第13話
わかりきっていた厄介ごとは、班決めから数日後の放課後に起きた。起きたというか、今から起ころうとしている。
ファミレスの四人席を挟んで、塩澤さんともう一人クラスメイトの岡部さんが座っている。そして、その向かいには注文のタブレットとにらめっこをする涼音と僕。
塩澤さんと岡部さんが終始楽しそうな笑顔なのが、余計に僕の不安を加速させる。
「よしっ、注文オーケー! それじゃ、修学旅行の親睦会件内容決めといきますか!」
「親睦会って……部外者は僕だけじゃない?」
「だから、翔琉くんのための親睦会なんじゃない」
塩澤さんと岡部さんは表情変えないまま頷く。失礼だとわかっていながら、重い息をつく。
こんな状況になってしまったのには、いくつか理由がある。まずは、僕が塩澤さん、岡部さん、そして涼音の女子グループの中に入れられてしまったこと。これに関しては佐渡のほぼ強制的な要望と言ってもいい。
当初はあまりものを集めた日陰者グループにひっそり入れてもらおうと思い、用紙を提出しに行ったのだが、佐渡のずるい言い方に、僕は涼音たちのグループに入るしかなかった。
(雨笠のこと知ってるやつ、鳥野しかいないんだろ? じゃあ、一緒にいてやれ。その方が俺も余計な手間が省けて助かる)
佐渡の言葉を思い返しただけでも、ため息が止まらなくなる。
そして、そのことを塩澤さんに仕方なく告げに行ったことが、もう一つの厄介な出来事だ。塩澤さんは岡部さんと顔を見合わせ、何やら小声で相談しだしたから、せっかくの修学旅行にこんなよくわからない異物が入りこむことに申し訳なさを感じていた。しかし、ひそひそと話していた二人はなぜか、ニマニマと楽し気な笑みを浮かべてグループ入りを承諾してくれた。
涼音には事後報告になったが、彼女も特に気にしていないようだ。
「それじゃ、まずは班長決めだけど、これは翔琉くんね」
涼音が返事を待たずに用紙にペンを走らせる。
「なんで、僕が班長なのさ……」
「えっ? そりゃ、委員長だからでしょ」
涼音の返事に塩澤さんと岡部さんが頷く。
「それに翔琉くんが班長なら、ちょっとくらい集合時間とか過ぎても、先生許してくれそうだし」
テーブルを挟んだ向かいで、先ほどよりも深い頷きが起きる。
三方からの言い表せない圧を感じ、承諾する以外の選択が残されていないことを悟った。
「腑に落ちないけど、他の人がやるより面倒ごとが少なそうか……」
テーブルに視線を落としたまま喋っていたせいか、塩澤さんが覗き見るようにテーブルに顔を近づける。
「本当にいいの? 涼音も私たちも結構強引だからさ、嫌ならはっきり言ったほうが後腐れないよ? なんなら、私がやってもいいし」
「そうだよー。鳥野くん、いつも委員長の仕事で大変そうだし、修学旅行くらい塩ちゃんに任せなよ」
塩澤に続いて、岡部さんからも配慮の言葉を受けてしまう。
「いや、僕がやるよ。涼音がいると、集合時間に遅れるってことは割と現実的に起こりそうだから。僕なら、先生にある程度言い訳できると思うし」
わき腹を涼音の左ひじがめり込む。
「なんで私限定なのさ。言っとくけど、塩ちゃんと岡ちゃんの方が私よりずっと問題児なんだから!」
「……マジ?」
塩澤さんと岡部さんが否定しないところが、妙に生々しくて今さら若干の後悔に苛まれる。
親睦会なんてのは名ばかりで、結局は女子高生のガールズトークを半強制的に聞かされるばかりの時間だった。元々、人と話すことが得意でない僕にとって、そこまで苦痛に感じるどころか、話を振られないで助かってさえいる。
でも、やっぱり塩澤さんと岡部さんも一般的な女子高生なわけで、会話が途切れたタイミングで二人目を合わせて何やら小さく頷く。
「ねえ、ねえ。涼音と鳥野くんってさ、付き合ってるの?」
教室から既に常々感じていた妙な違和感の正体に、いまさら気が付く。二人は瞳を爛々と輝かせ、僕と涼音を見比べる。
「別に付き合ってないけど」
「そうだよ。私と翔琉くんはベストフレンドなだけ」
向かいの二人が同時に首を傾げる。
「でも、休みに日に二人でお出かけとかよくするんでしょ?」
「まあ、一応毎週のことではあるけど」
涼音との一日は無駄に出来ない。学校がある日は遠出が出来ないから、必然と僕と彼女の景色を探す隊の活動日は土日ということになっている。
冬休み期間は毎日のように駆り出されては、色んな所を巡らされたから、土日だけというのは物足りなさすら感じた。景色を探す旅は同時に、僕の絵の練習も兼ねているのだから。
本当に、時間が足りないと最近は思うようになってきた。終わりを意識すればするほど、一日は早く感じて、彼女の隣にいられない時間がもどかしく感じる。
「それって、毎週デートってことじゃん!」
岡部さんが前のめり気味に興奮を見せる。その様子に、涼音は腕を組んで難しそうに唸る。
「うーん、でもデートってイチャイチャするんでしょ? こう、なんていうか、ちゅーとか」
「別にキスだけじゃないって。ほら、彼女がご飯つくって来てくれるとか、食べさせ合いっこするとか」
僕と涼音は各々用意していた反論を飲み込み、同時に口を紡いだ。
どちらも心当たりがありすぎる。
塩澤さんの瞳がもう一度、楽し気に輝く。
「ほら、やっぱりデートじゃん。高校生の男女が付き合ってもいないのにあーんとかやらないでしょ」
「本当に付き合うとか、彼氏彼女みたいな感じじゃないんだけどなあ」
涼音が僕を盗み見た気がした。
「えー、でもこれは時間の問題だね。ね、岡ちゃん?」
岡部さんがすごい勢いで首を縦に振る。
時間の問題。その言葉が僕には別の意味に聞こえた。
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