機密
桁くとん
機密 前編
今年は2033年。
2024年に一度西の隣国の辺境自治政府と本国との間の武力衝突に端を発した第3次世界大戦が起こったが、僅か1年で終結。
その後は先進国、途上国問わず全世界の国々の間で一切の争いは無くなった。
第3次世界大戦で核ミサイルが世界中に降り注いだこともあり、生き残った人々の間では不毛な争いを止め、国際協調して生き伸びていこうと協力しあっているらしい。
日本はと言えば第3次世界大戦で西の隣国の核ミサイルが東京はじめ各県の県庁所在地や政令指定都市に降り注いだとJアラートが鳴り響いたが、結局はどこにも被害はなかった。
だが他国の殆どが日本の北方と西方、東方にある巨大な隣国の核ミサイル攻撃を受けたようで、通信網が相当手ひどくやられており、他国との行き来はほぼ途絶えている。
これを機に次の選挙では与党が退陣し、野党の連立政権が発足したが、野党お得意の足の引っ張り合いが続いている。
予算配分も外交や防衛、国土強靭化などはガリッガリに削り、福祉向上や子育て支援に予算をジャブジャブと注ぎ込んでいる。
出生率は一向に向上しないし、逆に老人世代はあっという間に火が消えるようにこの世を去って行ったため、予算が余り怪しいNPOに莫大な金がいい加減な記帳で流れるようになっていた。
また、諸外国からの圧力も全く無くなったため、自衛隊を維持する必要もなくなったうえ、懸念されていた道路や橋、トンネルに浄水施設などインフラの老朽化も当初の予測に反して全く問題なく稼働していた。
更に地震や台風、局地的豪雨災害などの自然災害なども2025年以降は全く起こらずのんびりしたものだ。
遂に現在の政府は、ベーシックインカムを導入。2027年からは全世帯に一律月額50万円、世帯家族の人数によってベースの50万円に1人増えるごとに20万円を上乗せ支給するようになる。
これによって日本国民は、ほぼ金銭のための労働から解放された。
農業、漁業、林業などの1次産業は技術革新によって人手がほぼ要らなくなった。
2次産業では製造業が国内向けの白物家電や自動車を作る程度。建設業は新規の建物などを建てる必要もなく、水道管取り換えなどの公共工事の必要もなくなったため衰退した。電気、ガスなどのエネルギー産業も、諸外国との交易は途絶えたものの、天然ガスは新潟の長岡で有望な大ガス田が発見され、日本国内の需要を100年は賄えることが判った他、発電については日本全国の原子力発電所や火力発電所は全て廃止。全て水力、風力、潮力で賄うようになった。
第三次産業は、こちらも世相と省力化が進んだ。
流通は自動運転装置とドローンの発達により、殆ど人手は要らなくなった。
小売り業もセルフレジの導入で人手が要らなくなり、医療、介護業界は老人がほぼ全て世を去ったので、掛かりたい時に掛かれるようになり閑古鳥が鳴いている。そもそも以前に比べて人々は病気や怪我になりにくくなった気がする。
飲食業は、言わば趣味で就業する者が多い。
お洒落カフェやラーメン屋、居酒屋にバーなど飲食業の他、仕事をせずとも食っていける状態になったため、自らのこだわりの店を出すものが増えた。ただし飽きたらすぐに撤退するため入れ替わりも多い。まあベーシックインカムのおかげで商売の失敗も大した痛手にはならないのだ。
そして、生活のために労働しなくても良くなった人々は、小説やアニメ、マンガ、音楽、演劇などのコンテンツの創作に流れ、同時に消費も激しくなり空前の大隆盛である。
そうした創作活動の活発さを吸収するため、小説投稿サイトや動画投稿サイトが大乱立している。
そして音楽や映像作品のサブスクも膨大な数となっている。
そんな世の中で、俺の仕事もそうした第三次産業のひとつだ。
「よっ、今回の功労者‼ 高橋、お前のおかげで本誌は完売だ‼ Web版も有料アクセスが天井知らずの鰻昇りだ‼ こりゃ社長から金一封もあるぞぉっ‼」
俺が職場に出勤すると、お調子者の大橋デスクが大仰な仕草で出社した俺を迎える。
同僚の先輩記者たちも、ある者は単純に祝福し、ある者は入社したてで金星スクープをモノにした若輩の俺への嫉妬を隠しながら入室する俺を拍手で迎え入れる。
俺が働いているのは、とある雑誌社。そこの実話系週刊誌の編集部に昨年配属になっていた。
俺が自分の席に座ると、大橋デスクは俺の席まで来て俺の肩に手を掛けながら言う。
「よく証言者の女の子、見つけてきたよな、高橋。上手いこと相手が悪人に見えるような証言引き出したのは手柄だぞ」
「まあ相手の芸能人は大物なのに派手に遊んでましたからね。遊んだことのある相手は星の数ほどいましたから、見つけるのは簡単でしたよ。しかし相手も本気で訴訟してくるみたいですが大丈夫ですか」
「ああ、いつものこと。例え敗訴してもたかだか数百万円の賠償だから。売り上げに比べれば微々たるものだから大したことは無いし、こんな時のために会社は弁護士先生に顧問料払ってるんだからな、顧問料の元取るようなもんだから心配すんな」
「しかし、相手の公表したLINEのやりとりを『被害女性は被害直後で動転していた』って声明出したことで、SNS世論は調子づきましたが、逆に相手には証言女性を特定されたと思うんですが。直接相手が証言女性を名指しで訴訟を起こしたら、うちの弁護士は証言女性の弁護をしてくれるんですか?」
「おいおい高橋、何でうちの顧問弁護士が証言女性の弁護をしてやる必要があるんだ? そりゃあ証言女性が自分で弁護士を雇って訴訟を戦うべきだろう」
「いや、情報源の保護って名目もありますし」
「何言ってんの、そんなリスクは当然理解した上で証言したってことじゃないかい?
LINEのやりとりだって本人のスマホに残ってるんだし、普通社会人なら身バレするのも織り込み済の常識。ありゃ一般論でうちが情報源をはっきりバラしたわけじゃないからさ、不可抗力のうちだよ。そんなリスクも当然含めた上での『勇気ある証言』でしょ? だからうちだって破格の100万円の謝礼払ってるんだから。
まあ証言女性が敗訴して個人で数百万円の名誉棄損の賠償金払うことになったとしても、ウチは痛くも痒くもないから。お前が気にすることじゃないよ。
何? もしかして高橋お前、証言女性と個人的な関係にでもなってるの?」
「いやあ、そういう訳では」
「まあ、ネンゴロになった相手から情報取って来るってのも、立派な記者の手法だからな。お前みたいな若くて外見のいい奴なら、それを武器にするのも全然アリだぞ、ガハハハハ‼
昔の新聞記者の中には、人妻女性官僚を酔わせてホテルに連れ込んで行為写真をネタに脅して機密書類を盗ませたって猛者もいたくらいだしな‼
スクープのためなら、お前もそれくらいはやってくれていいぞ‼ 社員でいる間は顧問の弁護士先生が守ってくれるからな、安心してドーンと行け!」
大橋デスクはそう言って俺の肩をバシバシ叩くと、上機嫌で自分の席に戻った。
ふうっと思わずため息をつく。
大橋デスクのいかにも叩き上げのマスコミ記者ですよという押しは、なかなかに疲れる。
まったく、マスコミっていうのはいつの時代も変わらない。
要はスクープという大衆の耳目を引く「リアリティのある娯楽」を提供するためには被害者だろうが加害者だろうが人権なんぞ無視して秘密を暴いていくのが仕事だ。
とある新聞などは、とにかくどこの党が政権を取ろうともひたすら政権批判を繰り広げるので、元野党だった現与党の購読者すら離れ、もはや紙媒体は廃刊し、有料のWEBサイトのみに落ちぶれた。
その点、うちの雑誌は政権交代後の権力者のスキャンダルも扱ってはいるが、メインではない。
今や立派に口の回る政治家が持て囃され、流れるように言い切るように話せる政治家の方が立派だという風潮のため、皆スキャンダルを上手く言い逃れてしまい盛り上がらない。
逆に今回のように芸能人のスキャンダルや有名クリエイターのスキャンダルの方がしどろもどろの言い訳と取られてSNS上ではツッコミや揚げ足取りが多くウケがいい。
要は人は皆、有名人が転げ落ちていく様を見てすっきりしたいだけであって、政治家なんて清廉潔白を売りにしていても結局権力を握れば誰もが一緒でセッセセッセと自分の懐に公金を詰め込むのに必死ということがこの10年で可視化された。
更に言えば、元野党、現与党連合の政治家の方が何も知らないのにただ部下や記者を怒鳴りつけ恫喝する以外の組織運営手腕を持っていないことも露呈した。単に言葉の上手さと人の落ち度とも言えぬ落ち度ををネチっこく追及することだけに特化した人種で、エンタメとしての存在価値しかないということが嫌になるほど見えるようになり、選挙の投票率は5%を切っており、政治不信は極まっている。
かといって下野した元与党の人気が上がった訳では無い。何故なら災害もインフラ劣化も無く他国との調整も必要ないため、本当に誰が政権を取ろうと代わりない状態だったからだ。
昔放射能デマを飛ばして下らないラップで信者じみた支持者を躍らせている男が総理大臣をやっているのがその証拠だ。僅かであろうと固定票を持っている者は強い。
結局のところ、政治家がどれだけダメだろうと、官僚機構がしっかりしていることが日本の今の現状を支えているのだ。
そして俺が何故この会社に入り、この下らないスキャンダルを虎視眈々と狙う下種な編集部を希望したのかというと……
日本を支える官僚組織の闇を暴きたいと思っているからだ。
日本を支える官僚組織――革新系の連合政権になってから、財務省、外務省、総務省、農林水産省、経済産業省、法務省は「政治主導」の名の元に、予算も組織もガリガリ削られ再編され弱体化した。
文部科学省、厚生労働省、環境省は連合政権になってから予算も人も増えたが、少子化は止まらず老人世代が消えことや、労働環境の劇的改善とベーシックインカムの導入、そしてほぼクリーンエネルギーへの転換によって予算も人も実質余るようになっていた。
その余り金が謎のNPOに流れ、連合政権の与党政治家に還流しているが、庶民も政治家には幻滅しているので然程騒ぎ立てることは無くなっている。
俺が暴きたいのは、ここではない。
内閣府も膨大な予算と人が集められているが、提案を聞こうともせず気に入らないと怒鳴りつける政治家たちのおかげで、退職者が相当多いらしい。
だが、ここも俺が暴きたい闇ではない。
俺が暴きたいのは、国土交通省だ。
インフラの建て替えや新設もないのに予算と組織は11年前と変わらずにおり、更には新規事業を立ち上げているが、その結果が不明瞭なのだ。
11年前の第3次世界大戦時より、ずーっと国土交通省の次官を務めている
彼女が俺の知りたいことを全部知っている。
LINEにメッセージが入る。
大物芸能人の件で情報提供してくれた女性からだった。
『ねえ、本当に大丈夫? アテンド役の男からの連絡全然来なくなったんだけど』
俺はすぐに返事を返した。
『相手も諦めたみたいだね。上司に聞いたら大丈夫って言ってた。俺も安心したから安心して』
『良かった‼ ねえ、今夜また遇えない? さみしいよ~』
『今夜は取材のアポ入ってるから無理。都合ついたらまた連絡するよ』
『仕方ないなあ。カズヤくん、早く都合つけてね。遇いたいよ~♡』
俺はそこで返信を止めた、
今夜はようやくこぎつけた読塚乃可との会食機会だ。
俺にとって些細な情報源とは比べるべくも無かった。
※あくまでもフィクションです。
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