第29話 もう二度と、逃げたりなんかしない


 外はすっかりと暗くなり、多少肌寒い。俺はジップパーカの前を閉め、帰り道とは別方向に走り出した。気持ちの整理がしたかったのだ。


「……泣いてたな、母さん」


 俺が知る限り、母さんは父さんほど異常な人間じゃない。腹を痛めた自分の実の息子に、自分の都合であんな言葉を投げかけるのは、さぞ辛かっただろう。


「泣き笑いでも、なかったな」


 当然だ。母さんが見ていたところは、心が挫けて、笑いを取ることから逃げてしまっていた中層の配信だ。笑える部分がないんだから、笑えるはずがない。


「……笑わせたかった、な」


 別に、俺が成長していくにつれ、笑顔が減っていき、最終的に精神を病んでしまった母親を笑わせようだなんて理由で、パンティを被ったわけじゃない。


 実際、連絡が来るまで、おパンティンTVのことで頭がいっぱいで、父さんのことも母さんのことも、頭の片隅に追いやっていた。


 しかし、今日の母さんや、いつかの俺みたいに、人生に疲れ泣いている人を笑わせて、少しでも生きる希望を与えたいというのが、俺がパンティを被る理由の一つなのは、間違いないのだ。


 ダンジョン配信者の真の実力を見るなら、中層攻略のクオリティを見るべきという父さんの理屈は正しい。

 他にもそう考える人がいて、そんな人たちの中に、今にも泣きだしそうな人だっていたはずだ。


「馬鹿だな……」


 俺は、俺のような人間を救う機会を、まざまざと見過ごしていたってことだ。


「魔物が塩対応だから悪いとか、慣れない生配信だとか、視聴者の受け取り方がダメとか……はは、本当に馬鹿だ、俺」


 たとえどんな状況でも、ネタ系配信者として、動画を公開し、それを見てくれる人がいる限り、その人たちを笑わせることを諦めていいはずがないじゃないか。


「……もう、逃げない」


 俺は、踵を返すと、来た道を逆走した。向かうのは、先ほどのファミレスだ。


 父さんと母さんは、ちょうど会計を終えたところだったのか、ファミレスから出てくるところだった。その背中に叫ぶ。


「父さん、母さん!」


 二人が振り返る。俺は、足を止めて、続けた。


「あのおパンティンって配信者、今度二宮とMMMAで戦うらしいよ!!」


「ほぉ! それはチケット即完間違いなしだな!!」


「ああ、そうだね……あいつと今同じクラスだから、もしよかったら、チケット二枚貰っとくよ!!」


「本当か! それはありがたい!」


「ああ、うん、それじゃあ!」


 俺は踵を返して、そのまま走り出して……足を止めて、再び振り返った。


「あ、そうだ! 父さんと母さん、ウケ狙ってた!?」


「え!? ん、どう言う意味だ!?」


「いや、なんでもない!」


 ま、そうだろうな。


 俺は踵を返して、そのまま駆け出す。「ふっ」と息がもれ、口元に手を持っていくと、確かに俺は笑っていた。


 強がりでもなんでもない。笑いをとりに行かなかったことへの反省を終えた後の俺は、自然と笑えていたのだ。


 笑いから逃げた結果、母さんを泣かせてしまったのも、今生の別れを告げられてしまったのも、ショックはショックだ。今だって、胸にぽっかりと空いた穴は悲鳴をあげている。


 しかし、同時に、俺の中で、あの状況を面白がる気持ちもあったんだ。


 今から息子に今生の別れを告げようとしてるのに、BALENC○AGAとかいうハイブランドの服を着てきて、シャ○ルの四番をつけてくる天然の母親。いやスーツで来いとまでは言わないが、もっとこう、今生の別れにふさわしい服装ってあるだろう。

 

 で、天然というよりはサイコパスに近いレベルでデリカシーがない父親の、聞くに耐えない発言の数々。母さんの別れの言葉から俺がファミレスを出る短い時間で、二回ノンデリ発言をした時は圧巻だった。


 何より、あんだけシリアスな空気になったところで、「ごめんね、迷宮ラビリンス」だってさ……。


「ふふ、盗み聞きしてた奴ら、え、ラビリンスってなんだ? ってなったろうな」


 で、親父が明らかに俺をラビリンスって呼んだことにより、俺の名前が迷宮ラビリンスだってわかった瞬間、(なんちゅうキラキラネームだよ)と笑いを抑えるのに必死になったんじゃないか? 

 少なくとも俺は、笑っちゃいけないという状況も相まって、悪いと思いながらも吹き出してしまうかもしれない。


 まさしく、【緊張の緩和】が綺麗に決まった瞬間だった。


(……俺は明日も明後日も、生きることにするよ、母さん。たとえあんたにとって、俺がどれだけ不快な存在だったとしてもね)


 ただ辛いことをそのままに辛がって、傷つき打ちのめされていたあの頃の俺とは違う。


 辛い状況下の中で、俺なりに笑えるところを見つけ出した。いや、見つけ出したと言うよりかは、昔は笑えなかった父母の嫌いなところを、むしろ面白がれるだけのお笑い力を、俺はいつの間にか身につけていたのだ。


 おかげで、悲しみを打ち消すほどではなかったが、致命傷とまではいかなかった。自殺しようなんて、かけらほども思っていないのが現状だ。


 俺自身が、おパンティンが俺にしてくれたように、俺を笑いで守ったんだ。


「悠里さんと比べたら全然だけど……パンティの才能あるんじゃないか、俺」


 配信者としての義務感だけじゃない。ここ最近すっかり失っていたネタ系ダンジョン配信者としての自信も、回復したように思う。


 ……ああ、一刻も早く笑いを取りたい。明日にでも火竜カーセ⚪︎○ス動画撮っちゃおうかな。ああ、いや、駄目だ。悠里さんとのコラボドタキャンしちゃったから、報酬の車も当然もらえっこない。


 となると、一週間後のMMMAが、生まれ変わった俺のデビューになりそうかな。


 二宮アレン。奴が『この探!』で一位を取っていたのは、何も奴が有名配信者だからというだけではない。その強さは、火竜とは比にならないだろう。


 そして何より、俺を殺す気満々だ。


「最高の相方だな……」


 勝ち負けなんて、どうだっていい。この際命だって賭けてやる。ネタ系配信者として、何が何でも、絶対に笑える試合にしてやるよ!




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次からはついに二宮とのMMMA決闘編に入ります!

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