ノーガード戦法
俺、母さん、妹、そして
唐揚げとカツ丼はめちゃくちゃ美味かった。どちらも母さんに教えられながら羽那子が作ったものなので、いつもの味、お袋の味と言える。
この組み合わせはどうかと思うけどね。食ってから文句を言うのはダメだな、ご馳走様でした。
洗い物は俺の仕事。風呂の準備は
それぞれの仕事が終わった頃に父さんが帰宅。気分によって夕飯を食べるか先に風呂に入るか決める。
今日は特別腹が減っているとの事だったので、母さんが父さんの夕飯をダイニングテーブルに配膳。今日の一番風呂は母さんとなる。
「このサラダは私が切ったんだよ!」
山盛りよそった生野菜を父さんに渡す伊千香。嬉しそうに受け取る父さん。よく見る光景。
伊千香、調理にも挑戦しような。
父さんが食べ終わり、ようやく全ての食器や調理道具を洗い終えた。
母さんの次に伊千香、そして今から父さんの入浴タイム。俺は自室へ戻ってゆっくりしよう。
階段を上って部屋の扉を開けると、俺のベッドには羽那子が横になっていた。
「あ、戻って来たよー。ほらいっくん、こんばんはーって」
俺のベッドにうつ伏せになり、足をパタパタしている羽那子。スマホを見せてくるのはいいが、その前に濡れた髪の毛を乾かしてはいかがでしょうか。
風呂上がりのシャンプーのスメルがマイノーズにインサートしてハートビートをクイックニング。
「って何でいるんだよ!?」
セーラー服ならまだ見慣れている。見た事のない女の子が部屋にいたとしても見慣れた学校の制服姿ならまだ大丈夫だった。
しかし今はどうだろう、ペラペラのTシャツとピッタリしたスパッツという格好。Tシャツは少しサイズが大きいのか襟ぐりが広くどうしても目線がそこに吸い込まれる。
止めてくれ、これ以上俺を試すのは止めてくれ……!
「そりゃあいるでしょ。それよりハイ」
返事になっていない!
もっと言いたい事はあるがスマホを投げて寄こしたから慌ててキャッチする。
ん? 何か聞こえる。
『ちょっとうちも風呂上がりやねんけど!』
ん? 羽那子のスマホを見る。白い壁が写っている。
「壁と話してたのか?」
「んな訳ないじゃん。みっきー出ておいでー」
みっきー?
『ううう、ノーメイクやのに……』
画面に白いバスタオルに包まれた目が入り込んで来た。バスタオルを頭から被り鼻と口も隠しているのか。
何か見覚えのあるおめめ。
「
『こ、こんばんは……』
バスタオルが取れないよう右手で押さえながら、左手をひらひらする東条さん。スマホはどこかに設置しているようだ。
「今日体操服に着替える時に連絡先交換したんだー。いっくんのも後で教えるねー!」
スマホを持つ俺の背中にくっついて来る羽那子。
ん……?
ちょっ……!!? これは着けるべきものを着けていないのではないだろうか?
たゆんたゆんなっているのではないだろうか!?
『えっ!? あ、うん……。うん?』
東条さんが首を傾げている。
『はなちゃん……、それでええの?』
そうだよな、東条さんもそう思うよな!
幼馴染とはいえノーガード戦法で背中に攻撃を仕掛けるなんてどうかしてるぜ!!
「言ったじゃん、いっくんを賭けて勝負しようって」
言ってる事はすごく青春してると思うよ?
幼馴染というアドバンテージがない状態、同じスタートラインに立って正々堂々好きな人にアプローチするという物語のような展開。
でもね、でもだよ?
当たってるんですけど!? これめちゃくちゃ卑怯じゃね?
もうすでに背中の大きくて温かくて柔らかい感触にノックアウト寸前なんですけど!?
『……分かった。
イチロー、今日は突然の再会でビックリしたけど、うちはもう一回イチローに会えたらええなって、ずっと思っててん』
東条さんの目つきが真剣なものになる。と同時に、背中の感触が遠のいて行った。
危ない危ない、手遅れになるところだったぜ……。
今は画面の向こうに集中。女の子とテレビ電話しながら別の女の子に気を取られるとか男として失格だからな、うん。
「ごめんな、すぐに思い出せなくて」
『ううん、ええねん。イチローとキャンプ合宿した時と、だいぶイメージ変わってると思うから』
正直に言うと、未だにキャンプで一緒になった時の東条さんの顔を思い出せないでいる。
ただ、東条さんが話すキャンプの時のエピソードを聞くと当時の思い出が蘇ってくるので、俺と東条さんが出会っていたのは間違いないと思う。
『ホンマはな、あのキャンプうち行きたくなかってん。無理矢理親にバスに乗せられてん。
でも、あれがきっかけで、うち変わろうって、思えてん。
それはな……』
ブーーーン!!!
何!? うるさっ!!
後ろを振り返るとベッドに腰掛けた羽那子が髪の毛をドライヤーで乾かしている。
「自分の部屋でしろよ!」
「え!?」
ドライヤー消せよ!
あと、胸を、張らないで下さい……。
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