第33話 シェリーの告白 2

 シェリーが小さく頷いた。


「お嬢さんが妊娠したって。サムの子供だから責任をとらせるって言われて、私はもうどうして良いか分からなくて、バカだから誰にも相談できずに泣いてばかりいたの。そのうちにお嬢さんとサムの結婚式が執り行われたと聞いて……絶望して……命を断とうと思ったけど私には母がいるでしょう? 病弱な母を残して死ぬわけにはいかないもの」


「きっと妊娠は噓ね。既成事実があったとしても媚薬でも盛られたんじゃない?」


「妊娠は噓だった。サムが婿に入ってからは弁護士も銀行も全く来なくなったわ。来たのはたった1枚の通知書よ。次期商会長の夫が全ての弁済を完了したと書かれていて……もうどうしようもなかった」


 トマスが言う。


「その頃だよ、僕が遠征から帰って来たのは。長期出張だったから休暇が貰えて、シェリーの店に顔を出したんだ。サムの家に泊めて貰えば良いかなって軽く考えてさ。戻ってみたらシェリーが窶れ果てていた。事情を聞いたら……とんでもない話だろ? だから僕はその商会に談判に行ったんだよ」


 ララが呆れた顔で言う。


「正面突破は無謀よ。どうせ相手にもされなかったんでしょ?」


「うん、むしろ営業妨害だと言われて警備隊に引き渡された。休暇中に拘留されたのが雇い主に知られてさ。保釈金を払ってくれて、拘留は解かれたんだけどクビだと言われたよ。でも退職金は払ってくれて、サムが貯めていた金と僕の退職金で、店の改装は計画通り実行したよ。とにかくシェリーを立ち直らせないとって思ったんだ。お母さんも心配して具合が悪くなるし、今にも死にそうな顔で店に立っても売れるわけがないだろ? 売り上げも落ちてきて、何とかしないといけないって」


「なるほど、改装期間を設けて店のイメージを変ええるのは正解だよ」


 ウィスが何度も頷きながら言った。

 ララがシェリーの手を握りながら聞く。


「サムとは再会できたの?」


「うん、サムがお嬢さんと結婚して2年経ったころだから、今から3年前かな。ふらっと一人でお店にやってきたの」


 トマスが続けた。


「その頃僕は警備隊に入っていたから、知らせを貰ってすぐに駆けつけたんだ。サムの奴、酷い顔色で今にも死にそうなくらいだったよ。サムが罠にはめられて、シェリーを守るために自分を犠牲にしたことは分かっていた。でも本人の口から事情を聴きたかったんだ」


「当然ね。私でもそうするわ」


 ララが同意する。


「既成事実というのも噓だったよ。サムはシェリーを人質にしていると言われたそうだ。このまま娼館に売り飛ばすと脅されて、結婚に同意したそうだ。サムに捨てられたシェリーは店をたたんで行方不明と聞かされたらしい。確認のために人を遣ったけど、改装していたという報告だろ? 絶望したって言ってたよ」


「絶望してそのお嬢さんとやっていく決意をしたってこと?」


「サムがそのお嬢さんとどんな暮らしをしていたのかは知らないけれど、きっと一緒にいるのは嫌だったんだろうな。1年ほど勉強と称して支店巡りの旅をしていたんだってさ。それで久しぶりに自分の家に戻ってみたら、シェリーブレッドっていう看板だろ? それで店に駆け込んだらしい」


 ララが顎に手を当てて頷いた。


「なるほど、それでお互いの事情が分かって縒りが戻ったってことね? でもトマスはなんでシェリーと一緒に住んでるの? 誤解されても仕方がない状況よ?」


「うん、わざと誤解させているんだ。やっと戻ってきた夫は相変わらず靡かないし、シェリーがいることも知られてしまったお嬢さんは焦ったんだろうね。質の悪い奴らを寄こして店を潰そうとしたんだ。だから表向きはシェリーと僕は同棲していて、もうサムとは切れているということにした。まあ、僕は住むところも無いし、サムの家を拝借してるだけなんだけど」


「なるほどね。うんうん、わかるよ」


 ララの鋭い視線からトマスを庇うように言った。


「店の改装は良いとして、二階の改装もしたの? だとしたら本当に同棲じゃない」


 トマスが慌てて言う。


「二階の壁は抜いてない! 信じてくれ。僕はシェリーの店に帰っているけれど、飯食ったら裏口からサムの家に帰ってる。本当だよ、なんなら確認してくれてもいい! 頼むよティアナ、僕を信じて!」


「なぜティアナ限定?」


 ララが揶揄う。

 シェリーがクスっと笑った。

 ティアナが真剣な顔で言う。


「トマス、私はあなたを信じるわ。今まで避けた態度をとってごめんなさい。私はシェリーさんと暮らしているのに、いつまでも入籍しないあなたを不誠実な人だと思ってたの。誤解だった。確認もせずに勝手に想像して、勝手に苦しんで、勝手に怒ってた。ごめん……本当にごめんね」


 トマスが慌てて言う。


「僕の方こそ何も言わなかったんだから。でも信じてくれて嬉しいよ。僕の方こそごめんね、ティアナ。でも苦しんだって……ティアナ?」


 ティアナが真っ赤な顔で俯いた。

 畳みかけようとするトマスをウィスが止めて、静かに首を横に振った。

 ララが冷静な声で言う。


「シェリーさん、その下衆な商会の名前は?」


「グルー商会よ。二番街に本店があるわ」


「グルー商会ね。わかったわ」


 ララがティアナの顔を見た。

 ティアナがう頷いてシェリーとトマスの顔を見る。


「潰すわ。ララ、明日クレマンを呼んでちょうだい。それと商会の取引先一覧も必要ね」


「わかりました。明日の午前中には揃えます」


 ウィスとトマスとシェリーが呆気に取られている。

 そんな三人を無視してティアナは立ち上がった。


「シェリー、サムさんには連絡が取れるの?」


「私からは無理よ。ただ待つしかない状態だわ」


 ティアナがララの顔を見る。


「お任せください」


 頷いたティアナが宣言するように言った。


「二か月後にはこの王都からグルー商会という名は消えるわ」


 当然という顔をするララと、何を言っているのかわからない三人。

 妙な空気を換えようと、ウィスが声を出した。


「まあ二人とも怒るのはわかるけど、あまり危険なことはしないでね? 特にララは僕のお嫁さんになるんだよ? 無茶はダメだ。ティアナの誤解も解けたことだし、そろそろお開きにしようか。明日も仕事だもんね?」


「そうね、そうしましょう」


 シェリーが立ち上がる。

 トマスは心残りがあるようにティアナを見たが、拳を握って鼻息を荒くしている彼女に声を掛けることはできなかった。


 三人は帰っていき、ティアナとララが残る。

 当然のように作戦会議が始まった。

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