第17話 ダンジョンの主
>な、なんだ、何が起こってる!?
>動きが全然違ってない!?
>ミノタウロスが人間の技を使ってるぞ!?
>なんか、魔物同士がMMAやってる絵面シュールだなwww
「……なるほど。理解したよ、おパンティン」
タっくんは、逆十字を決められたまま、うなずいた。
「確かに、これほどあっさり終わってしまえば、中層のボスになる試練としては簡単すぎる。それに、撮れ高という観点からしても、あまりに物足りない。それなら彼を、私のように進化させて戦わせようと考えるのはごく自然な流れ……そうだろ、おパンティン」
「え、いやいや、違う違う違う!!」
>はぁ?
>おいおい、それはちょっと酷くないか?
>おパンティン、ヤラセはしないって話はどうなったんだよ……。
>さっきからコメ欄がタッくんばっかり褒めるから嫉妬したのか?
>ちっさ……
>タっくんに謝って
>ついでに二宮アレンにも謝れ
>むしろ愛の鞭。さすがおパンティン♡
コメント欄は荒れに荒れる。悠里さんさえ、「おパンティン……」と、悲しそうな目で俺を見ている。
タッくんを進化させた俺が第一容疑者なのはわかる。が、ここまで信用してもらえないのは、俺が女もののパンティをかぶっているからか!? この多様性の時代に、なんて連中だ!
「俺は本当に何もしてないんだ! おそらくだけど、ここのダンジョンの主が、タっくんが中層のボスになることが気に食わないから、ミノタウロスを自らの手で操ってるんだよ!!」
>は?
>ダンジョンの主ってなんだ?
>ダンジョンは天災だろ。それを操ってる奴がいるとしたら、もうそんなの神様でしかないぞ
>流石にこれは嘘松
>嘘を嘘と見抜けない人定期
>おパンティン、普通にしてたら評価されるのに……
>実は俺も、そうなんじゃないかと思ってた。そして、この生配信からもわかるように、空間魔法なども使われている地中深くのダンジョンなのに、電波が通じている。ダンジョンの主は、8Gによってこの世界を支配しようとしているんだ。おパンティンのように頭にパンティを被って、電波から脳味噌を守らないといけない。
>陰謀論者湧いてて草
8G云々は知らないが、ダンジョンに主がいるのは事実だ。俺が京都の伏見ダンジョンをクリアした時も、最下層にダンジョンの主がいたのだ。
といっても、未だダンジョンをクリアしたものは公式にはいないので、俺を擁護してくれる人など……いや、いる!
俺は、タッくんに助けを求める視線をやる。すると、「それはオレが取るべき態度じゃないか?」と苦笑いをしてから頷いた。
「おパンティンがやっていないというのなら、このような芸当はダンジョンの主様しかできないだろうな」
>え、本当にいるの!?
>タッくんがそういうならそうなんだろうな
>これ、普通にダンジョン史が塗り替わる衝撃発言じゃないか?
>ダンジョンが自然災害でなく、コントロールする生命体がいるってこと? だったら逆になんで世界終わってない?
>マジかよ終わった
……俺よりタッくんの信用度が高い気がするのは、タッくんが魔物でダンジョン側だから、ということにしておこう。
「ならば、これはオレにとって、ダンジョンの主様から与えられた試練、と言うことになる……二人とも、手助けは無用だ」
タっくんは、「う、ぐぐぐぐぐっ」と呻き声を上げる。すると、逆十字をかけているミノタウロスの巨体が、少しずつ浮き始める。
「ふんぬっ!!!」
そしてタッくんは力任せに腕を振り回し、ミノタウロスをぶん投げたのだった。
>すげええええええええええええ
>タっくん最高!!!
>ヤバすぎる新情報出てびっくりだけど、今はタッくんの応援に集中だ!
コメント欄は随分湧いているけど、正直。状況は芳しくない。
タッくんは、立ち上がってファイティングポーズを取る。すると悠里さんが、苦々しい顔で呟いた。
「タッくん、ガードできてない。厳しい、ね」
「ええ、そうですね」
今ので完全にお釈迦になったんだろう。タッくんの右腕はだらんと下がってしまっているのだ。
ミノタウロスは、じりじりと使えない右側に回り込むように、タッくんとの間を詰める。そして、左ジャブで的確にたっくんの顔を叩く。ジャブと言っても、あの怪力だ。一発一発が命を刈り取りに来る。
「うぐぐっ」
タっくんは、なんとかイカれた右腕でガードしようとするが、それによって開いた脇腹に蹴りが飛んだ。
ばきり。
骨が折れる嫌な音がして、タっくんが苦悶の表情を浮かべる。これで、回復魔法を使えないタっくんの勝ちはほぼなくなってしまった。
ミノタウロスからすれば、あとは、タッくんの右側から徹底的に攻撃すればいい。しかしミノタウロスは、ニタニタ気味の悪い笑みを浮かべながら、タッくんの身体を満遍なく叩いた。
「弄ばれてる、ね」
「……はい」
>おパンティン!! タッくんを助けてあげて!!!
「……それは、できないよ」
誇り高いたっくんのことだ。一対一で戦うと宣言しているのに、手助けなんてしてしまえば、彼をより深く傷つけてしまうことになる。
どたん。
嬲るだけ嬲られ、ついに限界を迎えたタっくんが、仰向けに倒れた。
すると、ミノタウロスが牛の面をニヤニヤと歪ませながら、手と違って、牛の蹄が残った足で、タっくんのぼこぼこに腫れた顔を踏みつける。
「ぶもおおおおおおおお!!!」
そして、勝利の雄叫び。コメント欄が怒りに真っ赤に染まった。
「…………」
幼い頃からダンジョン探索に明け暮れてきた俺に、友達と呼べる人はほんの数人。
そんな貴重な一人をこんな目に合わされていると言うのに、笑いに変えられるほど、あいにく俺は達者じゃない。
普通にワンパンで吹き飛ばしてもいいけど……もっとダンジョンの主をビビらせたいな。
俺は、手のひらに刀の形を模り、実体化させる。それは一本の日本刀で、『不知火』との名で呼ばれている。
>え?
>なんか急に剣現れたけど、なんかの魔法?
>ニワカか? 剣なんかダンジョン探索ですぐにダメになっちゃうから、剣を生成する魔法くらい剣士だったら誰でも使える
>いやしかし、なんかめちゃくちゃ禍々しいオーラ放ってないか?
>おい、エルフ自認解説おじさんだが、この刀、ヤバいぞ……
>エルフ自認解説おじさんを自認してて草wwww
>マジでやばい。画面越しに見てるだけで気分悪くなる……
>おいこれ、もしかして魔剣なんじゃないか?
>もしかしなくても魔剣だろうな。魔剣自体はトップ層の探索者だったら持ってて当たり前だけど、果たしてその性能は……
俺は鞘から不知火の漆黒の刀身を、ほんの少し引き抜く。
スパン。
そんな軽快な音が、幾重にも重なった。
「……ぶも?」
グリグリとタッくんを踏みつけていたミノタウロスの足にぴしりと線が入る。と、その線から下が、フッと塵になって消え去った。
「もぉ!?」
ミノタウロスが悲鳴を上げてケンケンをすると、それに合わせて、輪切りにしておいた身体が、ぴょんぴょんと分かれて飛ぶ。うわ、ちょっと面白いリアクションしてんじゃん。ムカつくわぁ。
ミノタウロスの身体が崩れていく。生首が、俺の前にコロコロ転がってきた。
>へ?
>グロッ!?
>おパンティンが、切った、のか? ちょっと鞘から抜いただけだったよな?
>切った、と言うか、魔力の刃を飛ばしたって感じか? 全く見えなかった
>おいおい、これ……普通に宝具とか呼ばれるレベルのもんじゃないか?
>凄いんだろうけど、ついさっきまでおパンティンのワンパン魔物消滅ばっか見てたからそこまでインパクトないな。
>これがおパンティンじゃなくてもこの性能なら神。おパンティンしか扱えないならゴミ
確かに素手でもこの程度の芸当はできる。俺は何も、この刀の殺傷能力でダンジョンの主を脅しつけようとしたわけではない。
この【不知火】は、京都の伏見ダンジョンの主が愛用している刀なのだ。
それを忠実に再現できると言うことは、俺は伏見ダンジョンの主と戦い、少なくとも愛刀を使わせる程度に本気を出させ、そして生きて帰ってきたことの証明になる。
それはつまり、今からこの代々木ダンジョンをクリアして最下層まで行き、お前に挑むことができると言う宣言にもなる。
俺は、ミノタウロスの生首を踏みつけ、こう言った。
「さて、どうする? これ以上機嫌を損なわされたら、今から予定を変えて、お前のところに行ってもいいと思ってんだけどな」
「!」
ミノタウロスの生首が、ブルブルと震え始める。
「もー、ぶ、もー、ぶ、ぶ、ぶ、ぶ、もー、ぶ、もー、ぶ、もー、もー、もー」
そして、妙なリズムで鳴き始める。なんだ?
すると、倒れ伏せていたタっくんが、ハッと顔を上げる。
「これは、モールス信号!?」
「いや、なんでついさっきまでただのオークだったタっくんが、モールス信号とか知ってるんだよ……」
教室テロリスト侵入の次に憧れてる、”モールス信号に気づく”を魔物に奪われちゃ、男として立つ背がないよ……。
「それでタっくん、ダンジョンの主はなんて?」
「……私を、中層のボスに任命する、と言うことらしい」
「おお、それはよかった」
>おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!
>タっくん、オメ!
>祝杯じゃああああああああああああ!!!
>え、てことは、今後中層の最終層に行けば、たっくんに会えるってこと?
>探索者の八割型は中層にもいけないけどな
>いや、待て待て、そんなことより説明してくれよ!! なんでおパンティンはダンジョンの主なんて知ってる?
>そんなことってなんだよ!! タッくんに失礼だろ!!
コメント欄も祝福の嵐だ。しかし、タっくんの顔は冴えない。
「私は、負けたんだ。ボスになる資格などない」
「正確に言うと、ミノタウロスには勝ったけど、ダンジョンの主に負けたってとこだろ? 負けて当然、むしろ勝ったら勝ったで問題になってるところだ」
「……しかし、ミノタウロスに勝てたのだって、君から”力”を授かったからだ。私は、脳内に突然流れてきた、”欲しいか…力が、欲しいか?”という言葉に頷いただけだ」
「え、俺のバフって、そんな中二病拗らせてんの?……まあいい。そんなこと言い出したら、俺の探索者としての才能だって……親から与えられたものだしな」
俺はタっくんの肩をポンと叩く。
「与えられたからには、与える側に回らなくちゃいけない。ミノタウロスは、下層へと続く階段の門番にしては弱すぎた。これからはタっくんが、実力不足の探索者を追い返して、命を大切にする機会を与えるんだ」
「……そうだな。与えられっぱなしでは、ターニャ・デグレチョフの名が泣く」
タっくんは立ち上がると、俺に手を差し出す。
「それでは、ここでお別れ、だな」
「だな。頑張れよ、タッくん」
そして俺たちは、固い握手を交わした。
何も、今生の別れというわけではない。具体的には、今から下層で火竜を倒したらすぐにここに戻ってくる。
そのことに気がついた時、感動的な空気が一変、なんとも言えない気まずい感じになってしまったのだった。
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