ひょろひょろでまだまだ頼りねえんだけどなっ」


 と、豪快に笑うメリーダ。

 見ず知らずの相手に対して同じように笑えず、ルイヴィスは歪んだ苦笑いしかできなかった。


「あっ! 思い出した!」

「えっ、な、なんですか」


 急に、一度だけ盛大にパンッと手を叩くメリーダ。


「そういや、騒ぎになるほどの事があったのよ。いやぁ、忘れてた忘れてた」

「一体、何が起きたのですか?」

「直接見たんじゃないんだけど、村からちょっとだけ出たところで人が殺されているって大騒ぎになってさ」

「っ!?」


 マーリエットの死。

 ルイヴィスの脳裏にそんな最悪のシチュエーションが再生された。


「それは女性ですか!?」

「い、いや。倒れていたのは中年の男二人だったらしいよ。それに、村一番で強い人に調査を依頼したんだけど、そいつら死んでるどころかただ伸びてただけってオチなんだよ」


 ――よ、よかったぁ……。


「ったく、余所者でそんな騒ぎを起こすのは勘弁してくれよってな」

「でも厄介事にならなくて良かったですね」

「そうだね。まあ、何かあったと言えばそれぐらいかねぇ」

「わかりました。お時間いただきありがとうございました」

「はいよーっ。また今度来てくれたらサービスするから、是非とも立ち寄って~な~」

「はいっ、絶対にまた来ますね」


 ルイヴィスは、爽やかな笑顔を浮かべるメリーダに深々と頭を下げ、店を後にした。


 その後も様々な店を回り、情報収集をし続けた。

 できるだけ自然に、相手へ不信感を抱かせないよう念頭において。

 しかし、どの情報も似たり寄ったりだった。

 収穫量こそ多いと言えたものではないが、核心は得られたといえる。


 ――結果、何者かに誘拐されたお姉様は、何者かによって救い出された。いや、可能性の話をすれば、また別の何者かに横取りされたというのもある。……もっと綿密な情報収集をして計画を立てなくっちゃ。


 しかも、日にちもそこまで経っていない。

 だとすれば、まだこの街に滞在している可能性は非常に高い。


「すみません、もしよかったらその荷物、一つだけでも持たせていただけませんか」


 柔らかくも通る声が聞こえてきて、ついそちらに振り向いた。


 ――今日はこの村に泊まって、明日も情報収集……あ、れ……?


 ルイヴィスは、ある少年に目を惹かれてしまった。

 見た事も話した事もない少年。

 どこにでもいるような、そんな少年に。

 あの老婆の荷物を持ち、隣を歩く少年の背中からどうしても目を離せない。


 そして、右目から涙が零れ落ちる。


 ――あの人、なぜあの人から目が離せないの……そして、この涙は……?


 特段、顔が良いというわけではない。

 特段、強者のオーラが漂っているというわけでもない。


 ではなぜ。


 ――胸が苦しい。なんなのこの感情は……なんだというの……。


 締め付けられるような胸の痛みに困惑を隠せない。


 ――夢でずっと見ていたような、憧れていたような、焦がれていたような。


 体に現れた強烈な違和感、渦巻く複雑な気持ち。

 今まで生きてきてこれほどまで苦しい思いをしたことがなく、その正体が気になって仕方がなくなってしまう。


 ――答えを知りたい。


 そう思ったルイヴィスは本来の目的を後回しに、少年の尾行を決行することにした。

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