第一章 二十七話 紅白戦⑬―一回裏― バッティングカウント
ここまでの三球で餌撒きは予定通り完了。
初球のど真ん中、これは
二球目の
どの球も久遠さんはキッチリ目的通りの球を投げ込んで来た。ど真ん中は言わずもがな
――それは『勇気』。
野球における
けれど
「……ふぅ。
そう言葉を漏らしながら、直前のプレイで少し荒れた
久遠さんはきっと今、心に余裕がない。滅多打ちされた状況、
彼女が今持てるすべての力をこの四番打者に注げるようにそれ以外の一切の雑事は僕が引き受ける。
(……
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
立て続けにこれ見よがしの
(普通に考えれば見せ球を活かす外一択なんだが……。)
打席でスパイクに着いた泥をバットで軽く叩き落としながら視線だけ斜め後ろに座る
(問題は
あの女投手に変化球がない以上、俺に空振りの三振は
……緩急に関してはこの回だけ無駄に
(
一打席目の高めを打つ感覚は良かった。だから次に来ても
(よし、方針は決まった。その余裕そうな顔を慌てさせてやる!)
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
サイン交換はつつがなく終わり、ゆっくりとセットポジションに入る私の脳裏に数刻前に行った作戦会議中の会話が思い起こされる。
『――…………。』
顎に手を当て、視線は足下に固定したまま何かを考え込む扇さん。きっかけは今しがた私説明したある提案だった。
『じゃ、じゃあ、扇さん!!こういうのも使えますかね?――』
私の発した思い付きの提案に『良いね』と賛成した後、扇さんは今の状態になった。まるで思考の海に落ちたような感じ。やっぱり私の思い付きにおかしいところでもあったのだろうか。少しそんな考えがよぎったところで扇さんはおもむろに顔を上げた。
『これなら勝負できるかもしれない。』
『え?』
『ああ、ごめん。その久遠さんの言う"勝負球"にもっていくまでの配球を考えてた。』
『あ、あの本当に良いんですか?思いっきり思い付きなんですけど。』
苦し紛れと言っても良いかもしれない。単に扇さんのしてくれた"
『いやいや、馬鹿にしたものじゃない。本気で良いと思ったよ。……それに少し嬉しい。』
『う、嬉しい?』
『久遠さんもちゃんと
『工夫……。』
扇さんは遠足前の子供のようにうきうきした様子でその"工夫"について話し始めた。まだ出会って数日、普段の扇さんは落ち着いていて少し大人びているように感じことが多かったけれど、こと野球に関わると途端に無邪気な子供のような表情を浮かべることに気づいた。
『――って感じが追い込むまでの配球プラン!ファーストストライクに関してはちょっと博打の要素が入っちゃうし、その後のエサ球も投げ難いかもしれないけど僕を信じて欲しい。で、セカンドストライクに関しては僕は久遠さんを信じる。』
"信じて欲しい"、"信じる"、その言葉でタイム前に感じていたマウンド上での孤独感や試合に対する重圧が少し和らいだ感じがする。今の私たちはチームメイトでバッテリーだ。
『わかりました……!私も扇さんを信じて投げ抜きます。』
『よしっ!』と満足げに笑って私に向かって拳を突き出す。それに対してそっと拳を合わせコツンとぶつけて応える。
――――最後に合わせた拳の感触が今も右手に残っている。私は扇さんの作戦を信じて、扇さんの構えるミットに投げ込むだけ。
扇さんは三塁側へ体を少し寄せた。構えるミットは
余計な力みはフォームのブレに繋がる。いつも通りを心掛けて左脚を振り上げる。
――狙うはミットただ一点。
「……ふっ!!」
短く強く吐き出された呼吸と指先が白球を弾いた。
「っ!……これっ………は……。」
苦々しい表情でスイングを始動途中で止める四番。乾いた皮が打ち鳴らす捕球音。
「――………………………竜朗的にはどう見える?」
「ッち!……枠、入ってんじゃないですか?」
「僕がミット動かしたとかは考えないんだ。」
「先輩はそういう
また扇さんと何か話してる。判定のことかな?まさか微妙に外れてた?……私から見た限りではドンピシャで投げられたと思うけど。
私は
……だから今の一球は奇跡的に決まったと言っても良い。
「OK!!ナイスボール!!……2アウト、2ボール、2ストライク!!」
そんな私の内心の焦りと裏腹にちゃんとストライクだったようだ。扇さんがプレイヤーへの周知も兼ねて低く響く声で伝達してくれた。
これで
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