話し合い②

 彼の顔が正面に見えるように座りなおし、うっと息を詰める。

 ……マズイ……ドキドキしてきた……。

 会ったり話したりは今まで通り普通に出来たのに、近くで顔を見たら急に鼓動が早くなって少し息苦しい。

 今の今まで普通に話せたから大丈夫だと思っていたのに、近付くと昨日の二の舞いになってしまった。

 ダメだ、このままじゃまともにメイク出来ない。

 スーハースーハーと、いつも以上に深く深呼吸をする。

 前とは違う様子に陸斗くんはいぶかしんでいたけれど、こうしないと落ち着けないんだから仕方ない。

 平常心、平常心。私は今からメイクするの、真剣にやるんだから……。

 何度も深呼吸をしてそう言い聞かせて、やっと何とか落ち着けた。


 その後でいつものルーティンをする。

 そうすれば、メイクの事だけに集中出来た。

 クマはもうないから、肌はトーンアップのための下地やCCクリームで整える。

 やっぱり男らしい顔立ちなので、眉は凛々しく。

 そして今回はアイラインもやってみる。

 上目蓋うわまぶたを押さえて上げ、「下見てて」と告げる。

「なっおい」

 目の際にラインを引くため、良く見える様に顔を近付けると動揺したように動かれる。

 私は思わず眉を寄せて、もう一度言った。

「下、見てて」

「っ!」

 今度は言う通りにしてくれたので、慎重にラインを引いていく。

 反対側も同じようにして、左右対称になるように調節した。

 唇は少しカサついていたけれど、前よりはマシだし血色も悪くない。

 リップを縦ジワに沿って塗っていき、今日はそれだけで終わらせた。


 チェックをして、フッと笑顔になる。

 今回も上手く出来た。

 そうして気を抜いたら、目の前にあるのはカッコイイ好きな人の顔。

 私は笑顔のまま固まり、また鼓動が早くなるのを感じた。

 トクントクンと鳴っている心臓が、次の瞬間にはドクンドクンと更に大きな音を鳴らす。

 何故なら、陸斗くんが私を引き寄せて抱き締めたから。

「へっ⁉ り、陸斗くん⁉ どどどどどうしたの⁉」

 ぎゅうっと強く抱き締められていて押しのけることも逃げることも出来ない。

 陸斗くんの体温や腕の力を感じて、私は完全に昨日の二の舞いになりテンパっていた。


「お前が悪い……」

 肩の辺りから聞こえた声にさらに混乱する。

 私が悪いって何かした⁉

 メイクしただけだよね⁉

 ってか声凄く近いんだけど⁉

 私の心臓の音、絶対聞かれてると思いながら何とか悲鳴を上げずに堪えていると、ゴホンッという咳払いがいくつか聞こえてきた。

 その咳払いで今私たちがどこにいて、そばに誰がいるのかを思い出す。

 少し視線を動かすと、花田くんと目が合った。


「あー……」

 そう声を伸ばしながら視線を泳がせた花田くんは、目を伏せて続ける。

「取りあえず倉木さんを放してやれよ、日高」

 言われて、陸斗くんは渋々といった様子で放してくれた。

 放してはくれたけれど、肩に手は置かれたまま。

 あれ? と思っていると、私は陸斗くんの隣にピッタリとくっついた状態で座り、彼に肩を抱かれている状態になっていた。


 ん? んんん⁉


 どうしてこうなったと疑問を浮かべる頭。

 陸斗くんの体温が離れないことで高鳴る鼓動。

 私は恥ずかしいやら照れくさいやら嬉しいやらと、混乱が続く。

「だー!! 日高! お前いちゃつくのも大概にしろよ⁉ってか、これで付き合ってないとか嘘じゃねぇ? もしかしていつの間にか付き合ってたとか?」

 耐えきれないと言ったように工藤くんが叫び質問して来る。

 答えたのは陸斗くんだ。

「まだ付き合ってはいねぇけど、灯里がOKしてくれるのを待ってる状態だな。ま、逃がす気はねぇけど」

「っ!!」

 言葉とか息とか、いろんなものが詰まった。

 やっぱり嬉しいやら恥ずかしいやら。


 私、この後ちゃんと好きだって伝えられるのかな?

 ちゃんと答えが出た以上待たせるわけにはいかないと思って、今日伝えようと決意していたんだけど……。

 こんなにドキドキしていてちゃんと伝えられるんだろうかと不安になる。

 なんにせよみんなの前で言うことじゃないだろうから、午後は別行動になるようにしないと。

 なんてこの後の予定を考えていると、工藤くんの呆れを含んだため息が聞こえた。

「はぁ……もういいわ。倉木も嫌がってなさそうだし、もう好きにしてくれ」

 そうすると次は美智留ちゃんが話を戻すように「それはそうと」と発言する。


「日高のメイク見て分かったけど、男のメイクって赤い口紅塗ったりとかじゃなくて元々の素材を良く見せるって感じなんだね」

「そうだね。カッコ良くて男らしい顔立ちが更に際立ったって感じ」

 さくらちゃんもうんうんと頷きながらそう言ってくれた。

 そして美智留ちゃんが嬉しい提案をしてくれる。

「ねえ灯里、今度私たちにもメイクしてみてよ」

「っ! いいの?」

 明らかに目をキラキラさせていたと思う。

 だって、美智留ちゃんたち二人は私のメイクしたいランキングのTOP2だ。

 いつかはしてみたいと思っていたことがこんなに早く実現するなんて!

 そんな嬉しさから、その後はそれほど陸斗くんを意識しなくて済んだ。

 やるなら私の家が良いよね、とか。

 いつにする? とか話し合って、ドキドキワクワクしながらその後はしばらく楽しい話題が続く。


 楽しくて、嬉しかった。

 四人ともこれまで通り接してくれたから。

 私がわざと地味な格好をしてメイクオタクなのを隠していたことはもちろん、陸斗くんが元総長だって知っても怖がらないでいてくれたから。

 なんだかんだこの六人はもう仲間って感じだと思うから。

 怖がられたり嘘をついてたのかって嫌われたりしなくて内心とても嬉しかったんだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る