真意

 羽那子はなこの指示で俺は東条とうじょうさんと連絡先を交換してテレビ電話を終えた。

 テレビ電話をしろとスマホを渡したり、ドライヤーで会話の邪魔をしたり、連絡先を交換させたりと、いまいち羽那子の行動に一貫性があるように思えない。

 羽那子は俺をどうしたいんだ。机に向かい合っても何も思い浮かばない。

 このメモ帳は何の為に出したんだったっけな……。

 羽那子に向き直って尋ねる。ドライヤーを終えた後はちゃんとTシャツの上にパーカーを着ているので大丈夫。


「羽那子、俺さ、やっぱりお前の事を知らないんだけど」


「うん、そうみたいだねー」


 ベッドに横になったまま、スマホから目を離さず答える羽那子。

 軽いよね? 幼馴染に自分の事を忘れられたってのに軽いよね?

 それほど大した事ではないと思っているのか、それとも……。

 もしかして、俺が羽那子に関する記憶がない理由を、羽那子自身が知っている、とか?


「何で羽那子の事知らないんだろうな」


「それあたしに聞くー? 泣いちゃうよ?」


 いや遅いよ。すでに泣きじゃくってないとおかしいだろ。

 ただの幼馴染ではなく、恋人だったんでしょう?


「記憶喪失になった人のその後の生き方って、思い出すまで考えるパターンもあれば、思い出せないなら思い出せないまま生きて行くパターンもあると思うんだよね。

 これからまた同じ経験をしていけばいいじゃん」


「でもさ、何故かは知らんがこのタイミングで東条とうじょうさんが現れてさ、お前がライバル認定して競い合おうみたいな方向に持って行ったじゃん。

 正直意味分からんのだが。だって、お前恋人取られるかも知れんのだぞ?」


 自分で言っててすごい他人事だ。客観的だ。だって、当事者だって自覚がないもんな。

 俺から見れば羽那子も東条さんも、今日初めて会った女の子だ。

 そういう意味では本当に二人はイーブンで同じスタートラインに立っていて。

 そして、俺は二人の事を気になり出している。


「こっち来て、これ見てみ」


 羽那子がちょいちょいと手招きする。腰を上げてベッドへ歩み寄る。羽那子がポンポンとベッドの端を叩く。

 いや俺のベッドだが。


「写メ。あたしのスマホのカメラフォルダの中身」


 羽那子が人差し指で画面をスクロールしていく。

 どこかのお店のスイーツ。そして俺。

 繁華街のセレクトショップ。色違いのバッグを左右に掲げ持つ俺。

 クレーンゲームの取り出し口から小さなぬいぐるみを取る俺。

 俺の写メがいっぱい。


「覚えてない?」


 覚えてない。でも声に出せない。

 不気味で、怖くて、そして何故か覚えていない事に対する申し訳なさを感じる。

 何でこいつは微笑みながら画面をスクロールさせているのだろう。


「いっくんのスマホ、見せて」


 スウェットのポケットからスマホを取り出し、指紋認証でロック解除をして羽那子に渡す。

 慣れた手つきでカメラフォルダを表示、スクロールする。

 雪の中寒そうに空を見上げる羽那子。

 花火を振って文字を書こうとしている羽那子。

 羽那子と伊千香いちかが腕を取り合って歩く姿。

 浴衣姿の羽那子。


「全部、いっくんが撮ったんだよ?」


 覚えてない? とは聞かれなかった。

 多分、俺の答えを分かっているから。


「あの時こうだったなぁーとか、喧嘩したなぁーとか、何がきっかけで仲直りしただとか。

 あたしが覚えてればそれでいいかなって、そう思った。

 大事なのはこれから。これから二人で色んな思い出を作って行けばいいじゃん。

 あたしが覚えている場所に行って、同じツイーツ食べて、同じ道を通って帰って来る。

 そしたらさ、もしいっくんが思い出さなくっても、同じ経験を二度したか一度だけしたかの違いでしかないじゃん。

 それでいいじゃん」


 何で、じゃあ何で……。


「俺と東条さんを仲良くさせようとするのは何でなんだ?

 確かに知り合いだった。顔ははっきり思い出せないけど、でもキャンプ合宿で一緒に過ごした女の子がいたのは覚えてる。

 その女の子が転校して来て、隣の席に座ってて、お前の記憶がない俺と一緒に過ごすのは嫌じゃないのか!?」


 気付けば叫んでいた。叫ばずにはいられなかった。

 何故なのかは分からない。

 ただただ、心の中がモヤモヤして、気持ち悪かった。


「二人のスマホに入っているそれぞれの写メ。あたしといっくんが一緒に写ってるのがないのに気付いた?」


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