北沢あかね 2
俺はひとまず二階の休憩室へと、北沢を案内した。
ちなみに喫茶室の二階は、俺たちの居住スペースになっている。
俺が北沢を案内したのはおれの部屋……ではもちろんなく、応接スペースのひとつだった。
ほとんどリビングと言って差し支えないかも知れない。
「なんか飲むか? お茶と、ドリンク系だったらどっちがいいとかあるか?」
「あ、ありがとう。じゃあドリンク系がいいかな。なにがあるの?」
「サイダーとか、コーラとかが多い」
「それじゃあサイダーで」
北沢はやや緊張しているらしい。
頬がわずかに紅潮している。
ずいぶん今日は、珍しい北沢が見られるな、と思った。
ふだんからあんな態度を取っていれば、友達からも、男からも人気が得られるだろうに……と思ったが北沢はもともと人気だった。
俺は注文通り、サイダーをコップに注いだ。
ついでに、俺のコップにもサイダーを入れる。
「ほら」
「ありがとう」
俺は当たり前のように、口をつけて飲んだ。
最初に俺が飲んだ方が、北沢も気兼ねなく飲めると思ったからだ。
「へーきか?」
「ふぇっ!? な、なにが?」
「いや、さっき怖い思いしただろ」
「あ、うん、へーきだよ。ありがとね、小島くんのおかげで助かったよ」
北沢は言うと、もじもじしながら下の方を見た。
絨毯に何か付いているのか……と思ったが、なにもついている感じはない。
「北沢、聞いてもいいか?」
「な、なにかな!?」
「いや、そんなたいしたことじゃないんだが、お前、さっきパソコン見られて動揺してたろ」
「そ、そうだね……。あのときはビックリしたよ」
「差し支えなければ、何書いてたのか教えてくれるか?」
「ふぇっ!?」
またでた。北沢の「ふぇっ!」だ。
さすがにマズかったか……。
人には聞かれたくないプライバシーのひとつやふたつあるもんな。
さすがに、うかつだったかも知れない。
「悪い! 教えられないって言うんなら、べつに構わないぞ!」
「……」
北沢はなにかを考えるように、黙り込む。それから何やらブツブツと一人で呟き始めた。
正直怖い。もしや俺に対して呪詛の言葉を送りつけてる!?
さすがにそれはないと思うが、だが北沢の地雷を踏んでしまったのではないかと気が気でない。
さ、さすがに北沢の秘密はそう簡単には知れないか――
そう思った瞬間、北沢はぱっと顔を上げ、
「わ、笑わないならいいよ……」
と言った。
なんだ、わらわれるようなことを書いているのか?
「お、おう……」
俺は半ばけおされるように言った。
聞いちゃマズかったかも知れない。ひたすらにそう思う。
だが北沢は、秘密をどこか自分から明かしたい、そんな様子を見せていた。
明かしたい、ケド明かしたくない、だけど明かさないといけない。そんなような態度だ。
「むり、しなくてもいいんだぞ」
「こ、これはいずれ、小島くんにも見てもらいたいものだからっ……!」
北沢は鼻息荒く、そう言ってのけた。
「俺にもいずれ見てもらいたいもの……?」
俺は言われて、はて、と思う。
もしかしてクラスで行われてる交換日記の類いか?
あれか? あの学級日誌に書かれてるリレー日記、みたいなの。
それを北沢は書いていたのかも知れない。
「聞かせてくれ。お前はいったいなにを書いていたんだ? 日記か?」
北沢はパソコンを抱えたまま、顔を赤くして、ぶん、ぶん、と顔を振った。
どうやら日記じゃないらしい。
だとすれば何だ?
レポートかなにかか? 北沢が所属している部活動の活動記録とか。
いや……俺の記憶だと、北沢は帰宅部だったはずだ。どこにも部活に所属してないはず。
そんなことを知ってる俺も気持ち悪いが、とにかく北沢は部活に入ってないことはたしかだ。
じゃあ、なんだ?
「すまん。想像がつかない」
「こ、これ……なんだけどぉ……」
パソコンの画面を、おれの方に向けてきた。
俺はじっくりとその画面を見つめた。
そして気がつく。『浜北高校は、初夏の日差しに当てられて――』『ふぅ、省エネ主義の僕は吐息をついて、そっと窓の外の景色を見つめた――』
とか言う描写がある。
いや、
これってもしかして、もしかすると、小説の原稿ではないか?
「お前これ、小説か?」
北沢は、ぼすっ、と赤かった顔をさらに赤くして、そのままうなずいた。
どうやらよっぽど恥ずかしかったらしい。
しかし、小説ねぇ……。
意外だ。いやそうでもないか?
北沢は本ばかり読んでいるイメージがある。
だから小説を書いていると知っても、そう意外でもないか。
「……これは、その、完成してるのか?」
「う、うん…………もう何百回も推敲した」
……俺は沈黙する。
そんなに推敲する必要があるのか!?
いや、小説家によっては、それくらい文章を読み返すって人もいるかも知れない。
だがそんなに!? そんなに読み返すのか!?
さすがにそれは、その、なんというか、素人の俺が言うのも何だが、やり過ぎではないだろうか?
「ジャンルは?」
「せ、青春ミステリ」
だろうな、と思った。主人公が某有名青春ミステリ作品とキャラが似ているから。
俺は若干、テンションが上がる。
自分の好きな女の子が小説を書いているなんて、ちょっと嬉しくなる。
「ひとつ聞くが、どうして俺にこれを見せる予定だったんだ?」
「ち、違うの! べつに、ふ、深い意味はなくてね……その、く、クラスメイトに見せようと思ってたんだ……」
「クラスメイト?」
「そ、そう……。ほら、私こんな性格だし、友達もあまりいないから、クラスのみんなにこの原稿見せたら、それが話のきっかけになって友達になってくれる人もいるんじゃないかなぁと。………………ひっ、ご、ごめんねっ……! き、きもいよね……」
北沢は今にも倒れるんじゃないかってくらいの勢いで言った。
な、なんだって……?
北沢は友達を欲しがっているのか!?
俺はそこに驚きを隠せない。
し、しかもそれが「きもいよね……」だと!?
俺は、ぷくっ、と笑ってしまう。
「お、お前、友達少なかったのか?」
「わ、わらわないでよっ! そ、そうだよ……なんか、私が喋る度に、みんな逃げちゃうって言うか……。私としてはフレンドリーに接したいって思ってるんだけど、き、緊張しちゃって……!」
つまり、緊張しすぎて塩対応になってしまっていたと。
笑うな。堪えろ。
ダメだダメだダメだ。
しかし俺は笑うのを堪えきれなかった。
「くっ……………………くくっ………………! 友達がいないのか……そうかそうか……っ!」
「ひどい! ひどいひどいひどい! どうしてそんなに笑うの! 笑わないって約束したじゃん!」
北沢がすごい剣幕で怒っているが、北沢なので怖くない。
っていうか、怖いときの北沢あかねじゃなかった。
「悪い。だがお前がそんなことで悩んでるなんて、思いもしなかったからよ」
「ど、どういうこと……?」
「てっきり、お前人が嫌いなのかと思ってた」
「なっ……なにそれ! 私べつにそんな人嫌いじゃないよ……」
「そっか。いや、今お前と話しててそれを実感した。だが多分、俺以外のクラスメイトもみんなお前のこと人嫌いだとばっかり思ってると思うぞ」
「な、なんで!?」
自分で気づいてないのか……。これは重症である。
「とにかく、お前が言っていることは分かった。
これをクラスメイトに見せて、みんなに読んでもらいたいんだな。
それで、みんなから、『私はこういう女の子なんだよ』と認められたいと」
「そ、そうそうそれ! すごいね! 小島君私よりも言語能力があるよ!」
ん……?
そうか?
べつにふつうだと思うが。
――思えばこれが伏線だったと言うことは、このときの俺はつゆしらず。
「そうか、だからこれが俺に読ませる予定だった、て言う意味だったんだな」
「そ、そう……うわめっちゃ恥ずかしいね、これ」
「はは。そっか。…………ってことは、これ俺が読んでもいいってことだよな?」
「ふぇっ!? だ、だめだ………………うん、まぁいいけど……………………めっちゃ緊張するなぁ………………」
どうやら俺が読んでも問題ないらしい。
多分北沢は、読まれることを相当恥ずかしがっている。
だから何百回も推敲しちゃったんだろうな。
まぁその気持ちはわからんでもない。
書いたものを誰かに読まれるときは、緊張するものだ。
「そこにプリンターあるから、プリントしていいか?」
「う、うん……わ、笑わないでね絶対!」
「笑わないさ。お前が書いたものなんだろ」
「う、うん。お願いね。絶対! 約束だからね!」
北沢は念を押す。どんだけ心配性なんだお前……
まぁとにかく、俺はその原稿を読み始めることにした……
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