優しい魔導書の紡ぎ方

地辻夜行

出会いと旅立ちの章

トリスとクロ(前編)

 千年以上もの古い歴史をもつ、リュエル魔導王国。

 この国の7大都市の一つ、知識の都ガーバート。この街の名物ともいえる大図書館が、今日からボクの職場となる。

 厚みのありそうな館長室の扉を、ボクをここまで案内してくれた、銀縁眼鏡をかけた女性が軽くたたく。

「館長。今日から勤務されます、トリストファーさんがいらっしゃいました」

「ああ、来てくれたか。いいよ、入ってもらって」

 明るい返事が部屋から返ってくると、女性がボクに目配せをしてから扉をあけた。

「やあトリス君、よく来てくれたね」

 女性に続いて部屋に入ったボクに、穏やかな声がかけられる。窓際にたたずむ老紳士が、ボクをこの図書館の司書として誘ってくれたレゾ館長だ。

「ほらほら突っ立ってないで、そこのソファーに腰をおろして。ああ、セニエ君、悪いんだけど、シャンティー君を呼んで来てくれる?  彼女と共同で作業してもらう子だからね」

「はい、承知しました。館長」

 陽気に頼み事をする彼に、セニエさんは微笑をもって答えると、すぐに部屋から立ちさる。 

 ボクは言葉に従い、応接用のソファーに腰をおろす。館長は自ら紅茶を二人分淹れ、ひとつをボクの前に置くと、向かい側のソファーに座り、自身のカップを鼻に近づけ、紅茶の香りを胸いっぱいに吸い込む。

「いやぁ、君のような優秀な若者に来てもらえて、本当に良かったよ」

 一瞬、嫌みかと勘ぐったが、声の調子や表情からは、そうではないように感じる。

「ボクの学園での成績は、ご存知ですよね?」

「もちろん! 魔法魔術理論トップ。さすがだよね」

 ボクは思わずため息をつく。

「……魔法発動実技と魔術作動実技は最下位ですよ」

「学園祭の時の武闘会で優勝したじゃない」

「魔法武闘会でまともな魔法ひとつ使わないなど家の恥だって、優勝決定直後に父から勘当されましたが?」

「ラブリース候は立場上、魔法絶対主義の姿勢をとらざるをえないからね。でも魔力を使用した攻撃に限るってルールをちゃんと守ったんだから、たいしたものさ。簡単に真似できないよ、あの戦いかたは」

 真似できないのではなく、真似をする必要がないというのが正解だろう。

 ボクを過大評価する恩人に、どう言えば現実を見てくれるかと思案していると、扉を強くたたく音がボクの耳に届く。

「館長。シャンティー来ましたよ」

「ああ、入って来ていいよ」

「失礼しま———ヴェックシッ!」

 シャンティーと名乗った、赤い髪を短く切り揃えた大柄な女性は、入って来るなり盛大なくしゃみをする。おまけに涙……あ、鼻水も追加。

 それにしても、大きいな。少なくとも、これまで出会ったどの女性よりも立派な体格なのは間違いない。ボクが普通に潜った入り口を、頭をぶつけないように少し屈みながら通って来たくらいだから。

「ガンジョ〜、やっばり、ヴェックシ! ムリでずよ〜」

「あれ? おかしいな。シャンティー君、体質変わった?」

「がわっで、ヴェックシ! ないでずよ〜。 だがらくるじんでるんじゃないでずが〜、ヴェックシ!」

「う〜ん、まあいいや」

 え、いいの? シャンティーさんの顔がすごいことになっているけど……。

「トリス君、紹介するね。君の同僚になるシャンティー・ビウス君だよ。君には彼女と一緒に、地下の魔法魔術書関連の書庫を担当してもらうからね」

 そう紹介されるとボクはソファーから立ち上がり、彼女に向かって頭を下げる。

 ボクの先輩になる人だ。失礼があってはならない。

「トリストファーです。よろしくお願いします」

「よろヴェックシ!!」

 ……向かい合ったせいで、飛沫を正面から浴びせられた。

「ご、ごべんだざい」

「い、いえ」

 姉が学園の卒業祝いとしてプレゼントしてくれた、無駄に魔力に満ちたハンカチで顔をふく。

「よし。挨拶がすんだところで……」

 すんだのか、いまので?

「さっそく仕事をしてもらおうかな。テーブルの上の10冊の本を地下の書庫に運んで、呪いがかかっていないかと、おおまかな内容の確認をして目録に追加しといて。そんで適切な書架に並べること。まあ細かいことはシャンティー君が教えてくれるから」

「ヴェックシ!!」

 館長は笑顔でボクに初仕事を指示する。どう見ても酷い状態のシャンティー先輩のことは、気にしないことに決めたようだ。

「それじゃ、シャンティー君。あとヨロシク」

「わがりばじだよ!」

 彼女は憎らしそうにレゾ館長をにらみつけながらも、テーブルの上の10冊の書物をまとめて軽々と持ちあげる。涙や鼻水を本にたらさないためか、若干顔を上に向けていた。

「離れでづいでぎで」

 そう言い残し、シャンティー先輩は、片手で本をささえ扉をあけると、逃げるように部屋から出ていく。そのあまりの勢いに、先輩を追いかけるのも忘れ、とじられた扉を呆然と眺めてしまった。

「ハッハッハ、置いてかれちゃったねぇ」

 館長の笑い声で正気を取り戻したボクに、館長は事務机から1枚の紙を手にとり差しだしてくる。

「図書館の見取り図ね。彼女、地下の特別図書調査室に向かったはずだから。地下の書庫に置く書物は、危険な物もあったりするからね。まずそこで詳しく調べて、問題なければ目録に加えて、一般解放している書架に並べるんだよ」

 ボクは軽くうなずき、先程から気になっていたことを尋ねる。

「わかりました。そちらに向かいますが、あの……先輩は体調でも崩されているんですか?」

「ああ、シャンティー君ね。アレルギー体質っていう不思議体質なの。と言っても、君のお兄さんやお姉さんぐらいの魔法使いや魔術士、もしくは高純度の魔晶石ほどじゃないと反応しない高魔力アレルギーなんだけどね」

 アレルギー。うん。書物で読んだことがあるね。なんでも身体を守る防衛機能が過度に働いてしまう作用らしい。

「この部屋に強力な魔導具でも置いてあるんですか?」

「いや特別な物はなにも。彼女は、原因が君と思っていたみたいだけど」

「そんなわけないじゃないですか。館長もよくご存知でしょう」

 姉のハンカチも、いま残っている魔力は高魔力とまでは言えない。

「まあね。考えられるとしたら、今回集まった書物の中に原因があるってところかな」

「え? それって危険じゃないですか! 本に擬態する魔物の可能性だって……」

「そうだね。ウチにもよく紛れてくる。他にも高位の悪魔なんかが化けてるときもあるし。でも———」

 のんびりと会話を続ける館長をそのまま残し、館長室を飛び出した。

 廊下を見回すが、すでに先輩の姿はない。もう地下へと降りて行ってしまったか……。

 幅広く長い廊下の突き当たりにある階段まで一気に走り、そのままの勢いで地下への階段を駆け降りた。地下の廊下に出ると、右側三番目の扉が開きっぱなしになっている。たぶんそこだろうと部屋の中をのぞくと、案の定、彼女が相変わらずの状態でそこにいた。

「なんで、なんであのごがらばなれだのにどばんないの〜」

 机の上に置いた10冊の本を前に号泣しているシャンティー先輩に、声をかけることなく、まずは彼女の手をとる。

「あ、ド、ド、ド、ド…… 君?」

 もう一度自己紹介が必要そうだが、いまはそれどころではない。強引に彼女の手をひき、部屋から連れだし扉をしめる。

「はなじで!  わだじ魔力のづよいのが———」

「アレルギーのことなら、館長に聞きました」

 言葉を被せ、それ以上の問答は不要と、廊下の突き当たりまで先輩を引っ張っていく。彼女の目元を確認し、安心して手をはなす。

「どうやら涙は止まったみたいですね」

「?」

 ボクの言葉に一瞬きょとんとしたが、すぐに人差し指で目元を確認する。

「あで? どじで? ぢょ、ぢょどまでで!」

 走ってどこかに行ってしまったが、すぐに戻って来た。どうやら顔を洗ってきたようだ。だいぶすっきりした顔をされている。

「ごめんね! 待たせちゃって。でも、なんで君のそばにいるのにくしゃみが止まったんだろう?」

 先輩は立派な体格の割には小動物のような仕草で首を傾げる。

「簡単なことです。ボクが、先輩のアレルギーを引き起こすほどの魔力を持っていないからですよ」

「え? で、でもでも、君って魔導学園でトップの成績じゃ……」

「学科だけです。全体的に見れば、学園の落ちこぼれですよ。それに、失礼かとは思ったんですが、先程確認した限り、ボクより先輩の方が、はるかに魔力量が多いです」

 たくさんの『?』を顔に浮かべる先輩に、ボクは背を向ける。

「原因として考えられるのはひとつです。先輩が運んでいた10冊の本。あの中に高魔力を持った物が含まれている。ボクが調べて来ますので、先輩はここで待っていて下さい」

「え? ちょっと待って。ト……キミッ!」

 中途半端な制止の声を無視し、特別図書調査室へともどった。部屋の中に入り、状態を確認する。先輩を連れ出した時と、なにかが変わったようには見受けられない。

 入って左手に用途のわからない大きなハンマー。右手に10冊の書物を置いた金属製の机。部屋の中央には魔術陣。

 館長はこの部屋で、書物に異常がないかの検査をすると言っていた。おそらく中央の魔方陣が、そのための装置なのだろう。ただ残念ながら、ボクには魔術陣を起動させるだけの魔力はない。でも魔力が少ないなら、少ないなりに工夫のしようはある。

 ボクは積み上げられた本に指先を向けた。先端から魔力の糸がでる。これは魔法ではない。魔力そのもの。ボクの魔力は空気中の魔力とほぼ変わらない濃度だから、魔力視認魔法を行使されない限り、他者には視認できない。

 ボクはこの魔力の糸を魔糸まし、魔力自体を扱う技術を魔技と名づけている。

 これは魔力の放出とは違う。ただでさえ少ないのにそんなもったいないまねはできない。これは体内で循環している魔力の循環場所を、体外まで伸ばしているだけ。つまりボクが出している魔力は、糸の先端でU字に曲がりボクの体内に戻ってきているので、実質魔力の消費はない。それどころか、少しでも魔力が減っている時にこれをやると空気中の魔力が糸に付着し、微量ながらも魔力が回復する。もっとも、体内に保有できる量自体が少ないから、その効果はおまけみたいなもの。

 魔糸の真骨頂は、他の魔力をボクの体内まで運んで来てくれること自体にある。ボクはその体内に運ばれてきた魔力を、魔導学園で得た知識を全力で活用し分析する。

 魔法を満足に使えないボクの苦肉の策だ。他の学園の生徒は、普通に調査魔法やら分析魔法を使うし、一般の人もそこにある魔術陣に魔力を通せば調査ができる。

 ボクはそれらができないから、考えに考えてこの方法にたどり着いた。

 机に積み上げられた本に対し、上から順に魔糸を通していく。

 !

 あった。上から三番目。姉さんに比べれば可愛いものだけれど、それでもとてつもない魔力量を持つ本だ。それにこの感じは、ただ魔力が蓄積されているのとは違う。なにかが住んでいる。

 でも魔物や悪魔とは違うな。……もしかして守護霊獣か!

 偉大な魔導師によって書かれた魔導書の原本には、その本を護るべく、守護霊獣が宿らされていることがあると習いはしたが……。

 ワクワクしながら、その本のタイトルを確認する。

 イディオ・グリモリオ。

 偉大どころじゃない、伝説だ!

 魔導王国に千年前に実在したと言われる伝説の魔導師サイファー・ウォールメンが残した、四冊の魔導書の一冊!

 しかも、写本じゃなく原本!

 だがサイファーの魔導書の原本は、禁術書として扱われていたはず。確か四冊ともそれぞれ別の場所で、厳重に保管されているって聞いていたけど……。

 突然上にのっていた二冊の本を、イディオ・グリモリオから出現した鋭い爪が伸びた青い手が、魔糸ごとはねのける。

「まったく、良い夢見てたのによ。イディオだけじゃなく、オレの身体まで撫で回すたあ、いい度胸じゃねえか」

 イディオ・グリモリオの上に 青い毛皮をまとい、熊の頭とたくましいヒト型の上半身を持った大きな霊獣が浮かびあがり、悠然とボクを見おろしていた。

 魔導書イディオ・グリモリオから現れた青い人熊じんゆう型の霊獣に見下ろされ、正直ボクは生きた心地がしなかった。

 口から覗く太い牙。強靭そうな顎をもって、ボクの頭なんか簡単に噛み砕くだろう。両手の爪から伸びた鋭い爪。あの太い腕で振り下ろされれば、ボクの身体なんて、易々と引き裂かれるだろう。

「おい、どうしたんだよ、 固まっちまって? このクロガラ様になんか用があるから起こしたんだろ? ほら、遠慮してねえで言ってみな」

 クロガラというのか、この霊獣は……。なんだか妙に友好的に話しかけてくるが、どうしたものか。正直に用事があって起こしたわけではないと話すべきだろうか。

 イヤ、ダメだ! もし、なんの用事もなく、単に本を調べていたら偶然起こしてしまっただけなんて言ったら、絶対に怒る!

 ボクが、何か良い言い逃れかたはないかと考えていたら、クロガラは待てと言わんばかりに、左手の手のひらをつきだしてきた。

「ハッハッハァーッ! 冗談さ。クロガラ様を呼び出した理由なんてひとつしかない。ああ、わかっているとも。さあ、言うがいい! お前はどんな魔法が使いたいんだ?」

 ボクが学園で習った魔導書の守護霊獣とはかなり違う。ボクの知る守護霊獣とは、その守護する対象物を命じた者を除いた、近づく者全てから守る存在だ。近づいた者の善悪など関係ない。ただひたすらに相手を排除するのみ。

「個人的なおすすめは飛行魔法だな。飛翔魔術陣を道具に付与した物の方が、安定して飛べはするが、やっぱり自分で飛んでるって爽快感には敵わねえ。三十一ページだ。サイファーの爺ちゃんの言葉は小難しいが、なーに、このクロガラ様がいるんだ。バッチリ手解きしてやるぜ!」

 ああもう、なんかひとりで盛り上がってる!

「待って! 待ってください、クロガラさん!」

「おう、どうした、少年? おっとそうだ。さんはいらねえぜ。魔力と魔力を交わした仲じゃねえか。オレとお前はもう義兄弟の間柄よ。兄貴って呼んでくれて構わねえぜ」

「それです! それ!」

「ん? 兄貴が嫌なら、弟って呼んでくれても―――」

「違います! 魔力ですよ、魔力! クロガラさん、ボクの魔力に触れましたよね?」

「おう、兄弟! 優しい魔力だったぜ」

 クロガラさんが、親指をグッとたててくる。

「あれがボクの全力の魔力なんです!」

 クロガラさんが指をたてたまま、キョトンとした顔をする。

「……マジで?」

「マジです」

 クロガラさんはしばらく考えこんだが、大きく笑ってボクの肩をバンバンと叩く。

「まあ、ねぇもんはしょうがねぇさ! 気にすんな! 魔法だけが人生じゃねぇ!

 ここで会ったのも何かの縁だ。楽しく行こーぜ! ……! あー、悪い。やっぱりオレ、少し無神経だったか?」

 急に意気消沈したクロガラさんが、心配そうにボクの顔を覗き込んできた。

 つぶらな瞳に映るボクの顔を見て、クロガラさんが心配する理由を悟る。

 ボクは泣いていた。

 何か言葉を紡がないと、と考えるボクの耳に、複数の騒がしい足音が聞こえてくる。扉が乱暴にひらかれ、数人の男たちがなだれこんできた。

 反射的に机の上から『イディオ・グリモリオ』だけを掴み、部屋の奥に走る。壁を背にして男たちと向かい合う。当然、イディオ・グリモリオの守護霊獣たるクロガラさんも一緒にだ。

「おやおや。守護霊獣の魔力を感知したので急いで来てみたのですが、本当に目覚めているとは……。おかしいですね? 調査魔術陣にこめる程度の魔力で目覚めさせられるほど、浅い眠りではなかったはずなのですが……。あなた、いったいなにをしました?」

 一番最後に入ってきた小太りの中年男性が、値踏みするようなねっとりとした視線をボクに向け、そう問いかけてくる。

 その問いに答えたのは、ボクではなくクロガラさんだった。

「そんなの決まってんだろう? 熱い魔力と魔力を交わしあったのよ」

「それが解せないと言っているんですがね~。私の魔力感知に、その坊やは引っ掛からなかった。魔力のない子供と単純な魔術陣しかここにはない。だからこそ、私は貴方が目覚めていることに驚いているのですがね」

「魔力なくないわ! ちょっと少ないだけじゃ、ボケェ! ぶち殺すぞ‼」

 ボクと会話していた時と違い、敵意を剥きだしにしている。青くて綺麗な毛並みが、いまは全て逆立っていた。

「クロガラさん。怒ってくれるのは嬉しいのですが、この人たちは、知り合いですか?」

 クロガラさんは彼らを睨み付けながら、首を振った。

「んにゃ、知らん! けど嗅ぎ馴れた、大嫌いな匂いだ。この匂いの連中は、絶対に魔法をろくなことに使わねぇ」

 男が鼻をフンと鳴らす

「心外ですな。私どもは世界中の、全ての人たちが、わけへだてなく魔法の恩恵に授かれるように、日夜努力しているのですよ」

 クロガラさんが鼻をならしかえす

「……お前の言葉からは嘘の匂いしかしねえよ」

「嘘ではないのですがね。見解の違いでしょう。まあ、あなたが私どものことをどう思おうと関係ありません。私どもに必要なのは、イディオ・グリモリオであって、あなたではありませんので。さて、そろそろそこの余計な手間を増やしてくれた少年共々、ご退場願いましょうか」

 男が両手をまだ本の積みあがっている机にむけた。

「我の呼び声に応えし、闇夜の住人よ。仮初めの眠りより目覚め、今こそ我が剣となれ」

 呪文の詠唱? この文言だと、たぶん自分でかけた封印魔法の開呪あたりだね。

 ボクが呪文の種類を特定するのと同時に、彼の両手と積まれていた本のうち3冊の本が光を放つ。光は閃光となり部屋を埋めつくす。

 咄嗟に腕で目をかばう。

 光の奔流ほんりゅうが治まった時には、僕らと男たちの間に、3体の悪魔が立っていた。羊頭人ようとうじん型の悪魔だ。身動きひとつしないところを見ると、命令がなければ絶対に行動しない下級悪魔。一体なら、これだけ魔力のある魔導書の守護霊獣であるクロガラさんの相手にはならないだろうけれど……それが三体。

 動かない悪魔をそのままに、男たちはボクたちを包囲するように散開し、少しずつ包囲網を狭めてくる。悪魔を召喚した小太りの男も含め七人。彼以外は抜剣ずみ。

 対するボクは司書の仕事に武装は必要ないだろうと、借りた部屋に自前の鋼の手甲をおいてきてしまった。それでも相手の動きを見る限り、ふたりまでならなんとかなると思う。しかし、それ以上の数にまとめてこられると、壁を背にしていてもさばききるのは難しい。

「あなた方は一体、誰なんですか? 図書館の関係者ではないでしょう!」

 不自然にならない程度の大きな声で問いつめる。

 一階までは無理だろうが、廊下を挟んだ反対側の扉は一般閲覧室だ。誰かが騒ぎを聞きとがめ、様子を見に来てくれる可能性がある。

 そんなボクの思考を読んだかのように小太りの男があざわらった。

「念のために申し上げておきますが、階段には結界魔法を、一般閲覧室に続く扉には 封印魔法を施してきました。私の得意な魔法でしてね。急いでいてもそれぐらいはできるのですよ」

 うん、大丈夫。その可能性だって考えていたさ。だったら全力であがくだけ。

 ボクはずっとそうしてきたのだから。

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