探偵の秘密

海猫ほたる

探偵の秘密

探偵の眼鏡


「君が新しい助手だね。まあ入りたまえ」


 私を部屋に招き入れたその眼鏡の男性は、若いのに今やこのスモークタウンの誰もが知る有名人だ。


 葉巻を吸いながらアームチェアに座っているだけで、立ち所にあらゆる事件を解決する名探偵。


 私が先生と出会ったのは、その日が初めてだった。


 室内は質素で、窓枠に一輪の花が置かれているくらいで、絵画や凝った装飾の家具などは置いていない。


「前の助手が田舎に帰ってしまってね、困っていた所なんだよ。仕事は僕の補佐をしてくれ」


 私はたまたまコーヒーハウスの壁に貼られた貼り紙を見つけて、興味本位で応募してみただけである。


 私は先生のような名推理が出来るわけでもなければ、捜査もした事が無いただの素人だ。


 そんな私をあっさり雇ってくれるとは、この名探偵はなかなか心の広い人かも知れない。


 先生の助手というのは、滅多にこの自宅のアームチェアから動かない先生に代わって現場に出向き、証言を得たりスモークタウンの警察と連携したりといった、まさに先生の手足となる大事な仕事だった。


 私は先生の助手となり、地道に経験を積んで行った。


 一年ほど経って分かった事がある。


 先生は、まるで犯行現場が見えているかのようにピタリと犯人を当ててしまう。


 どんなに証拠の少ない迷宮入りの事件であっても、先生にかかれば立ち所に犯人が分かってしまう。


 先生の推理を伝えると、さっきまで強気で否定していた人達がみな、私がやりましたと白状するのだ。


 先生の推理は的中率が100%だった。


 お陰で先生には依頼がひっきりなしに舞い込んで来た。


 ほとんど自宅から出ないでアームチェアに座っているだけなのに、なぜそんなに犯人を当てられるのかを先生に尋ねると、先生はただ視えるのだとだけ教えてくれた。


 私は先生の秘密が知りたくなった。


 先生はなぜ犯人が視えるのか……


 そう言えば先生はいつも推理の時には眼鏡を掛けている。


 もしかしたら、あの眼鏡に何か秘密があるのだろうか。


 私は一度気になってしまうと、そのままずっと気になり続けていた。


 ある時、先生がスモークタウン警察から表彰させることになった。


 その日は先生が表彰の為に警察署に行ってしまった。


 残された和は、一人先生の家に居残りをしていた。


 届いていた郵便物を先生の机に置いておこうと、私は先生の部屋に入った。


 そして私は見つけてしまった。


 先生がいつも着けている眼鏡が、机の上に起きっぱなしになっていた。


「先生の大事な眼鏡が机に置き忘れている。大事な表彰式の時にこれが無いと困るだろう。届けなくては」

 

 私は先生の眼鏡を警察署にいる先生の所に届けようと思い、机に手を伸ばして、眼鏡を手に取った。


 メガネを手にした途端、私にはある考えが浮かんだ。


 先生は推理をする時に、視えると言っていた。


 まさか、この眼鏡が……


 先生の秘密を知るチャンスは、今しかないと思った。


 無意識のうちに、眼鏡に手が伸びていた。


 気がつくと、私は先生の眼鏡を掛けていた。


 するとどうだろう。


 辺りの景色が一変したのだ。


 いつの間にか、部屋には先生がいた。


「先生!」


 私は驚いて叫んでしまった。


 だが、先生は私の存在に気がついていないようだった。


 何かおかしいな、先生はまるで私の事が見えていないようだ。


 私は思わず、先生に眼鏡を返そうと思って、掛けた眼鏡を外した。



 すると、目の前から先生の姿が消えてしまったのだ。


 私は驚いてもう一度眼鏡を掛けた。


 すると目の前に先生が現れたのだ。


 先生は、眼鏡を掛けている時だけ、現れた。

——どう言う事なんだ、これは。


 部屋には、もう1人、知らない男がいた。


 男は、こちらに背を向けているようだ。


 先生はおもむろに、部屋の隅に置いてあった花瓶を手に取った。


 そして、花瓶で男の後頭部を名倉つけつた。


 男は血を流して倒れた。


「何をしているんですか先生!」


 私は叫んだ。


 だが、先生は私の事を全く気にする様子がない。


 先生には私が本当に見えていないのか。


 たまたま先生の机に置いてあった新聞の日付が目に入った。


 新聞に書かれていた日付けは、一年ほど前の日付けだった。


 どうやら、先生に花瓶で殴られた男は、私の前の助手だったらしい。


 田舎に帰ったと言うのは嘘だったのだ。


 本当は先生が手に掛けていたのだ。


 なんと言う事だろう。


 窓枠には、先生が花瓶を手に取る時に抜いたと思われる花が添えられていた。


「やれやれです……」


 後ろから声が聞こえて、私は思わず眼鏡を取った。


「やはり君は、気付いてしまいましたか」


 慌てて振り向くと、そこには先生が立っていた。


 今度は眼鏡を外していても視える。


 本物だった。


「先生!なぜここに!」


 私は、先生にそう聞いた。


「視えてしまったのですよ」


 先生は、そう答えた。


「視えた?」


「もう分かっているでしょう。僕の推理は、その眼鏡を掛けて行うのです」


 先生は、掛けていると過去が視える眼鏡を着けて、過去視によって犯人を当てていたのだ。

 だから今まで、真犯人をいとも容易く見つけることが出来ていたのだ。


「そして、今日も見てしまいました。貴方が私の眼鏡を掛けて、僕が推理の時に過去視をして犯人を見つけている事に」



 まさか、先生は……


「そこに倒れている前任者もそうでした。余計な事に気が付かなければもっと長く生きれたんですけどね」


 先生はあの眼鏡で、私が先生の秘密に気付く事を前もって知っていたのだ。


「だから僕は、警察署に行くふりをして、こっそりここに戻ってきたと言う訳です」


 私は先生の秘密に気付いてしまった。


 先生の眼鏡の秘密に気付かなければ、このまま助手を続ける事が出来たのだろうか。


 あの眼鏡を掛けてしまったが為に……


「また、助手を探さなければならなくなりました。面倒ですが、仕方ありませんね」


 そう語る先生の手には、花瓶が握られていた。

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