第一章 十六話 紅白戦②―試合開始―

メンバー表

先攻:チーム名 区立板東第二中学校(紅:三塁側)

打順 守備位置     選手名

1  中堅手      新山にいやまれな

2  2塁手      漆原うるしはらえり

3  捕手       上原和正うえはらかずまさ

4  3塁手      寺原貴樹てらはらたかき

5  1塁手      岩貞朋浩いわさだともひろ

6  投手       久遠夏波くおんみなみ

7  遊撃手      溝脇宏みぞわきひろ

8  ―        ―

9  ―        ―

監督代行 扇 賢吾おうぎ けんご


後攻:チーム名 都立板東高等学校(白:一塁側)

打順 守備位置     選手名

1  中堅手      音田寛彰おとだひろあき

2  遊撃手      大日向典義おおひなたのりよし

3  2撃手      白瀧喜広しらたきよしひろ

4  1塁手      神場竜朗じんばたつろう

5  3塁手      下司猛士げしたけし

6  捕手       樋口一樹ひぐちかずき

7  投手       時篤哉ときあつや

8  ―        ―

9  ―        ―

監督代行 沢井羽菜さわいはな


備考:本紅白戦は両チーム七名ずつ、計十四名で行い、四回までとする。


 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ 


「――七番、遊撃手ショート溝脇宏。」


「はい!!」


「スターティングオーダーは取り敢えずこれで行こうと思う。」


とは言っても板東二中のこれまでの試合のオーダーそのままだけれど、慣れた打順もあるだろうし、下手に変えるよりは良いだろう。そんな判断の結果だ。


「今日のところは僕から細かい指示を出すことはしない。出すとしても要所でのサインくらいになると思う。だから細かい状況は自分たちで判断すること。」


メンバーを見渡しながらそう言うと各々頷いて返事をする。


「……僕からの注文は一つだけ。各回の攻撃、守備の後に隙を見て色々話かけに行くからコミュニケーション、取っていこう。」


「「はい!!」」




――三塁側から「はい!!」という息の揃った返事が聞こえて来た。

ちらっと三塁側に視線を向けると夏波ちゃんと真剣な顔で話す先輩が見える。


その光景が一昨日ファミレスで会った先輩の姿と重なった。

その時も近くに夏波ちゃんが居た。


……ダメダメ、今はこちらに集中しなくては。


「――七番、投手ピッチャー時篤哉。」


「はい。」


普段はあだ名トッキ―で呼んでいるのでフルネームで呼ぶのが少しくすぐったい。


「……さて、皆にとっては急な練習試合になったけど、私はこれが新チームの一試合目で良かったと思っています。」


普段の私の口調から考えたらあり得ないくらい真面目なトーン。

キャラじゃないなぁ。話しながらそんなことを思った。


「相手は中学生。それも女子もいる混合チーム。……まぁ普通に考えたら負けないよね。」


――そして監督が元甲子園出場選手。

改めて思う。どれだけ個性的なチームなのだろう。……まぁチームのレベルは別として。


「……今後一ヵ月、どれくらいの試合数やれるか分からないけど、この紅白戦は継続的にやります。」


さっき先輩にはあんなことを言ったけど、何も先輩のことだけ考えているわけではない。私もれっきとした都立板東高校野球部の一員だ。役割的にもチームの為に何が出来るのか常に考えているつもりだ。


この夏、三年生が引退して、うちも他所を笑えないくらいの部員不足だ。それも他校との練習試合が出来ないくらい。


今年の夏の結果でネームバリューは上がったから来年春には人が増えると思うけれど、それまで経験が積めないのは避けたい。マネージャーとしてはそんな打算もあって、この舞台を整えたつもりだ。


「今日、これからやる試合は十中八九、負けない。……じゃあ一週間後は?……一か月後は?」


皆にそう問いかけるように言うと、皆一様にじりじりと目線を逸らし、遠くを見るような表情を浮かべた。


扇 賢吾おうぎ けんごは化物である。それは都立板東高校野球部の共通認識だ。

「当人は上には上がいるよ。」なんて言って謙遜するし、性格もプレイスタイルも地味。打撃は本塁打を量産するタイプではないし、守備も花形の二塁手セカンド遊撃手ショートみたいにワンプレイで観客を沸かせることもない。けれど彼が居なければ確実に今年のうちの躍進はなかった。


この夏、その更に上を行く化物と同じ舞台に上がったことで比較され、周りの感覚がマヒしているけど、同世代の野球選手の中では上位10%には入る能力はあると思う。


――そう。扇 賢吾おうぎ けんごはそれくらいの期間があれば、戦力差など意に介さず、ひっくり返すことができる。私も含めここに居るメンバーは彼がプレイヤーとして試合に参加しないにも関わらず、そんな想像が容易にできてしまう。


彼のそばで野球をやってきたことで身をもって体感してきたからそう思える。


「私たちは今年追いかける立場で夏を戦ったけど、来年からは立場逆転だよ。甲子園に出ちゃった以上、格上も格下も油断なんかしないで全力で来るんだから。……だから紅白戦だろうと、相手が中学生であろうと、女子が混じっていようと、徹底的に勝ちにこだわります。」


「夏は二度無い。」これは先輩が口煩く言っていたことだ。この一言に高校野球の過酷さが凝縮されていると思う。だから先輩も一戦一戦の勝敗にこだわっていた。


「勝ちは当然。負けたら相応にペナルティ。地獄の冬は覚悟してね☆」


焦らせるようなことを言った甲斐があった。皆の表情を見ると少しはスイッチが入ったように見える。


「……じゃ、後はキャプテンよろしく~。」


突然の振りにギョッとするキャプテンを横目にベンチに座る。


「……えぇ、と。……今、沢井さんが大体言っちゃったから言うことが無いんだけど……。……あ、あと沢井さん、さらっと言ったけどペナルティってマジ?」


「マジマジ。」


「……み、皆、冬は共に地獄を覚悟しようか……。」


「はいはい、キャプテンのいつもの入りましたよ。そんな調子でどうすんだよ。」


目を逸らして早くも諦めモードに入ってしまったキャプテンにツッコミを入れるのは時篤哉ことトッキ―だ。二人はバッテリーであることもあり、良くこんなやり取りすることがある。直ぐにネガティブな方向に行ってしまうキャプテンに能天気にフォローを入れるトッキ―は新チームの中心人物だ。


「で、でも扇さん居るから勝てる気がしないんだけど……。」


「……別にあの人は試合に出ないんだから中坊なんて余裕でしょ。」


そっぽを向きながらぶっきら棒に言い放つのは神場 竜朗じんば たつろう


「竜朗みたいに油断は禁物だけど、まぁいつもとやることは変わらないよね。」


「ああ?」


引き合いに出され、神場君が睨むのも気にせず、大日向 典義《おおひなた のりよし》が爽やかに微笑みながら言う。


「あ~あ、マネージャーが脅すから一年が緊張しちゃったよ。」


「す、すみません。今年の夏を経験したら沢井先輩の冗談がマジ笑えないっス。」


一年生を冷やかしたのは下司 猛士げし たけし。その横で返事をするのは音田 寛彰おとだ ひろあき。さらに音田君の意見に賛成するように首を縦に振り続けているのは白瀧 喜広しらたきよしひろ


――取り敢えず下司君は後で説教決定☆


「は~い。そろそろ相手も整列始めたんで新キャプテン、そろそろ締めてくださいー。」


そうこう話しているうちに相手チームが夏波ちゃんを先頭にベンチ前に並び始めたのが見えたので樋口君に締めを促す。


「……あ、あの子たちも事情があって扇先輩に頼んだんだろうけど、僕たちにとってもこの試合は新チームの一発目の大事な試合……です。……『夏は二度無い』口酸っぱく言われてきた言葉だけど、この先この試合を後悔しない為にも全力で勝ちに行こう!!」


「「おう!!」」


 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ 


「整列!!」


その掛け声と共に一塁、三塁ベンチ前から選手が飛び出してきた。

そんな様子を僕と沢井さんは横並びで本塁のやや後ろ、マウンドに正対する形で見ている。


本来なら試合前の整列を呼びかけるのは審判の仕事だけど、今回は紅白戦なので代理で僕が行っている。


本塁を挟み向かい合う形で両チームが並ぶ。


「じゃあ、改めてルールだけ確認ね。

①試合は四回まで、ただし最終下校時刻の十九時を超えそうな場合、別途調整。

②各プレイの判定はそのプレイの当事者で判断すること。両チームの意見が違った場合はジャンケンの勝敗で決めること。

③ストライク、ボールのジャッチは原則キャッチャーが行うこと。

まぁこんなところかな。細かい部分は僕と沢井さんで調整しながら進めます。」


「両チーム、質問とかはあるかな?」


「ないです。」


「だ、大丈夫です。」


「じゃあ、両キャプテン握手。」


そう言うと久遠さんと一樹かずきが一歩前に進み、握手を交わし、一礼と共に挨拶を行う。


「「よろしくお願いします!!」」


それに一拍遅れ、両チーム総勢十四名が一斉に挨拶を交わし、後攻の都立板東高校のメンバーが守備位置に散っていく。先発投手のトッキ―が淡々と投球練習をしている後ろでは野手間での簡単な守備練習が行われている。


普通と違うのは三塁手サードである下司、一塁手ファーストの神場の守備位置がかなり左翼レフト右翼ライトに寄っていること。

そして中堅手センターの音田が同様に右翼ライト付近に寄っていること。


そう。この試合の肝となるのがこのポジショニングだろう。野球は九人で守備位置が埋まる。それが人数の関係で二名分足りない。だから各ポジションで二つ分のポジションを穴埋めする必要がある。それ故のこのポジショニング。


この体制では各ポジションが通常ではありえない動きをすることになる為、普段以上の判断力、運動量、頭脳プレイが求められる。そして何よりこの試合の特性上、守備側が圧倒的不利になる。だからこそ毎回の攻撃でどれだけ点を取れるか、そこが勝負の分かれ目だろう。


「果たしてどこまで喰らいつけるか……。」


そう呟きながら打席付近に視線を移すと先頭打者の新山さんがやや緊張した面持ちで打席に入っていった。


――試合開始プレイボール

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