第30話 mixed magical martial arts


 MMMA。mixed magical martial artsの略。世界で一番過激な格闘技と言われている。


 MMA(総合格闘技)にプラス、いくつかの使用禁止魔法を除き、どんな魔法も使っていいと言うとんでもないルールなので、その評価は正当だろう。


 MMAと違う点で言えば、魔法を使用していいことを含めて三点ほどある。


 まず、リング上に回復魔法陣が設置されていて、ラウンド中は常時発動していることだろう。


 この魔法陣は普通の回復魔法と違い、多少の傷は回復しない。


 分かりやすくゲームで例えるなら、HPが100〜2までは全く発動しないという制限を加えることにより2〜1の時に超強力な回復魔法が使えるようになるという仕掛けがある。


 この魔法陣を正常に機能させるため、回復魔法が禁止魔法の一つに指定されている程度には、優秀な魔法陣だ……ま、単純に回復魔法ばっか使われたら試合がつまらなくなるのもあるだろうけど。


 この魔法陣によって、過激な格闘技でありながら、死傷者は出ていない。


 そう、回復魔法が効くのはあくまで5〜1の範囲内の話で、即座に0になればどうしようもない。今の発達した魔法でも、死んだ人を生き返すことはできないのだ。


 三つ目。MMAは体重によって階級が決まるが、MMMAはその人が今現在持つ魔力量によって決まる。魔法が使える以上、その人の持つ殺傷力は魔力量によるといっても過言じゃないからだ。


 今回の階級はヘビー級。2000mp以下まで魔力量を減らさないといけなかった。と言っても、魔力的にピークらしい80歳のエルフの平均魔力量が1000mpなので、まぁ、あってないようなもの……と言いたいところだが、結構キツい減量だった。


 こんな格闘技に未成年が参加できるなんて常軌を逸している。が、未成年が魔物が出るダンジョンを探索できるような倫理観の世の中だから仕方ない。


「しかし、なぁ」


 約43000人入るこの東京ドームのチケットは、父さんのいう通り即完。

 チケットの値段は、アイドル的な人気の二宮の影響も相まって、100万円という馬鹿げた値段にまでつり上がっているらしい。


 ……43000人。今までの生配信を考えると、大した数ではない。いやまぁ、PPVとか含めたら、もっといってるんだろうけど。


 ともかく、画面の前で見られているのと、生で見られるのでは、話が全くもって違う。スベったらスベッただけ、その反応がダイレクトに返ってくるということだ。


「…………っ」

 

 震える手を慌てて押さえるが、悠里さんの目は誤魔化せなかった。俺の顔を、心配そうに覗き込んでくる。


「ラビくん、本当に大丈夫? もしダメだったら、今からでも試合を中止にするよう、ROUJINの人に言ってこようか?」


「ははは、そんなこと言い出したら、何をされるかわかったもんじゃないですよ」


 今回の決闘を仕切るのは、世界的なMMMA団体〈ROUJIN〉。噂ではバックに闇クランの連中がついているらしいから、違約金だけじゃ済まないだろうな。


「そんなことより、悠里さんは大丈夫なんですか? 無理してセコンドをやってもらわなくても大丈夫ですよ」


「そうですか。それはありがとうございます。それじゃあそうさせていただきますね」


 ずっと不機嫌そうだったマネージャーさんが口を挟んでくると、悠里さんが彼女を睨みつける。


「良くもまあそんなことが言えたね! 今回の件、ラビくんは完全なる被害者なんだぞ! そんなラビくんに寄り添うのが、大人としてあるべき姿というものだろう!」


「……それはお気の毒ですが、あの時、私たちに説明をしてくれていたら、こんなことにはならなかったと思います。というか、説明して当たり前ですよね。あの突然のドタキャンのせいで社長に散々怒られたのに、そのドタキャン野郎のセコンドをするって、私が社長からどんだけ嫌味を言われたことか……」


「だから、それも二宮くんに脅されていたから仕方ないだろう!……そうだな、これ以上ラビくんが不当に叩かれないよう、私が事の顛末を暴露しよう!」


「それだけは絶対にやめてください。風の噂ですが、二宮アレンのバックには、ヤバい団体がついてるって話です。敵に回したらロクなことになりません。それに、証拠もなしに暴露なんて信じるの、ネットで人を叩くのが生きがいの根っからの終わった人間しかいませんよ! おパンティンさんも、スマホの他に録音機を持っていけば良かったんです!」


「ラビくんを責めるな! 普通、友達が攫われてるって時に、そんな冷静な判断できないだろう!」


「……私はね、悠里さんのために言ってるんですよ! あなたのインフルエンサーとしての価値を下げないよう、常に細心の注意を払っているんです!!」 


「ああ、それなら私は、肛門にスライムを挿れる動画を私名義で公開するから無駄だね!」


「……何言い出してるんですか!?!? あなたは日本人女性の憧れなんですよ!?!? そんなド下ネタ、二度と言わないで!!」


「肛門肛門肛門肛門!!!!!」


「辞めて!!」


「アナルッ!!!」


「辞めてぇ!!!」


「……申し訳ない、オレのせいだ」


 すると、黙りこくっていたタッくんが、重々しく口を開いた。


 俺としても、悠里さんにセコンドを任せるつもりはなかったので、わざわざダンジョン庁の許可を取って連れてきたのだが、どうやら今回の件に相当責任を感じているようだ。


「タッくんは何も悪くないだろ? 気にすることじゃない」


 タッくんの肩に手を置くと、真冬の彫像のように固く冷え切った身体に驚く。

 ちなみにチ○ポは切り口が綺麗だったからか、試しにくっつけたらなんかくっついてことなきを得たのだが、二宮への恐怖は未だ拭えていないようだ。


「二宮アレンは、化け物だ……彼は、オレを殺すつもりなど毛頭なかった。それなのに、オレは彼に勝てるビジョンが、全く見えなかったんだ……弄ばれたよ」


「タッくん……」


 素のミノタウロスを圧倒したタッくんを、ここまでおののかせるとは……二宮のやつ、危険度ランクで言うなら最低でもSSってところか。まぁ、予想通りと言えば予想通りだがな。


「……頼む、おパンティン、どうか、死なないでくれ」


「当たり前だろ、タッくん」


 せめて、タッくんを不安にさせないよう、満面の笑みで応える。


「お前の仇をうつ……とまでは、正直言えないんだけど。少なくとも、タッくんが笑えるような結末を見せてやるさ」


「迷宮……」


 タッくんは立ち上がり、俺を抱きしめる。俺も抱きしめ返し、悪くなっていた楽屋の雰囲気も、ちょっとはマシになった。


 びったーん!!!


 すると、なんとも言えない快音が、楽屋に鳴り響いた。

 下を見ると、緑色の巨大なチ○ポが、床にびったり張り付いていた。


「………………」


 くっついた、のは良かったのだが、こうやってちょくちょく取れるようになってしまったんだよなぁ……。


「まぁ、その、ある意味で便利だよな。ね? ドリンクホルダーとかに入れられるし」


「う、うん! その通りだ! 便利だぞぉ、ドリンクホルダーに入れられたら!!」


「確かに! 使っていないドリンクホルダーがあるならよりいいですね!」


「…………」


 俺たち三人の必死のフォローも虚しく、再び気まずくなった空気の中。コンコンとノック音がした。


 返事をすると、ドアからひょこりと顔を出したのは、《ROUJIN》のスタッフさんだ。


「おパンティンさん、そろそろ入場の方、よろしくお願いします」


「あ、はい、了解です」


 俺は大きく息を吐いてから、スタッフさんの先導にしたがって歩き出す……ついに本番、か。


 今日を迎えるにあたって、いくつものネタを準備をしてきたが、結局、ほとんどボツにした。


 あれから、ちゃんと現実を見て反省しないといけないと、生配信のアーカイブを見て思ったのは、事前に準備した笑いほど、ものの見事にスベッていた。


 俺なりの分析だが、準備してきたが故の安心感が、「今から面白いことやりまっせ〜」というドヤ顔になってしまっていて、とにかく鼻につくからじゃないかと思う。


 自信は取り戻した、と言っても、能力が飛躍的に伸びたわけでもない。事前にネタを仕込んだところで、前の生配信と同じことが起こるだけだと悟らされた。


 しかし、俺が思っていたより、配信はスベりっぱなしと言うわけではなかった。例えば、俺が草を見かけたと思っていた火竜ハンマーがそれだ。


 あれは、決してウケ狙いでやったわけじゃなかったが、コメ欄では結構草が生えていた。


 内心腐していたくせにと自分で自分を笑いたくなるが、どうやら俺は、今のところ火竜やミススラと同じ、天然キャラ枠に収まってるらしい。


 天然キャラが、ネタを食ってスベるのはよくあること。今の俺は所詮はそのレベルなので、ネタを事前に準備するのは、むしろスベりへの第一歩だ。


 だから、ネタは全部捨てて、覚悟だけをパンパンに高めてきた。


 たとえ何が起ころうと、この3ラウンド、絶対にウケを狙い続ける。その笑いへの執着が、何か産んでくれると信じている。


「それでは、ここでお待ちください」


 指定された場所で待つこと数分。


 ベートーヴェン交響曲第5運命が流れ始めると、ただでさえ慌ただしかったスタッフさんに、「今から前のディスプレイが開きますので、階段を降りて入場してください!」と説明を受ける。俺の返事を、ROUJINの実況がかき消した。


「父親がパンティにブッカけたところ産まれた男! パンティの中のパンティが、ROUJINに降臨! 皆様、今日にあたって当然勝負パンティを履かれているかと思いますが、なおのこと褌を締め直してご覧くださいですわ!」


 ちなみに、この文言は俺が考えた。先にROUJINに提出したので、ボツにできなかったのだ。少し期待してたんだけど、どうにも、ウケてる気配はないなぁ。


 どちらにせよ、本番はここからだから、ショックを受けることもない、という甘い気持ちは、目の前の大型ディスプレイが開けるとすぐに壊れる。


「おパンティンーーー!!!」


「抱いてええええええ!!!!」


「二宮を殺せぇぇぇぇぇえええ!!!」


「アレン様を傷つけたら許さないからああああああ!!!!!」


 まるで、身体を殴りつけるかのような、暴力的な43000人の大歓声。


 リハーサルの時はがらんとしていた東京ドームに、名一杯人が詰まっていて、その誰もが俺を見て狂ったように叫んでいる。


 痛みを伴うほどの鳥肌がぶつぶつとたち、足元が溶けていきそうな感覚に、せめてもの強がりとして笑った。


「はは、全然ウケてない」


 かと言って、スベってるって感じでもない。笑いなんて眼中にないって感じだな。格闘技見にきてんだからそりゃそうか。


 ……お前ら、全員大爆笑させてやるからな。


 そう心に誓い、俺は階段を降り始めた。

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