夜のピクニック ふもっふ ⑨

 いつの時代。

 そしてどこの高校にも、やたらと学校行事イベントに燃えている生徒がいるものである。

 他の一部の生徒からは奇異の目で見られつつも、


 This is アオハラ!

 This is us!


 とばかりにこの年ごろだけが持ち得る、思春期特有のエネルギーを注ぎ込んでいる。


 都立『新宿北高等学校』の副総務委員長。

 私立『星城高等学校』の副生徒自治会長。


 彼女たちも、そんなエネルギッシュな生徒だった。


 ふたりのは小中学校と友人同士で、隣接するふたつの高校に別れて進学した後も、その友情は続いていた。

 ふたりは中学を卒業するときに、誓いを立てた。


『別々の高校に進学しても、いつまでも友だちでいよう!』


 そのためにふたりは、ある計画を立てた。

 ふたつの高校で合同のイベントを催すのだ。

 規模は大きければ大きいほどよく、三年間の高校生活をすべて費やして、ようやく開催にこぎ着けられるくらいがいい。


 ふたりは自分たちの考えに熱中し、放課後や休日にたびたび会っては計画を練った。

 こういった企ては大概、時間の経過とともに熱意が失せてやがては雲散霧消してしまうものだが、彼女たちの恋愛感情にも似た友情がそれを許さなかった。


 ふたりは自分たちの計画のために、それぞれの学校の生徒会活動に参加した。

 その上で企画を立て、企画書を書き、周囲を説得して回った。

 教師や保護者の信頼を得るため、勉強も疎かにはできなかった。


 それでもふたりは何度となく、もっともらしい理由を付けた『ことなかれ主義』という名の反対にあった。

 精神の柔軟性を失った教師、保護者、さらには自分たちと同じ生徒から幾度も冷笑を浴びた。

 不理解の壁に悔し涙を流したのも、一度や二度ではなかった。

 

 それでもふたりが挫けなかったのは、あの日交わした誓いの言葉があったからだ。

 彼女たちは何度も企画書を書き直し、反対される材料をひとつずつ潰していった。

 そんな彼女たちの熱情に動かされ、ひとりまたひとりと賛同者が増えていった。


 そうして高校入学から二年二ヶ月後。

 ふたりの情熱はついに『二校合同歩行祭』という形で結実する。


◆◇◆


『歩行祭』のことである。


 直木賞作家『恩田陸』の小説で一躍有名になったこの学校行事は、細部こそ違えど日本各地の高校で行われている。


 私立星城高等学校では『星城夜間歩行祭』と呼ばれていて、全校生徒が参加し、文字どおり夕方の六時から途中数時間の仮眠を挟んで、翌朝の六時まで歩き通すという単純かつそれなりに過酷な行事だ。

 単調な行事ではあるが、『夜に歩く』という点がミソであり、開放的な夜空の下での普段昼の顔しか知らないクラスメートたちとの会話は、青春の思い出作りとして一定の人気がある。



「――そういうわけで、今度の『歩行祭』にうちのクラスがどんな方針で臨むのか、それを決めたいんだけど」


 教卓に両手をついた総務委員クラス委員の田宮佐那子が、級友たちに言った。

 よく透るアルトの声が教室に響く。


「つまり、クラス全員一致団結してガッツリ勝ちに行くか、それともその辺にはこだわらず、あくまで楽しさ優先で行くかなんだけど」


『歩行祭』は一二時間夜通しで歩き、定められたゴールに到達するのが目的である。

 そして参加者の順位の集計によって個人・学年・学校全体のそれぞれで優勝者・優勝クラスが選ばれる。


 運動系の部活、特に陸上の長距離、水泳、サッカー、バスケットボールなど持久力が重要視される部に所属している人間は、この個人優勝を目標に燃えている者も多い。


(陸上部などでは暗黙の了解で優勝を目指すことが『強制』されている)


「わたし個人としては、どっちもありかなって思ってる」


 クラス全体で優勝に向かってまい進するのも楽しいだろうし、また気の合う友人同士でいろいろな話に興じながら夜通し歩くのも激しくワクワクする。

 剣道部に所属し、活動的で社交的な佐那子は、どちらでもドントコイ!だった。


「はい! はい! 絶対に、楽しさ優先! おしゃべり優先!」


 林田 鈴リンダが手を上げて――というか席から立ち上がって、熱心に主張した。


「クラス全員で優勝なんて目指したら、ヘロヘロになっちゃって話なんてできないわよ!」


 リンダは今回の歩行祭で、密かに抱いている決意がある。

 そのためには汗臭い “青春ごっこ” などしている暇はない。

 リンダを含むクラスの大部分が、『うんうん』とうなずいてみせた。


「でもリンダ、そのヘロヘロになるからこそクラスの絆が深まって、青春の輝く思い出になるかもしれないわよ。ある意味、それこそ高校生活の最大の目標じゃない」


 いちおうクラス委員であり、サイレントマイノリティーの意見も尊重しなければならない佐那子は、苦笑気味に答えた。

 彼女自身、自分で言っててかなり恥ずかしかったが、もしかしたら同意見のクラスメートがいるかもしれない。


「そういうのは個人で勝手にやって!」


 リンダの気迫に圧され、佐那子は押し黙った。


 クラスメートも全員が、リンダに賛成だった。

 クラスで勝ちに行くとなると、歩行祭はマラソン大会と化す。

 それはそれで別途、秋口に用意されているのだ。

 なにも今回わざわざすることはない。

 個人での入賞を狙っている者も、他の旧友たちにかまけている余裕はない。


 1年A組の夜間歩行祭の作戦は、『楽しくワイワイ』に決まった。

 

 佐那子は続いて実行委員から送られた各自で用意する持ち物のリストを、LINEのグループに転送した。


 枝葉瑞穂はニコニコしながら、スマートフォンを確認している。


(お弁当を一食分。水筒。安全用の蛍光ベルト。マグライト。レインコート。必要と思われる医薬品――湿布薬、冷却スプレー、絆創膏は必須! ですか。服装は学校指定のジャージに、履き慣れたウォーキングシューズ。厚手の靴下を三足……マグライトというのは、懐中電灯のことですよね? お家にないものはどれでしょう)


「枝葉さん……楽しそうだね」


 隣の席の安西 恋が、気鬱な表情で訊ねた。

 歩行祭の行程は、六〇キロメートル。

 体力に自信のない恋には辛い行事だ。


「はい、夜にこんなに長い距離を歩くのは初めてですから、楽しみです」


 前向きで少々天然な性格に加えて今回が初めての歩行祭であり、いまだその過酷さを味わったことがないので、ほとんど遠足気分な瑞穂である。


「わたしはとても、そんなポジティヴにはなれないよ……」


 同じ運動音痴同士、瑞穂にシンパシーを感じていた恋は、なにやら裏切られた気分だった。


「……そりゃ、北高に付き合ってる奴がいるんじゃ、楽しくもなるだろうさ」


 恋の前の席に座る五代 忍がスマホを弄りながら、ボソッと漏らした。


「はぁ、そうだよね」


 恋は忍とはほとんど話したことがなかったが、今回は同意の言葉が自然と出た。


「いえいえ、わたしと道行くんは付き合ってはいませんよ」


 誰もその名前を口にしてないのに、瑞穂は慌てて否定した。


「~それじゃどういう関係なの?」


「み、道行くんとは、とても良いをさせて頂いているだけなのです」


 途端にグニャグニャした顔になる瑞穂。

 否定しているのか、肯定しているのか、おまえはいったいどっちなんだ。


「――あ、でもそうですね。六時間歩けばあとは自由歩行になるんですよね。そうすれば道行くんと歩けるんですよね」


 瑞穂はようやく気づいた。

 気づいてしまった。


 そうなのだ。

 今回の歩行祭は、ただの歩行祭ではないのだ。

 今回の歩行祭は『灰原道行』の通う北高との、合同歩行祭なのだ。


 それは瑞穂にとって、コロンブス級の大発見だった。



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