夜のピクニック ふもっふ ⑯

「着きました~!」


 休息所として借りている青梅市の中学校に到着した瑞穂は、快哉を叫んだ。

 歩行距離三〇キロメートル。

 所要時間、約六時間。


 ついに団体歩行を歩ききったのだ。


 ナイター設備が煌々とするグラウンドは、深夜だというのに真昼のように明るい。

 父兄やOB・OGによる “炊き出し” も行なわれていて、活況を呈している。

 参加生徒が二〇〇〇人もの行事となれば、ボランティアも相応の数にのぼるのだ。


「まるで運動会ですね~、うんうん、楽しい、楽しい♪」


 三〇キロを完歩したうえに、いつもならとうに寝ている時間だというのに、瑞穂はやたらと元気だ。


「あんた、なんでそんなに元気なのよ」


 リンダは呆れた。

 六時間もの強行軍である。

 普段バスケ部で鍛えられているリンダでさえ、ハードに感じたというのに。


「わたしは敏捷性は低い運動神経は鈍いですが、耐久力は高い体力はあるのです。健康優良児なのです」


 気恥ずかしげに、瑞穂が微笑んだ。


 アトラクション “Dungeon of Death” 風にキャラクターシートを記してみると、



枝葉瑞穂


職業クラス :恋する、まろやか?高校一年生

レベル:1

HP :10

筋力 :8

知力 :8

信仰心:11

耐久力:17

敏捷性:8

運  :9


《備考》

潜在能力ボーナスポイントは15で、信仰心に最低限、あとは耐久力に全振りです!

・道行くんと自由歩行を歩きたいので、頑張ります!^^



 ――こんな感じになる。


 瑞穂は “周回遅れの女王” ではあるが、“リタイヤの女王” ではないのである。



 ちなみにリンダは、


林田 鈴リンダ


職業クラス :高校一年生

レベル:1

HP :8

筋力 :8

知力 :8

信仰心:5

耐久力:18

敏捷性:14

運  :9


《備考》

潜在能力ボーナスポイント は、瑞穂と同じ15だったかな? 耐久力に全部振って、あとは敏捷性。

・隼人が好き。

・瑞穂とグレートデンをくっつけたいけど、瑞穂が隼人をまったく意識してないのもなんかムカつくのよね。



 隼人は、



志摩隼人


職業クラス :高校一年生

レベル:1

HP :16

筋力 :18

知力 :18

信仰心:15

耐久力:18

敏捷性:18

運  :19


《備考》

潜在能力ボーナスポイント ? 60だった。これって多いのか?

・瑞穂が好きだ……。



 ――である。



「それでどうするんだ?」


 帰宅部のくせに、瑞穂以上に平気な顔をしている隼人が訊ねた。


「もちろん道行くんたちと合流します。晩ご飯を食べるのも仮眠を摂るのも、すべてその後です」


 瑞穂はウキウキした様子でスマホを取り出すと、LINEのグループにメッセージを送った。


「バスに乗ってなければいいけど」


 リンダの口調には、若干のトゲが含まれている。

 途中で脱落した生徒は、追走してくる救護バスに回収されることになっていた。

 スポーツマンの空高や、剣道部らしい片桐貴理子はともかく、あの老いた大型犬のような道行である。

 リタイヤしていても不思議ではなく、むしろその方が納得だ。

 さっきも空高から『道行が死に沿うだ!』との連絡があり、大いに狼狽えた瑞穂がばかりなのである。


「大丈夫です、あれから緊急エマージェンシーは届いてませんから――あ、校舎の側の大きな楠の所にいるそうです! すぐに行きましょう!」


 瑞穂は軽やかに、他のふたりはどこか重たい足取りで、もう一組の幼馴染みたちの元に向かった。


「大きなクスノキのだなんて、まるで運命の樹みたいですね~♪」


 瑞穂はウキウキと朗らかに、向かった。


◆◇◆


(……綺麗な人……)(……可愛い娘……)


 それが、ふたりの少女が初めて互いを間近で見たときの直感だった。

 瑞穂は話に聞くだけで会うのは初めてだったし、貴理子も例の尾行騒ぎの際に遠目から眺めただけである。

 瑞穂も貴理子もお互いの姿が意識に浸透して、つかのま時間を喪失した。


 瑞穂の目から見た貴理子は、美しくも凜々しい少女だった。

 清冽せいれつな意思を宿す瞳は、一片の無駄もない容姿と合わさり、どこか研ぎ澄まされた日本刀を思わせた。

 瑞穂は貴理子に自戒自律の古風な精神と、それ故の美を見た。

 それは瑞穂が持っていない、そしておそらくこれから先も持ち得ない性質だった。


 貴理子の目から見た瑞穂は、少女らしい少女だった。

 意識して振る舞っているわけでも、努力して身につけたわけでもない。

 身のうちから自然に溢れる、柔らかで温かな母性。

 接する誰もが緊張を解かれ、日向で休息を摂っているかのような穏やかな気持ちにさせられる。

 それは貴理子が望んでやまない、誰かを包み込んで癒やす優しさだった。


 ふたりの少女は出会った瞬間に、無意識のコンプレックスを抱いたのだった。


「やあ、ご無沙汰」


 ふたりの少女が、初っぱなから火花を散らしているように見えたのだろう。

 空高が瑞穂とリンダに笑いかけた。


「あ、どうもご無沙汰しています」


 夢から覚めたように瑞穂が微笑み返す。


「ご無沙汰っていうほど、ご無沙汰でもないけどね」


 対照的に、どこか不機嫌な様子のリンダ。

 あのWデートからまだひと月も経っていないが、あれがそもそものケチのつき始めだったのだ。

 空高の話になんて乗らなければ……という思いがリンダには強い。

 逆恨みに近いがすべての発端となった空高に、リンダの心情は芳しくない。


「……よ、よう」


 貴理子の隣り。

 楠の根元にぐったりと座り込んでいた道行が、ようやく顔を上げた。

 思いっきり、くっきりげっそり、これでもかというほど、やつれている。

 それでも、表情はほころんでいた。


「道行くん! 大丈夫ですか!?」


「……大丈夫、ちょっとバテただけだから。飯食って一眠りすれば回復する」


「運動不足なのよ」


 貴理子がすげなく言った。


「片桐貴理子だ。俺の――俺と空高の幼馴染み」


 肯定の苦笑を浮かべて、道行が紹介した。

 心を許した者だけに向けられる苦笑いに、瑞穂は思いがけず動揺した。


「片桐貴理子です。いつも道行がお世話になっています」


 礼儀正しく貴理子が頭を下げた。

 鋭い先制ジャブだった。


「い、いえ、お世話になっているのはわたしの方です。初めまして。枝葉瑞穂です。最近、道行くんとお付き合いさせていただいています」


 瑞穂は慌てて顔の前で手を振ると、見事なカウンターを放った。

 もちろんそういう意味ではないのだが、貴理子は『ピキッ』……となった。

 貴理子の『ピキッ』に気づかないまま、瑞穂はリンダと隼人を紹介した。


「わたしの幼馴染みの林田はやしだ すずさんと、志摩しま隼人はやとくんです」


「初めまして」


「志摩です。今日はよろしく」


 リンダと隼人が、それぞれ短く挨拶した。


「隼人くん、こちらが灰原道行くんと灰原空高くんです」


「よろしく。俺が空高。そっちでへばってるのが兄貴の道行。一卵性の双子だけど、全然似てないから区別は簡単だ」


 快活な笑顔を空高が隼人に向けた。


「よろしく」


 隼人はうなずき、それから道行を見た。


「……よろしく」


 努めて平静に、隼人は挨拶した。

 件の尾行騒動の際に顔を見ていなければ、感情が顔に出てしまったかもしれない。

 隼人の目から見ても道行はパッとしない少年だったし、そのパッとしなさが瑞穂を惹きつける理由だともわかっていた。

 情けなさで女の気を引くなんて、情けない男だと思った。思いたかった。


「……ああ、よろしく」


 道行は隼人の視線に硬さを見て取ったが、初対面の相手への心理的壁だと思った。


 頓狂とんきょうな声が飛んだのは、その時だった。


「お! お! お! 枝葉が男といる! おい、枝葉どっちがおまえの男だ!?」


 通りかかった江戸川えどがわ蓮巳はすみが、瑞穂の側にいる空高と道行を見てはやしたてた。


「よ、よしなよ、江戸川くん」


 一緒にいた瀬田せだ真一郎しんいちろうが、後ろから蓮巳を羽交い締めにした。

 小柄な蓮巳と、大門だいもん勇大ゆうだい早乙女さおとめ月照つきてるたちとビックマンズに数えられる真一郎は、体格だけでなく性格も正反対だが馬が合うらしく、いつも行動をともにしている。


「馬鹿いえ、女に男ができたらからかってやるのが礼儀で、甲斐性だろうが」


「それは江戸川くんだけの俺理論ですよ」


 そんなやり取りをする凸凹コンビに向かって、瑞穂が顔を真っ赤にして両手を突き上げた。


「こらー! まだ男ではありませーん!」


 ピキ! (?)


 貴理子のボルテージがまた上がった。


「あははは……お邪魔しました」


 真一郎は野球のグローブのような手で蓮巳の口を塞ぐと、愛想笑いを浮かべて足早に立ち去った。


「た、たいへん失礼いたしました。江戸川くんは高校生になったというのに、中身の方はまだ小学生なのです。子供なのです。出歯亀なのです。困った人なのです」


 瑞穂が顔をクシャクシャとさせて、道行に謝る。


「い、いや、別に気にしてねえから……むしろ、光栄なぐらい」


「そ、そうですか。それはよかったです。とてもよかったです」


 ピキピキッ!


「と、取りあえず、飯を食おうよ。時間がもったいない」


 これ以上、貴理子の情緒がかき乱されるのを嫌った空高が提案した。

 六人はそのまま楠の下の平らな部分にレジャーシートを敷いて、ここまではるばる持参してきた弁当を広げた。


 体力に余裕があり気が利く空高が、同じく体力に余裕がありそうな貴理子と隼人を誘って炊き出しの豚汁を取りに行く。

 貴理子は道行と瑞穂を残すのが嫌だったが、それも空高の作戦のうちだ。

 隼人にしてみれば巻き込まれ事故みたいなものだった。

 もちろんその間、瑞穂は道行と楽しい時間を過ごした。

 リンダはしらけきっている。


 やがて豚汁を両手に持った三人が戻ってきた。

 貴理子は当然のように道行に、隼人は瑞穂に手渡す。

 ふたりは礼をいって(道行は “圧” を感じつつ)受け取った。

 急いで持ってきたので、豚汁はまだ熱い。

 残った空高は肩をすくめてリンダに差し出し、リンダは無表情で手に取った。

 そうしてから、ようやく遅い夕食が始まった。


「うんうん、美味しい、美味しい♪」


 健啖家の瑞穂は沢山歩いた後でもあり、パクパクと幸せそうに弁当を堪能した。

 それから、


「からあげ、ひとついかがですか?」


 幸せのお裾分けとばかりに、道行に香ばしい色をした揚げ物を差し出す。

 団体歩行で歩けなかった分、瑞穂の怒濤のターンが続く。



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