忍び寄る魔の手

 「ちょっと、大丈夫ですか? ずっと上の空でしたよ」


 「……え」


 同僚に声をかけられるまで、自分が上の空だったことに気が付かなかった。それくらい、精神的にも肉体的にも疲弊していた。当たり前だ、もう三日もまともに寝ていないのだから。


 「大丈夫ですよ、ちょっと寝不足なだけです」


 それが空元気であることは、暗くなったパソコンの画面に映る自分の顔を見ても明らかだった。


 「病院行ったほうがいいですよ、ほら」


 同僚に手渡されたのは、「天才丸メンタルクリニック」と書かれたチラシだった。私も聞いたことがある。この辺りでも有名な精神科病院だ。


 ……ここに行けば、あの恐怖から解放される、かもしれない。

 心身ともに疲れ切っていた私は、藁にもすがる思いで天才丸メンタルクリニックに足を運んだ。


 

 診察を終え、病院を後にする。優しそうな先生が親身になって話を聴いてくださったことで少しは楽になったが、処方されたのは大量の睡眠薬。これを飲んだら、またあの悪夢の中に逆戻りだ。でも、寝ないと私の命が危ない。あの夢を見ても死ぬわけじゃないし、と自分に言い聞かせながら、睡眠薬を飲み眠りについた。

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