一般市民は推しの騎士を喜ばせるため街の平和を守りたい!

胡麻桜 薫

第1話 レベッカと騎士様

 とある王国の東部に『リーベルメ』という街があった。

 街外れには小高い丘があり、丘の上には、この地方の諸侯が暮らすリーベルメ城が建っている。


 リーベルメは平穏な街で、犯罪件数は他の都市に比べて圧倒的に少ない。

 それは城と街を守る騎士団のおかげである──まあ、だいたいのところは。



 朝八時。

 鎖帷子くさりかたびらと上衣を身にまとい、肩を覆う鎧を装着した騎士達が、朝の見回りを行っている。

 騎士団は五、六人ずつのチームに分かれ、各地区を分担して見回っていた。


「今朝も問題なし・・・か。本当にアスト地区は治安がいいな。通りも清潔だし」


 精悍せいかんな顔つきの若き騎士が、感心した様子でそう言った。


 彼はエクベルト、25歳。

 アスト地区を担当しているチームの、リーダーである。


 長身で、騎士らしい引き締まった体つきをしている。

 凛々しく、切れ長の目には知性と真面目さが詰まっているようだった。


 エクベルト達はアスト地区のラヴェンデル通りを歩いていた。

 この辺りは、街の中でも特に治安が良い。


 平穏なリーベルメといえど、時にはトラブルも発生する。

 住人同士の喧嘩だとか、民家への落書きといった器物損壊だとか、そのような事件は決して珍しくない。


 だがアスト地区だけは、どんなトラブルとも無縁だった。

 治安だけではなく衛生状態も良い。

 通りにはゴミひとつ落ちていないのだ。


 エクベルトは一度だけ、アスト地区の食堂で喧嘩を仲裁したことがある。

 しかしそれ以来、この地区でトラブルに遭遇したことはなかった。


「うん、平和そのものだな」


 エクベルトは優しげな微笑みを浮かべた。

 安全な街で穏やかに暮らす住人達を見守ることが、彼にとって一番の幸せだった。


「とは言っても、油断は禁物だ。さあ、見回りを続けよう」



 正義感と責任感にあふれた騎士の姿を、家屋の陰から見つめている者がいた。


(ああ、エクベルト様。今日も素敵! 平和をとうとぶ貴方の姿こそが最高に尊い!!)


 レベッカ、20歳。ラヴェンデル通りの住人だ。

 長い金髪をひとつ結びにした、可憐な風貌の女性である。

 白い長袖シャツを着て、地味なロングスカートを履いていた。


 レベッカは通り過ぎていくエクベルト達を、バレないようにこっそりと見守っている。


(エクベルト様・・・貴方のために、わたしはアスト地区の治安を守ってみせます! 貴方に、喜んでもらうために!)


 レベッカはシャツの袖をまくり、自分自身に気合を入れた。


 そう──彼女の存在こそが、アスト地区の治安が異常に良いことの理由。


 レベッカは一般市民でありながら、治安維持のため日々奮闘しているのだ。

 どんなトラブルも、彼女は決して見逃さない。すぐに見つけて、解決する。


 それは全て、崇拝するエクベルトのためだった。


 担当区域が平和であれば、見回りに来たエクベルトは喜んでくれる。感心してくれる。

 彼の尊い笑顔を拝むため、レベッカはアスト地区の治安を守ろうと決意したのだ。


 もちろん、エクベルトはそのことを知らない。

 レベッカは、決して知られてはいけないと思っていた。


 エクベルトには『秘密』で、彼のためにひっそりと街を守る。

 それがレベッカ流の、乙女の美学だった。


「治安を守ってみせます。この地区で事件を起こすような不届き者は・・・」



 可憐な乙女はドスの利いた声で呟いた。



「うちが全員いてこましたるわ」



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