夜のピクニック ふもっふ ⑲

「さあ、いよいよ自由歩行です! 頑張っていきましょ~! お~!」


 仮眠を終えた瑞穂は、元気いっぱい。

 六人の先頭に立ってひとりで声援し、ひとりで右手を突き上げ応じている。


「……あと四時間で三〇キロか」


 対照的に道行は、げんなり……げっそりしている。

 同様に仮眠を摂ったというのに、こちらは却って疲労が増してしまったようだ。

 道行はロングスリーパー体質で、本人が言った『一眠り』程度では回復にはほど遠かった。


「大丈夫です! いざとなったらわたしが背負っていってあげますから!」


 例え自分で気づいてなくても、恋する乙女のパワーは無限大。

 冗談ではなく、今の瑞穂なら本当にやりそうである。


「……いや、そこは俺の屍を越えていってもらいてえ」


 ぐったり八兵衛とて男だ。

 さすがにそれでは、情けなさ過ぎるというものだろう。


魔術師メイジ を守るのは僧侶プリーステスの役目だからな」


「ですです」


 苦笑する空高に、瑞穂が嬉しそうにうなずいた。

 思えばあのアトラクションで空高から掛けられた、


『魔術師 は弱くて死にやすい。悪いけど、枝葉さんが守ってやってくれ』


 という言葉が始まりだったのだ。

 空高は瑞穂に、彼女がずっと望んでいたに気づかせ、与えてしまった。

 これで道行はリタイヤできなくなった。


 ちなみに道行のステータスを、例によってアトラクション “Dungeon of Death” 風に記してみると、



灰原道行


職業クラス :直立老グレートデン

レベル:1

HP :8

筋力 :8

知力 :11

信仰心:5

耐久力:10

敏捷性:8

運  :9


《備考》

潜在能力ボーナスポイントは最低の5……。

・……なんか俺だけ低くね?



 ――である。


「今度はぜひ、この六人で行きましょう!」


「いいね、リピーターを狙って前回のデータの引き継ぎができるらしいし、上級職エリートクラス転職クラスチェンジできるかもしれない。なにより――」


「今度は六人パーティです!」


 瑞穂は知っている。

 迷宮探索なら四人よりも、断然六人だということを。


「六人だから……なんなのよ?」


 道行どころか空高とも意気投合している瑞穂に、貴理子の声は険しかった。

 彼女には、瑞穂と空高が盛り上がっている理由がわからない。


「片桐さんなら、最初から “サムライ” になれるかもしれませんね」


「だから意味が――」


 まったく会話が噛み合わない瑞穂に、貴理子が『少しは空気を読んで!』とばかりに訊ね返したとき、


「あ、片桐さん」


 降って湧いた声が、古風で不器用な少女を自制の崩壊から救った。


「……田宮さん」


 声の主は瑞穂たちのクラスメート、田宮佐那子だった。


「久しぶり! 去年の都大会以来ね!」


「ひ、久しぶり」


「元気だった? 調子はどう?」


「わ、悪くはないわ。普通よ」


「なによ、あんたたち知り合いだったの?」


 突然現れ貴理子と親しげに話し始めた佐那子を、リンダが呆れた様子で見た。


「片桐さんとは宿命のライバルなのよ」


 佐那子が恥ずかしげもなく、恥ずかしいセリフを吐く。


「ああ、そういえば、おふたりとも剣道部でしたね」


 パムッ、と両手を合わせる瑞穂。


「確かに宿命のライバルだな。決勝戦でよく目にするふたりだ」


「そうなのか?」


 うなずく空高に、隼人が訊ねた。


「そうよ~。大きな大会だけでも七回決勝で戦ってるわ」


「へえ、どっちが強いの?」


「通算三勝、四敗! …………わたしのね」


 リンダの言葉に、そういって佐那子が肩を落とした。

 佐那子は安西恋や他の女子クラスメートと一緒に、自由歩行を歩いているようだ。


「たまたまよ。どの試合も本当に僅差の勝負だったし」


 話が噛み合う相手の出現に、貴理子の声に冷静さが戻る。


「それよりも、あなたたちこそ友達だったの?」


「わたしは今夜が初めて。道行と空高は以前に……」


「あ! それじゃ、枝葉さんの彼氏の双子って、いつも片桐さんが話してた!」


 頓狂な声を上げて、佐那子が空高を見た。


「い、いえいえ! 道行くんはこちらの方です! それに彼氏ではありません!」


「そうよ、彼氏じゃないわ」


 瑞穂が慌てて道行を紹介すれば、間髪入れずに貴理子が訂正する。

 その様子に佐那子は、三人の複雑で単純な状況を察して、俄然興味が湧いた。

 他人事なら、これほど面白い展開はない。


「初めまして。枝葉さんたちのクラスメート田宮佐那子です。こっちが仲良しの安西恋」


 ゴシップに煌めく瞳をにフレンドリーな笑顔でカモフラージュして、佐那子が挨拶した。


「は、初めまして」


 恋も一見ぶっきらぼうな道行に、おっかなびっくり挨拶する。


「……どうも」


 言葉少なに応じる道行。

 コミュ障気味であり、初対面の女の子ににこやかに応対できるほどは良くない。

 そんな道行をなぜか佐那子は、怪訝な顔で見つめていた。


「な、なに?」


「あなた、どこかで会ったことある?」


「いや、ないと思うけど……」


「だよね。でも、どこかで会った気がする」


「何度か貴理子の応援に行ったことがあるから、その時に見かけたんじゃねえか?」


 だが佐那子の横で、恋も小首を捻っている。

 剣道などとは縁のない恋も、いつかどこかで道行と会った気がしているのだ。

 そして、道行も。


(あれれ? またです)


 首を傾げ合う三人に、瑞穂は奇妙な感慨を抱いた。


(先ほどの “ゆで卵” の件といい――どうも今夜は、皆さんそろって不思議な既視感デジャヴを囚われますね。これも “夜のピクニック” の魔法でしょうか?)


 夜間歩行は参加する者、魔法を掛ける。

 これもその影響だろうか?


(ふふっ、もしかしたらこことは違う世界線異世界で出会っていたのかもしれませんね)


 しかし魔法バフが効果を現すのは、いよいよこれからだった。


「――枝葉さん、ちょっといいかな?」


 瑞穂に星城のジャージを着た、見ず知らずの男子が話しかけてきた。


 夜の帳は生徒たちの、普段隠れている素顔を引き出す。

 より大胆に、より積極的に。


 告白タイムが始まった。



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