怪談

三好祐貴

怪談

夏の夜、ふと目が覚めた際、開けっ放しにしていた窓の外から聞こえてきた会話。マンションから通りを挟んだ向かいの広場からのものと思われる。




「お前、怪談とか興味ある?」


「怖い話? 興味なくはないけど、よくある『タクシーの運転手が夜道で乗せた、髪の長い女性客が、いつの間にか消えていた!』とか、そういうのは、あんまり信じられないかな。でも、幽霊に会いたいとは思ってるよ。特に、美人ならね。」


「そっかぁ。俺も幽霊の存在については否定的な立場なんだよなぁ。実は俺の姉ちゃん、半年前に自分の部屋で首釣って—」


「おぉっ、怪談の始まり~始まり~。」


「いやいや、そうだったらいいんだが。これはマジな話なんだ。俺の姉ちゃん、本当に自分の部屋で首釣って死んだんだよ。それから、姉ちゃんの部屋、何度も入ってみてるけど、一回も見たことないし。だから俺は幽霊の存在は信じない。」


「なるほどね。でも、君が部屋で、君のお姉さんを見てないからといって、お姉さんの幽霊が存在しないということにはならないよね。」


「ん? なんでだよ?」


「たまたま留守だっただけかもしれないじゃん。」


「いや、俺、割と、ちょくちょく姉ちゃんの部屋覗いてみてるけど、一回も見たことないし。そんなに毎回毎回、たまたまが続くわけがない。したがって、留守と考えるのは、非合理的。」


「でも、ずっと見てるわけじゃないんでしょ。君だってそこまで暇ってわけじゃないだろうし。それにさぁ、幽霊のほとんどは夜間限定営業じゃん。それを念頭に置いて考えると、そもそも出くわす機会なんて、そう多くはないわけだから、単純に、たまたまタイミングが合ってなかったとしても、そんなに不思議なことではないんじゃないの? 後、お姉さんの方に、姿を見られたくない事情があって、実際は、部屋に居るんだけれども、透明になったりして、姿を隠してるって事もあるかもよ。」


「ないな、そんな事は。大体どんな事情だよ、その幽霊の事情とやらは?」


「例えば、お肌の調子が悪いとかさぁ。幽霊って、顔色悪い人、多いじゃん。それに、やっぱり、家族に迷惑かけたって思いがあって、顔合わせづらいってこともあるんじゃない?」


「お肌の調子って...。まず、姉ちゃんは家ではずっとスッピンだったし、それに、家族に対して気遣い無用ってのが、我が家の家訓だから、そういう可能性は、皆無。」


「だったら、やっぱり偶然かな。営業時間中、頻繁にどっかに外出してるのかもしれないよ、何かしら用事があってさぁ。」


「そんなわけないだろ。幽霊がどこ行くって言うんだよ? 死んでる人間に、いったいどんな用事があるってんだ?」


「まあそれは、幽霊にもそれぞれ趣味嗜好ってものがあるだろうから、一概には言えないけど、例えば...、イケメンアイドルグループのコンサートに行ってるとか? 幽霊だったらチケットなしで会場入ってもバレないだろうし。」


「バカか、お前は? 幽霊がそんなポジティブなわけないだろ。いいか、幽霊は、みんなこの世に未練があるから、この世に留まって復讐しようとしているんだよ。だから、幽霊はみんな悪霊なんだよ。お前、その辺、分かって言ってんの?」


「でも、その、この世に対する未練っていうのが、『あぁ、アイドルのコンサートいっぱい観て、楽しみたかったかったなぁ』とかなのかもしれないじゃん。」


「そんな程度の未練で、霊がこの世に留まるわけないだろ。霊がこの世に留まるには、誰かに対する、それ相当の怨みがないといけないんだよ。怨みを晴らすことに対する執念が、人間の魂を死後も、この世に留まらせてるわけなんだから。未練っていうのは、そういう類のものを言うの。それをお前、アイドルだなんだって、馬鹿々々しい。」


「そうなのかなぁ。まあ、仮にそうだとしても、アイドルのコンサートに行くことにより、怨みを晴らそうとしている、っていう可能性も無きにしもあらずじゃない?」


「お前、めちゃくちゃアイドル好きだなぁ。いいか、確かに俺の姉ちゃんは、イケメン好きの、アイドル好きだった。お金を貯めては、コンサートにも行っていた。しかし、そんなもん復讐とは全く関係ないだろうが。」


「それは復讐に対する偏見ってもんじゃないの? 別に、その相手を呪い殺すとか、危害を加えるってことだけが復讐ってわけじゃないんじゃない?」


「はぁ? じゃあ、他にどんな復讐があるってんだよ?」


「復讐っていうのはさぁ、相手を不幸にするっていうことで、いいんだよね?」


「そら、当たり前だろ。相手を幸せにする復讐なんて、概念的にあり得んわなぁ。」


「だったら、やっぱり、好きなアイドルのコンサートを観に行ったりして、楽しむってことも復讐になるんじゃない? 自分がその相手よりも幸せになるってことも、立派な復讐だよ。」


「なんだその甘っちょろい考えは? そんなの全然相手を不幸にしてないじゃないか。」


「してるよ。だって、幸せとか不幸せって、相対的なものでしょ。『今、幸せだけど、これからも、益々、幸せになりたい』とか、『ああ、あの頃は不幸だったけど、今はそれに輪をかけて不幸だわ』とか、そういう風に言っても、おかしくないんだから。ということは、相手に何かしなくても、こっちが幸せになったら、相手は相対的に不幸になるわけだから、それは、相手を不幸にするってことじゃん。だから、幸せになるってことは、復讐にもなるんだよ。それにさぁ、嫌いな相手に直接的に何かしらするなら、こっちの時間とか労力を使う羽目になって、面倒くさいでしょ。それに比べて、単純に、こっちが幸せになるだけだったら、こっちは無傷むきずで相手を不幸にすることができるじゃん。だとすると、こっちが幸せになるということこそが、究極の復讐方法ってことになるんじゃない?」


「呆れるねぇ。どんな屁理屈だよ、それ。あっ、でも、分かった。じゃあ、さっきの、『復讐は相手を不幸にすること』っていうの、あれは間違い。お前が、あまりにももっともらしい顔して言ってたから、こっちも、ついうっかり同意しちゃったけど、訂正する。復讐っていうのは、相手に苦痛を与えることだ。だから、仮に、こっちが幸せになることで、相手が不幸になったとしても、相手に痛いとか、苦しいとかっていう感覚を味わわせてないなら、それは復讐の定義に当てまっていません。ですので、復讐にはなり得ません。つまり、アイドルのコンサートに行くなんてことは、全く復讐になんてなってないということです。何故なら、その行為は相手に苦痛を与えていないから。分かった?」


「それは、ちょっと違うんじゃない? 例えば、学校の元クラスメイトに復讐しようと思ってる幽霊がいて、その幽霊が、その復讐相手の通学路を、行きも帰りも、幽霊パワーで、めちゃくちゃ坂道にしたとします。それで、その相手は通学途中、ずっと、『坂道キツイなぁ』っていう苦痛を感じていたとしましょう。でも、同時に、その人には校内マラソン大会で優勝するっていう目標があって、『坂道辛いけど、体力付けるのに丁度いいや!』って思ってたとしたら、どうなの? 幽霊は相手に苦痛を与えてるけど、復讐に成功したってことにはならないんじゃない? で、なんで、成功したことにならないかというと、復讐の相手を不幸にしてないから、でしょ。ということは、やっぱり、誰かに復讐するっていうのは、その人を不幸にするってことなんじゃないの?」


「あぁ...。開いた口が塞がらないとは、正にこのことだよ。そんなくだらない復讐の仕方する幽霊なんているわけがない。けど、まあ、それは一旦置いといて、お前さぁ、俺の発言の表面だけすくって、揚げ足取って、それで論破したつもりになってんのかもしんないけど、そんなの俺の真意に対する反論には微塵みじんもなってないんだよ。まあ、俺も多少は非を認めるよ。お前の理解力を考慮せずに、さっきはちょっと言葉足らずだった、って面もあるわけだから。でも、俺がさっき言ってたことの真意は、復讐っていうのは、『相手に苦痛を与えることにて、相手を不幸にすること』だったんだわ。だから、お前の今の話は、俺の真意に対する反例には全くもってなっていない。」


「う~ん、でもさぁ、麻酔だとか睡眠薬を大量に摂取させて、相手を殺害するっていう復讐方法もあるじゃん。そういう場合、被害者は痛みを感じないわけだから、苦痛は関係ないんじゃないの?」


「ああ言えばこう言うなぁ、お前は。さすがに、こっちも疲れてきたわ。ほんと、変な例ばっかり持ち出してきてさぁ、極端なんだよ、お前の思考は。うん、ちょっと極端過ぎる。だから、ハッキリ言って、なんの説得力もない。稚拙ちせつ詭弁きべんでしかないよ。でも、お前の一番の問題点は、そもそも幽霊がなんたるかを全く分かってないってことだ。いいか、さっきも言ったが、幽霊は、基本、悪霊なんだよ。で、悪霊は、お前が言ってるみたいにアイドルのコンサート行って、『キャーッ素敵!』とかなんないんだよ。だって、悪霊なんだから。」


「でも、その悪霊かどうかってのも、人の立場によって変わるんじゃないの? 霊の祟りで災いを受けている側からすれば、祟りを起こしてる霊は悪霊だけど、その祟られてる人間の敵対勢力からすると、その霊は自分達の敵を懲らしめてくれている、いわゆる、守り神的な存在になるんじゃん。だとすると、悪霊とされてる霊も、立場によっては全然悪霊じゃないわけでしょ。で、君のお姉さんだけど、はたから見てる分には、アイドルのコンサートとか行って、『ああ、すごく楽しそうですね。全然、悪霊じゃないですよね』ってなるかもしれないけど、コンサートをタダ見されてる、アイドルの運営の側からしてみなよ。それはもう、とんでもない悪霊だよ。」


「おっ、お前、なかなか面白いなぁ。もう、そこまで振り切ってくれると、逆に、面白いわ。うん、認めてやるよ。あっぱれだわ。褒めてつかわす。しかし、アレだよなぁ。そんだけトーク力あって、そんなナリしてんだから、お前、結構モテんだろ。」


「う~ん。まぁ、モテてたよ。生きてた時はね。」

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