悪役貴族に転生した俺、魔法剣で学園無双してたらシナリオがぶっ壊れてきた
ちくでん
第1話 悪役転生
湯気を立てたスープの皿が、宙を舞う。
その先にはメイド服を着た銀髪の女の子。俺の身体は咄嗟に動いていた。
「ぅあっちいぃぃぃぃぃーっ……!」
女の子を助けたのは良いのだが、熱いスープを背中で受けてしまった。
「大丈夫ですかアユレトさま! シャツをお脱ぎください、いまお冷やしします!」
女の子は泣き顔になっていた。テーブルのナプキンを水に濡らして、背中に当ててくれる。
ヒンヤリした感触に癒されながら、俺はふと現実に立ち返った。
誰だこの子? なんか見覚えがある気はするんだけど思い出せない。
女の子はおずおずと口を開いた。
「あの……、お叱りにならないのですか?」
「叱るって、なんで俺がそんな」
「私が足を滑らせたせいで、アユレトさまがこんな目に遭ってしまって」
女の子は目を伏せると、ナプキンをもう一度濡らして丁寧に背中を冷やしてくれる。
どういうことだろうか。いきなりすぎて理解が追い付かない。
俺は周囲を見回した。
ヨーロッパにあるような豪華な造りの広間である。テーブルは長く、椅子を十個は並べられそうだ。その上座に俺はぽつんと一人で座っている。どうやら食事を取っていたところらしい。席の前には料理が置かれている。
女の子はまたナプキンを冷やしてから、心配そうに首を傾げた。
「どうしましたアユレトさま? ボンヤリなさいまして」
アユレト……? 聞き覚えのある名前だ。
そういえば、さっきからこの子は俺のことをそう呼んでいる。
記憶を探ってみれば、醜悪な立ち絵が蘇ってくる。たしか、この間までプレイしていたアクションRPGの悪役が、アユレトだったような。
というか、あれ!? 俺は仰天した。
目の前にいる女の子、アユレト専属メイドのリルミルにそっくりだ。短く外に跳ねた銀髪に少し垂れたぱっちり二重の目。いじらしくてとても可愛い……が、それどころではない。嫌な予感がぶわりと込み上げてくる。
そのとき、壁掛けの鏡に目に留まった。
瞬間、背中の痛みも忘れて俺は飛び出していた。
「アユレトさまっ!?」
彼女の声と、俺の荒い息が重なる。
鏡面を覗きこんで、俺は愕然とした。
「こ、これは」
そこで蒼白な顔をしていたのは、本来の自分とは似ても似つかない癖毛の金髪デブ。
ゲーム『ソング・オブ・アース』に出てくる、悪役貴族ことアユレト・デルマ・アルゲイドだった。
上半身裸のまま、指がさまよって、腹の肉を摘まんでしまう。
もっちりとした白いやわ肉が、指先に気持ちいい。ああ、ずっと摘まんでいたい。その甘美な感触に溺れて、現実逃避をしていたい。
俺がプニプニしていると、リルミルと思しき女の子が心配そうに声を掛けてくる。
「ど、どうしましたアユレトさま!?」
「……なあ、俺はアユレトなんだよな」
「は、はい」
「キミはリルミル?」
すると、彼女はいよいよ涙を滲ませた。唇が震えている。
「あ、あの、大丈夫ですかアユレトさま。どこか頭でもお打ちになられたのでしょうか、い、今お医者さまを……」
呼んでまいります、と歩き始めた彼女の足元は覚束ない。
やばい、何かを間違えた。
「いかないでいい! 俺はアユレト、キミはリルミル!」
あああ! 本当にリルミルだった。
ここはゲームの世界だ、ソングオブアースの世界なんだ。彼女が混乱しているのは、本来の
ビクビクしているリルミル。俺は、ゲーム通りに振舞うべきなのか、否か。
けれどそもそも、アユレトの中身=俺に、そんな悪役ムーブなどできるはずもなく。
「そそ、そうかリルミルか」
「アユレトさま、どうしました声が震えています!」
「お……お、俺は大丈夫、それよりリルミルが火傷をしなかったのならなによりだだだだだだ」
「やはりお医者さまを」
「いや、いい。いいんだ」
いかん、俺が狼狽えてしまっている。誤魔化すために、俺は大きく深呼吸。
その後に割れた皿の破片を拾い始めた。
「おやめくださいアユレトさま、そんなことは私が致しますので」
「いいからいいから」
「そんなわけにはまいりません!」
慌てて俺に倣い破片を拾い始めるリルミル。
なかなか鋭利な割れ口をした皿だな、と思っていると、リルミルが「いたっ!」と声を上げた。
見れば指先を割れた皿で切っている。
「大丈夫か?」
この子、そういや失敗が多いキャラだっけ。でも一生懸命なところが可愛くて、そこが愛され要員として人気あったんだよな。
俺はリルミルの手を取った。
「ア、アユレトさまっ!?」
「いいから」
リルミルの顔が一瞬引きつったのを俺は見逃がさない。おいアユレト、おまえどれだけ普段この子にツラく当たってたんだよ。
彼女が黙るのを確認して、俺は小声で呟く。
「ヒーリング」
淡い光がリルミルの指先に灯る。傷が瞬く間に塞がっていった。
よしやっぱりだ。俺がアユレトだというならばヒーリングの魔法を使えるはずだったのだ。そしてやはり、使えてしまった。
これでもう、どこから考えてみても俺はアユレトに確定だ。
疑う余地もなく、俺は悪役貴族に転生してしまったようである。
溜息つきたいのを我慢して黙っていると、横でリルミルがなんかぼーっと俺の横顔を見つめていた。
「どうしたの?」
「……いえ。今日のアユレトさまは、なんかいつもと違う気がして」
「そ、そうか」
そりゃ中身が違うからね。
でもどちらにせよ、
俺はそういうキャラなのだ。
悪役最低ゴミ屑貴族、アユレト・デルマ・アルゲイド。両親が忙しく家に居ないことが多いのを良いことに好き勝手して暮らしているロクデナシだ。
学園に入学後は、自分の気に食わない相手が居ると権力を笠に着て痛めつける。学校の成績も権力で改ざんして涼しい顔。狡猾で、陰湿で、それでいてプライドだけは高い。絵に描いたような憎まれ役だった。
このゲームは色々なルートがあるとして有名だが、『悪役アユレト』は毎回死ぬ。
そしてその多彩な殺され方から『七色の拷問を受けるキャラ』として有名なのだ。
頭をサッカーボールにされたり、魔法で他の動物の四肢をくっつけられたり、全身穴だらけにされて失血死させられたり、どれも悲惨な死に方なのである。
ウケたことに気をよくしたゲーム会社は、365日「日めくり死亡カレンダー」なるものを販売した。これはゲーム中の死に方から世界各地の拷問的な死に方まで、毎日アユレトが死んでいくというジョークグッズで、公式が悲惨キャラであることを認めた証左であると言われている。
ゲームの外でも殺され続けるキャラ、それがアユレトなのだった。
とにかく、そんな未来だけは回避しなくてはならない。
なぜって、単純にそんな死に方はイヤだ。それにこのまま行くと、ゲーム内に出てきた女の子キャラたちに総スカンを食らう。それもイヤだよ。リルミルだって、俺は地味に推してたんだ。
「坊ちゃま、換えのシャツであります」
白髪の執事、セイバが持ってきたシャツに着替えて、再開した食事を終えた。
リルミルと執事を従えて一旦自室に戻る。
リルミルが寝間着への着替えを手伝ってくれる中、俺はなんとなしに今日の料理について感想を言った。
「香草で焼いたあの肉、なんの肉なんだろ。すごく美味しかったけど」
無言の空間に耐えられなくなって言葉を発しただけなのだ。
それだけのつもりだったのに、セイバとリルミルが動きを止めて俺のことを凝視した。
「ぼ、坊ちゃま、今なんと……?」
「ア、アユレトさま……?」
「え? いや、美味しかったけど食べたことがない味だったから」
二人が口を開けて、お揃いに驚愕の表情を作った。なんなの!?
「な、なにその顔」
「い、いえ失礼しました」
セイバが目を逸らしてくる。彼は確か、多少のことでは動じない男だったはずだ。その彼が動揺しつつ言葉を濁すことに違和感を覚え、俺は追求した。
「気になる。言ってくれないかな」
「あの、その」
「言え」
ちょっと強気に出ておく。元のアユレトなら執事の沈黙など許さないはず。俺は奴を真似るつもりで、内心はドキドキしながら目を細めた。
「……今日のアユレトさまはいつもと違いますな、と」
「えっ」
いきなりドキリ。真似の仮面はあっさり吹き飛んで、小市民な声を上げてしまう俺だ。
「いつもならば食事がマズいとお叱りを受けるのに、今日は満足そうに食して頂けた上にそんな賞賛の言葉まで頂けるなんて」
「あ、ああ。初めて食べる味だったからな! つい気になって」
「ケビン鳥です! ルーズ山産のケビン鳥を土地のハーブと共に焼いたものです! この味がお気に召したのですねアユレトさま!?」
詰め寄って問うてくるリルミル。タジタジになって「う、うん」と答えると、セイバが落ち着いた声で言った。
「シェフに伝えておきます」
「わ、私もシェフさんに伝えておきます!」
セイバはともかく、リルミルは手を胸の前で合わせて喜んでいた。
あれ彼女、うっすら涙さえ浮かべてないか? めっちゃ嬉しそう。おいアユレト、おまえこれまでどれだけ無法に暮らしていたんだよ。
ちょっと先行きが不安にもなった。中身が俺になったことで、急に変わり過ぎると彼らに疑念を抱かれるかもしれないと思ったのだ。だが。
手が止まっているリルミルを他所に一人で寝間着に着替えた俺は考える。
ちょっとバカげた質問になるが、これを聞いておかねばならない。
「セイバ、いま俺は何歳だ?」
「は?」
「いいから。何歳なんだ俺は」
13歳だとセイバは言う。
そうか、そうなると猶予はあと二年。
二年後に控えるのは、国家機関である上級冒険者養成学園への入学。
そこで俺は、ゲームの主人公と出会うことになる。
入学最初の模擬戦で主人公に負けたアユレトは、主人公と反目することになるのだ。
最終的に主人公に再戦の決闘を申し込むのだけれども、まともに戦って勝ち目がないので卑怯な手段を講じることになり――。
もちろん、負ける。
負けたアユレトは全てを失い、地を這う生活になっていく。歪んで、歪んで、主人公を狙い続けることになる。そして最後は『七色の拷問を受けるキャラ』というわけだ。
俺は彼と反目するつもりもなければ決闘を挑む気もないが、要するに最初の模擬戦で負けるのが全ての始まりなのだ。そこで勝つなりすれば、運命は大きく変わる。
来るべき学園生活、俺がゲーム本編に登場するまでの間に、準備をしておかねばならない。ここから努力して、必要な能力を手に入れなくてはならない。
その為には俺は変わらなくてはならないし、変わり過ぎて疑念を抱かれることなぞ気にしている暇もない。
「セイバ、リルミル」
改めて、二人の顔を見た。ここは、俺の決意を聞いておいてもらう必要がある。
「これまで俺は、ロクでもなかったと思う。だが今日、この日から俺は変わりたい。これからは決して食べ物を粗末にしたりしない。無駄な暴力を振るったりはしない。今まで済まなかった」
二人は再び、目を見開いて固まった。
しばしの沈黙。まずい、唐突すぎたか?
「き……っ」
沈黙を破ったのはリルミルだった。
「聞きましたかセイバさん! アユレトさまが、あんなことを!」
「え、ええ。はい。そうですな……なんと素晴らしい……」
「そうです素晴らしいですアユレトさま! リルミルは誠心誠意お仕え致しますとも!」
リルミルが手を叩いて喜んだ。セイバは困惑した表情を隠せずにいる、まだ半信半疑といった様子だ。それでも俺には、こう頼んでいく必要がある。
「俺が変わる為に、力を貸してくれるか」
「もちろんですとも!」
リルミルが、拳を振り上げながらピョンと跳ねた。
その仕草が可愛くて、俺は勇気づけられる。
よし、やってやる。俺は変わる。変わって、全ての破滅ルートを回避してやるんだ。
「やるぞ。ことごとくの死亡フラグをへし折ってやる……!」
「フラ……なんですかそれは? アユレトさま」
「運命の女神が立てた意地の悪い道しるべのことさ」
小首を傾げたリルミルに、俺は肩を竦めて苦笑したのだった。
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