第42話 分かりにくい関係
相変わらずウィスとキースの食欲は凄まじい。
追加でソーセージを焼き始めたティアナに、クレマンが声を掛けた。
「終わったら座ってください。少しお話したいことがあります」
汚れた皿を片づけたテーブルの上には、焼きたてのソーセージと並んだワイングラス。
ララがソーセージをとりわけ、キースが全員にワインを注ぎ足した。
「どうしたの? 今日はなんだか話があるって言われてばかりよ」
ティアナがエプロンを外しながら席に戻った。
ララが聞く。
「他にもそんなこと言われたの?」
ティアナが頷きながらキースを見た。
「キースもなの? それでクレマン様のお話しというのは?」
クレマンが口に含んだ赤ワインをコクッと嚥下する。
「私から言うということですね。わかりました」
クレマンは数秒だけ目を閉じた。
「まず最初にお聞きします。今回の件は『トマス』を助けたいと始めたことなのでしょうか? それとも『シェリー』か『サム』か。それによって結果がかなり変わります」
キースがそっと俯いた。
頭取が口を挟む。
「キース様はどこまでご存じなのですか? ウィスさんは?」
ララが声を出した。
「キースはティアナの素性を知っていますが、今回の件は知りません。ウィスはその逆です」
ウィスがララの顔を見た。
「ティアナの素性? なにそれ」
ティアナが口を開く。
「ウィスはララと結婚するのよね? それは何があっても変らない?」
「もちろんだ。例えララが犯罪者で逃亡中だと言われても、この気持ちは変わらない。もし追われているなら、一緒に逃げることを選ぶよ」
「ありがとう」
ララが照れた顔をした。
ティアナが続ける。
「うん、それなら安心だわ。実は私……今はこうやって平民だけど、本当はこの国の王女なの。マリアーナ・アントレット。これが私の名前よ。あなたも知っているでしょう? この国のルール。正妃が産んだ子供以外は王子であれ王女であれ、資金調達の道具として扱われるの。私の母は側妃よ。言い換えると私は商品だったの。現にランドル・エクスという元侯爵の元に嫁いだわ。ランドルは高齢で、少し変った趣味を持っていたから、私には何の興味を示さなかった」
ウィスが目を見開いている。
「ここまでは良い?」
「ああ、ティアナが王女だったってことは理解した。それで? ティアナが今ここにいるということは、逃げてきたの? その侯爵様のところから」
「違うわ。彼は亡くなったの。それで円満離婚だったのだけれど、ほんの二年の事だし、私が嫁いだのは19歳の時だから、まだ商品価値はあると言われる恐れがあるのよ。連れ戻されるとまたどこかに売られるのだと思うわ。新王はまだ若いから、正妃以外の子供がいなくて……分かり易く言うと商品の手持ちがないってこと」
「酷い話だな……それで身分を偽って平民として暮らしてるってことか……大変だったな、ティアナ。君の上品さとすぐに人を信用する理由がわかったよ。うん、本当によく頑張ったな」
ウィスは感動したように何度もコクコクと頷いている。
ララがニヤッと笑った。
「それだけじゃないの。マリアーナ王女の母君は隣国オース伯爵家よ。ここにいるクレマン様の主家よね。でも本当のマリアーナ王女はティアナじゃないわ。ティアナは身代わりとしてエクス家に売られていったのよ。でも彼女が王女というのは本当のことよ? 彼女の本当の名はティナリア・アントレット。21番目の王女よ」
ウィスが顔を顰めた。
「いっきに分からなくなった」
ララが新聞紙を持ってきて、クレヨンで相関図を描き始めた。
すべて知っているクレマンとキースは冷静に見ているが、前段しか知らなかった頭取は、覗き込むようにしてララが走らせるクレヨンの先を追っている」
「ということなのよ。複雑だけど図式化すれば簡単でしょ?」
ウィスがララに聞く。
「要するにここがティアナの母親の実家ってことだよね? そこまではなんとなくわかったよ。ララは? ララはどこからティアナと一緒なの?」
「私はここからよ。私の雇い主はオース家だったわ。今は退職してるけどね。そしてティアナを逃がすために、エクス家に替え玉として残ったのよ。今私が持っている財産は、全てこの時に稼いだものよ。侯爵に買い与えられたドレスとか宝石とかを売却したお金だと思って貰えばいいかな」
「……ララ。お前も苦労してきたんだな。僕が必ず幸せにしてみせるから」
ウィスのリアクションを聞いていたティアナが、嬉しそうな顔で何度も頷く。
言われたララは表情も変えていない。
ウィスはララの顔から視線を外し、ティアナに向かって聞いた。
「要するに、ティアナちゃんはティナリアっていう王女様だったけど、マリアーナっていうお姉さんの代わりをしてたってことだよね? そしてララが囮になって逃げてきた。これで間違いない?」
「ええ、そうよ」
「なぜお姉さんの身代わりになったのかと言うと、貧しくて食べるのも困っていたからってことか……。なんというか王家も酷いことするよね」
「でも他の側妃様達はご実家がしっかりしているから問題にもならなかったんじゃない? うちの場合は平民で、たまたま王様が通りがかってっていう感じでしょ? 当て逃げされたようなものだから」
「それにしてもさ。連れて帰って側妃にまでしたんだ。責任はとるべきだよね」
キースが声を出した。
「この国の王家は代々そうやって稼いでいたんだ。大規模なパーティーが開催されるたびに、王子か王女が一人二人といなくなる。実情はみんな知っているけれど、誰も口には出さない。私もその一人だということだね。情ないよ」
ティナがキースに明るい口調でいう。
「キースがそういう気持ちになるのはわかるわ。でも売られる側の私たちも、いずれはそうなるって分かっていて何もしていなかったの。なんて言うかな……養鶏場の鶏の気分?」
「その例えは言い得て妙だが……そう言い切る君の心情を慮ると切ないね」
悲しそうな顔でティアナを見るキースだった。
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