テロ組織は資金源を断てば活動停止
時はさかのぼり、前日の今川王城学園の職員室。入り口前に大きな油絵が飾られ、その下に作成者の氏名が彫られたプレートが置かれていた。
「あれ? この名前……」
「宗徳、早く入るさあ」
革張りのソファーに、頭髪のだいぶ薄くなったやせ形の男性が座っていた。
白のストライプが入ったスーツを着こなし、慣れた手つきで湯呑を手に取っている。
三井家現当主、三井兼忠。三井兼美の父親であった。
「呼び立てして、すまないね」
八重樫も同席し、明日香と兼美との事の次第を話す。
「そんなことを…… 君たち、娘に少しお灸をすえてやってくれんか」
問題を丸投げするような提案に対し、宗徳たちはさすがに難色を示した。
「お言葉ですが…… 家族の問題ですし、そちらで解決したほうが後々禍根を残さないかと」
「私も、同感さぁ」
「そう言ってくれるな。あの子は、あれでも努力家なのだ。成績は今川王城学園に入学してから上位十位以内をキープしておるし、芸術面でもそこそこの賞をとっている」
そういえば職員室前に飾られていた絵の作者が、三井兼美だったかと宗徳は思い出す。
「幼いころはあのように人を露骨に見下すようなこともなかったのだが…… いつの間にかああなってしまった。なまじ私が期待をかけすぎたせいだろうな」
三井兼忠はそう言って、冷めた茶を一気に飲み干した。
「どういうことです?」
「期待に応えようと、幼いころから頑張ってはきたのだ。だが今となっても総じて飛びぬけたものがなく、それが彼女の劣等感となっている。せめて結果を残せれば、自信となるのだろうが。今はその劣等感が立場が下の者に対する八つ当たりとなってしまっている」
三井兼美は事件の後、引きこもるように絵に向かった。
寝食を忘れるほどの集中のお陰か、後日彼女の絵は今までよりはるかに権威ある賞を取ることになる。
三井兼忠の言葉通り、兼美の悪行はその後だいぶ収まった。
公安五課には学業をこなしつつ日々の業務に当たる者も多い。今日は学校の授業が終わる時間に合わせ、会議を行っていた。
リーダーとして室長の八重樫、実働部隊として宗徳、千佳、示現、他数名。情報担当としてちづる、他数名。
「次に、近衛家の誘拐事件に関与していた裏切者の件だが」
資料すら手にしていないちづるが起立し、淡々と結論を述べる。
「そちらは~、三井兼美さんの件のついでに、もう片付きました~」
ちづるの報告に皆驚いた顔もない。
「学内のセキュリティから明日香さんの周囲にアクセスして~、怪しげな相手のスマホとパソコンに総当たりでハッキングを仕掛けました~」
「相手が基本のC言語だったのですごい楽でした~。借りられた近衛家のパソコンはもともとのセキュリティはしっかりしてるので、ハッキングのときに防御のためさらに固める必要もほとんどなかったですし~」
「パスワードもソフトを使ってさらに総当たり攻撃仕掛けて、開けました~」
「こちらのUSBに相手のデータを入れておきました~。あとは煮るなり焼くなり、ご自由に~」
そう言って白衣のポケットから黒色のUSBを差し出した。一見既製品と違いはないが、物理的にもパスワードも相当に堅牢なものだ。
「とりあえずは近衛明日香の安全は確保されたということか」
八重樫は配布された資料に目を通しながら頷く。
「は~い~。それに加えて学内の監視システムの強化も、バッチリです~。設備班の方々には、ほんと頭が上がらないです~」
「そうか。では引き続き但馬宗徳、柳剛千佳、警戒を頼む」
「もちろんさぁ」
千佳は了承の返事を返すが、宗徳はうなずいただけだった。
議題は次に移っていく。
「敵の可夢偉使いが最近増加している件だが…… あくまでデータ上のことだ。現場に出ている人間の意見が聞きたい」
示現巌と竹内薫が立ち上がり、滔々と語る。
「実働部隊も実感として間違いないでごわす。特に最近は三回連続で可夢偉使いと当たったでごわす」
「確かに雑魚がわいてきてめっちゃウザイ。おかげで肌が荒れ気味だしぃ」
「僕の班も、同じかな」
だが宗徳が発言したとたん冷たい視線が向けられた。
軽蔑というのも生易しい明らかな敵意の視線。
宗徳は最低限の報告のみ行い着席した。隣に座る千佳が歯を食いしばっていたが何も言い返すことはない。
その後は宗徳をいない人間のように扱いながら、会議は次の話題へと映る。
合法的な活動と非合法な活動を織り交ぜ、公安五課を悩ませている組織。デモ、中傷、テロまで行っている。かつて明日香を誘拐した組織、『エデン』。
「エデンだが、なかなか実態がつかみにくい。逮捕しても逮捕しても、雨後のタケノコのごとくに沸いてくる」
「かつてのテロ組織は資金源を徹底して断つことで活動をほぼ停止に追い込めた例もあったのだが」
「最近のテロ組織は~、誘拐とか犯罪だけやらないですからね~。ごく普通の会社も運営して、そこの内部留保を横流しして活動資金に当てたりもしますし~」
「おまけにデモ活動で名を売って、資金源にしたりしますから~。投げ銭、ってやつですね~。ユーチューバーも珍しくないですし~」
「ああ。こういった活動は合法なだけあって、取り締まるのが極めて困難だ。非合法組織と合法組織を巧みに傘下におき、我々の目をくらませている。だが放置するわけにもいかん。各員の奮闘を期待する」
「はい!」
「もちろんさぁ」
「わかり~ました~」
「無論でごわす」
「りょ」
八重樫の締めの言葉で、本日の会議は終了となる。
他の実働部隊や情報担当が退席してから八重樫が声をかけてきた。
「すまないな。かばってやれなくて」
「いいんです。僕がしてきたことを考えれば、当然でしょう」
「でも納得がいかないさあ。文句があるなら剣で語れ、そう言ってやりたくなるさぁ」
「私は~、むねちーと一緒に仕事ができるだけで、満足です~」
甘ったるいメイクの香りをばらまきながら、その会話を聞いていた薫が呟く。
「……ハブるとか、マジうっざ」
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