楠の公園

NADA

「秘密」

社会人になってようやく1年が過ぎた新米OLの私

失敗することも上手くいかないことも多々ある毎日

そんな時、どうしますか?

お酒を飲んでふて寝する?

友だちと愚痴って騒いで忘れる?

私にはとっておきの方法があります


私だけの秘密の場所



住宅街の奥まった細い道を入ると、人気の無い公園に出る


一昔前は子供たちで賑わっていたであろう公園の、年季の入った遊具はあちこち塗料が剥げて錆びている

パンダらしき遊具はクマのように見える

時折、犬の散歩で通りかかる人くらいでほぼ誰も居ない


十段もない階段を下りるとベンチがあり、砂場の向こう側に太い幹の楠が一本立っている


「緑が丘第二公園」

私の家の近所にある

といっても、少し廻り道をして寄らないと通らない


小学生の頃はこの公園では遊ばなかった

小学校の近くにある大きな公園の方に友達も皆行っていた


小学校二年生の時、父が夕方早い時間に仕事から帰ってきた日があった

普段は夜にならないと父は家に居なかった

いつも温厚な父がその日はひどく機嫌の悪い様子だったので、子どもながらに気を使って、笑わせようと少しふざけてみせた


親に向かってその態度は何だ!


突然平手打ちが飛んできた

父に手をあげられたのは、後にも先にもその時だけだった

後で聞いた話だと、信頼していた知人にけっこうな額のお金を持ち逃げされたとか


子どもにそんな事情がわかるわけもなく、当時の私は泣いて家を飛び出した

夕暮れ時の街は夕陽に照らされて茜色で、涙で滲んでキラキラと光っていた


誰にも会いたくなくて、小学校の方の大きな公園とは反対方向へと歩いた

近所だけど、通ったことのない道は見知らぬ場所のようで寂しくなった

少し歩き続けて楠のある公園に辿り着いた


ベンチに座ってみたが、ひんやりと冷たい感触がしてすぐに立ち上がった

トボトボと砂場を横切り、楠にもたれかかった時だった


背中がふわりと温かくなり、何かに包まれているような感じがした

すごく不思議な感覚

慰めてくれるような、励ましてくれるような


思わず振り返って、楠を見上げた

緑色の葉っぱが風に揺れている

どこも変わったところのない普通の木だ

もう一度もたれかかってみる

温かい


初秋の夕暮れ時で、辺りは冷え込んできていた

太陽光で温かいのではない

木に温もり?気のせい?


よくわからなかったけど、しばらく楠に触れているとなぜだか元気になってきて、ケロッとした顔で家に帰った


それからも、中学校で嫌なことがあった日や、高校で好きな子に彼女ができた時など、落ち込んだり凹んだりすると、楠の公園へ行った


楠に触れると元気がもらえた

そんな気がするだけかもしれない

うまく説明できないし、笑われそうだから誰にも話さなかった


社会人になって働くようになった今も、時々来る

そして今日も、日曜のお昼近くの時間に散歩がてら楠に会いたくてやって来た


珍しく中年女性の二人連れが公園にいた

健康のために歩いているようだ

公園の外周を繰り返し回っている


さすがに人の目があると、いい大人が楠に触っていると怪しまれるのでベンチに腰掛けた

本当は泣きたい気持ちだった

大学生の時から三年付き合った恋人に、結婚はできないと昨日別れを告げられた


実家暮らしで、休みの日の朝から泣きわめくこともできず、腫れた目を隠すように家を出てきた


ここなら泣けるかと思ったのに……


楠を見上げる目から涙がこぼれ落ちる

遠目で泣いている顔は見えないだろうけど、あまり長居していても変に思われる

仕方なく気づかれないように涙を拭って立ち上がった


帰ろうとして楠を振り返ると、風もないのに木が揺れた


ザワザワ…パラ、パラ、パラ……


鳥もいないのに葉っぱが降ってくる


パラ…パラ…


優しく揺れながらヒラヒラと葉が落ちる

何枚も、何枚も落ちてくる


歩いている女性たちはおしゃべりに夢中で全然気にも留めていない


ありがとう……ありがとう…

楠の気持ちが伝わってきて涙が溢れた


大丈夫だよ…

元気を出して…

そう言ってくれてるように感じた


子どもの頃から見守ってくれてありがとう

甘えてばかりだね

泣き笑い顔で微笑むと、心がじんわりと温かくなった


本当にありがとう

また来てもいい?


心の中で呟くと、葉っぱが1枚ひらりと舞い落ちた

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楠の公園 NADA @monokaki

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