三章 5
料理は予想通りうまかった。荻原様々だな。
片付けは二人で行った。当然の義理だろう。まさか誕生日の荻原だけに片付けをやらせるわけにはいかない。
俺は荻原に「座ってていいんだぞ」といっても彼女は聞かなかった。
どうやら、彼女は働きたいタイプの女の子らしい。
将来ヒモ男とかと結婚するなよ。なんか荻原なら許してしまいそうで怖い。
「ねぇ、なんこれ?」
片付けが終わると、荻原が言った。
彼女が漁ったのは、テレビ下の棚だ。透明な扉から見えてしまったらしく、荻原が首を傾げてそれを見つけてしまったという感じだ。
テレビ下の棚にはDVDとか、テレビ用のゲームとかが入っている。
天下の○天堂のものが多いかも知れない。
「お前、もしかしてテレビゲームとかやったことないのか?」
もしや、と思って聞いてみた。
彼女の境遇から考えるにその可能性は高そうだったから聞いてみたのだが、案の定荻原は、
「うん」
と答えた。
だからか、荻原がテレビゲームのソフトを見る目つきは、猫が新種の動物を発見したときのそれに近しいものがあった。
挙動不審、という言葉が似合う。
あまりにも見慣れてないものを見ている感じだった。
俺は一応ゲーム自体家においてはいるが、滅多にプレイはしない。
だから最近のはやりとかもよくわかっていない。
家に置いてあるのは、五年前くらいにプレイしていたものばかりだ。
もちろん、それよりも昔のものもある。
『大激闘アタックシスターズ』
や
『パリオカート』
などの有名ゲームを、まさか知らないとはな。
「見たこともないのか?」
「み、見たこともないし触ったこともないわよ。なに? 悪い?」
「いや、全然そんなことはない。だが新鮮だったもんで」
俺は素直に応えた。
なんでも知ってそうな荻原だったから、以外に知らないものがあると言うことに驚いたのだ。
「ちょっとやってみるか?」
時刻は九時過ぎ。べつにまだ眠る時間じゃないだろう。
二時間くらい遊んでも誰に文句を言われるわけでもない。
「い、いいの?」
「いやべつに金かからないからな」
「そ、そうなんだ。テレビ横にお金入れるとかじゃないの?」
どんだけアナログなんだこいつ……と思わず突っ込んでやりたくなる。
あれか、ゲームセンターのゲームと勘違いしている、って感じか。
まぁたしかに、パリオカートとか、ゲームセンターに置いてあるからな。
わからんでもないが、さすがに今の荻原の発言が天然すぎて、思わず笑ってしまった。
「ちょっ! なに笑ってんのよ!」
「いや悪い。お前の発言があまりにもアナログすぎたもんで……。テレビ横にお金入れるって発想自体、したことなかったから」
ぷくっ、と荻原が頬を膨らませる。顔が真っ赤だ。
「わ、悪かったわね。知らないことばっかりで。ゲームなんて、したことないから……」
俺は少し、背徳感を覚えた。
荻原は母親に厳しく育てられた。お手伝いさんがお母さん代わりだったという。
だとしたら、ゲームとかしてなくて当然だ。
厳しい母親が、娘にゲームなんて許すわけないからな。
俺には想像つかない世界だった。
だからこそ荻原には、知らない世界を見せてやりたい。そう思った。
「今準備するから、ちょっと待ってろ」
俺が言うと、荻原が顔をぱーっと華やかにした。
そんなに嬉しいのかよ……。
とりあえず『大激闘アタックシスターズ』をセットした。
オープニング画面が流れる。色々なキャラが、様々な技を放っている姿に、荻原は感動しているらしい。
目を子どものように輝かせている。
そういう顔を見ていると、あぁこいつも年頃の女の子なんだな、と実感させられる。
ふだんの荻原は学校の中で常にトップであろうとしていて、どこか常に緊張している感じがあった。
だが今の荻原はそうじゃない。楽しいことに心躍らせる乙女だ。
「好きなキャラ選んでいいぞ」
とりあえず対戦モードを行うことにした。おれの方が経験が多いのでぼこぼこにしてしまうかも知れないが、俺だって大人だ。手加減くらいはしてやる。
「アタシこの子がいい! ピンク色の丸い奴!」
「ほう、ザービィか。意外と初心者には難しいと思うが、いいのか?」
「るっさいな。アタシがこの子がいいって言ってんの! アタシなりの戦い方でやるわよ!」
へへん、と胸をはって荻原は言い切った。
初心者あるあるだな。
だが最初は、好きなキャラで好きなようにやらせてやるのが一番だと思ったおれは、素直にうなずくことにした。
じゃあ俺はこれだな。
「ハエラル王国の近衛騎士様」
「うわっ! その人見たことある! 失われた王国を取り戻す勇者様……だっけ?」
どうやら荻原のゲーム知識は、おじいちゃん以下らしい。
まぁそれも仕方がないと言えば、仕方がないのかも知れないが。
ゲームしない奴って、とことんしなかったりするからな。
3、2、1……GOと画面に表示されて、おれたちの戦いが始まった。
荻原は初め、ザービィの操作にものすごい戸惑っているようだった。
うまく扱えないと、ザービィはすぐに転がって画面外にフェードアウトする。
この対戦ゲーム、フィールドから落っこちたら一基減る。
荻原はそんな感じで、何基もヘラしていった。
「むぅ、なによこのゲーム!」
「どうどう。落ち着け。ならキャラ、かえるか?」
「あんたのその騎士様がいい。頭の帽子、すごい温かそうな奴」
「こいつか。まぁ、こいつは人気キャラだからな」
俺はゲームコントローラだけを荻原と交換することにした。
荻原は緑色の騎士様を操る。
さっきよりはマシになっている感じがした。
素人感は拭えないものの、戦えるレベルにはなっている。
まぁだが、『才能なし』のレベルからは脱していないが。
俺は『凡人』のレベルである。
だからあっさりと、荻原に勝利してしまった。
がちゃん、とコントローラを投げ捨てる荻原。
「むっかー。マジで腹立つんだけどこのゲーム!」
「……はは。もう一戦するか?」
「なにその乾いた笑い……! する! 今度こそ負けないからっ!」
荻原はどうやら負けず嫌いらしい。
負けず嫌いなのは見た目の通りなのだが、荻原に直接それを言ってしまったら怒られそうで怖い。
荻原は画面に釘付けだった。キャラクターが技を繰り出す度に、肩を動かして「いけっ! ほら見なさい! アタシのナイトにかなうわけないでしょうが! おーほっほっほ!」と叫んでいた。
○ルダも涙目な光景だった。いつからお前はお姫様になったんだ……。
荻原は熱中し出すと止まらなくなるタイプらしい。
続けて二十ゲームくらいやった。
疲れしらずの彼女に食いついていくだけでやっとだった。
十字ボタンを押すだけで移動ができるのに、なぜか左ボタンを押すと彼女は左に傾き、右ボタンを押すと右に傾き、下ボタンを押すと下に屈み、上を押すと伸びをする……という習性が彼女にはあった。
それだけ楽しんで、没頭していると言うことだろうが、横から見てると忙しないことこの上ない。
面白動画にアップしてやろうか。
ほら、猫が猫じゃらしに戯れる動画とか、意外と再生数行くだろ。
それの荻原バージョンを出せば、様々な男から支持を集めそうだ。
もっとも、なんかいかがわしい動画な感じがするので、やめておくけどな。
この姿を見せてくれるのは、世界中で俺だけだろうし。
そう考えると、俺はこの荻原を誰にも見られたくないと思う。
「アー面白かった! ねぇ、他にゲームないの!?」
荻原はまた目を輝かせて言ってきた。
もう時刻は十二時を過ぎている。
まぁたまには夜更かしも悪くないな。
そう考えて、俺は『パリオカート』をゲーム機にセットした。
画面が表示される。カートに乗っているパリオが、ガッツポーズを向けてこちらを向いている。
荻原はキノコのキャラクターを選択し、俺はドラゴンのキャラクターを選択することにした。
やたら騒がしいドラゴンだった。
「ねぇ、このキノコなんで喋るの?」
「さぁ、おれにもわからん」
ともかくだ。おれたちはレースを開始することにした。
荻原はかなり、この手のゲームが苦手らしい。
だいたいの面で、俺が一位になって、荻原が最下位だった。
絶望的なまでにセンスがなかった。荻原はふくれっ面で「もう一回!」と叫ぶのを五回くらい繰り返していた。
と、荻原の目が、ふと俺の手元に注がれた。
「気にしたことなかった。あんた、手おっきいね……」
俺は不覚にもドキッとしてしまった。
手が大きいと言われるのは初めてじゃない。
だが、このときなぜか、荻原に言われたという事実が、俺の胸を熱くしたのだ。
「そうか?」
「そうよ。ほら、あたしの手なんかこんなにちっちゃい」
荻原が掌をこちらに向けてくる。手相の中央の線が、まっすぐ一本延びている。珍しい手相なんじゃなかろうか。
それにしても、肌が白い。
その掌はとても小さくて、指の一本でも握ったらすぐにでも折れてしまいそうなほどだった。
コントローラをさっきまで握りっぱなしだったせいで、汗ばんでいる。
「ほら」
荻原が掌をこちらにさしだしてくる。
一体なんだというのだろうか。
「ん」
俺は反射的に、自分の掌をさしだしてしまった。
荻原の右手と、俺の左手が重なる。
心臓がバクバク鳴っていた。もうどうにでも鳴ってしまいそうなほどに。
俺はこの手のボディタッチごときでは、緊張しない自信があった。女子から触られたところでなにも思わなかったし、なにも感じなかった。
ただ『そういう女子』なんだな、と思うだけで済ませてきた。
だが荻原は違う。
なにが違うのか、という点については説明が難しい。
だが荻原の手は、どこか特別なように思えたのだ。
「四周りくらいおっきい」
……。
なぜだろうか。
俺の胸の中に妙な背徳感がじわじわと膨れ上がっているのを感じた。
なんなんだろう、この気持ちは。
頬がゆっくりと、かぁあ、とまるで音を立てるかのように、温かく、赤くなっていった。
俺はこの娘に、いいようにされている。
「ん? どしたの?」
無自覚で行っているのだとしたら、恐ろしいことこの上ない。
俺は取り繕うように「いや……」と答えた。これ以外に答えなんて思いつかなかったのである。
どうしていいかわからなくなった俺は、とっさに画面に向き直った。コントローラを両の手で握りしめ、荻原に促した。
「……いいから、続きやるぞ」
俺はこの日、初めて荻原美琴を女の子として意識した。
この顔が見られてなければいい、そんなことを思った。
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