第32話 シェリーの告白

「そりゃ第二は容姿と実力が無いと入れない花形部署だし、王宮と教会の両方から給料が払われるから、別宅くらい簡単に借りれるだろうさ。しかも貴族だってんだから尚更だ」


 シェリーがトマスの顔を驚いたように見た。


「何言ってんの。そんな第二から誘われたのに、蹴ったのは自分でしょう?」


 ティアナが目を丸くした。


「え? トマスってキースと同じ第二に勧誘されるくらい優秀なの?」


 苦笑いをするトマス。


「優秀かどうかは知らないけれど、確かに誘いは受けたよ。でも僕は平民だし出世の道は無いよ。それに第二に入ると遠征が多いんだ。僕はこの街が好きだからね、ここを守りたい」


 ララが冷めた声を出す。


「シェリーさんと離れ難いって感じ?」


 知ってるくせにわざと挑発的な発言をしたララ。

 ティアナとウィスは顔を見合わせた。


「それは違うわ……違うって言うか、確かにトマスには守ってもらってる。でも理由が違うのよ……みんな好き勝手な噂をしていることは知ってるけれど、あなた達だけは、トマスを信じてやって。お願いだから」


 ララがシェリーに言う。


「何か事情がありそうね。実は今日はそれを聞かせてもらいたくて招待したの。内容によっては助けることができるかもしれない」


 シェリーが弾けるように顔を上げた。


「うん、わかった。全部話すね。でもそれは私が助けてほしいからじゃなくて、トマスを誤解して欲しくないからよ」


 シェリーの空いたグラスにウィスがワインを注ぎ足した。


「トマスと私とサムの三人は、父親がいない子供で家も近所だったわ。幼馴染っていう関係ね。私たちは毎日教会に行って読み書きを教わったり、山に入って茸や木の実を拾うような毎日を送っていたの。トマスが一番お兄ちゃんで体も大きかったし力も強くて、私とサムはいつも守ってもらってた」


 トマスらしいなとティアナは思った。


「私のお店があるでしょう?あそこは元々はサムの家があったの。私の家はその隣で、今は一階を作業場にして、二階にトマスが住んでるわ」


 ここまではララの情報と一致していた。


「私たちが働く年になった頃、大通りの拡張工事が始まって、トマスの家は立ち退かなくてはいけなくなったの。トマスのお母さんは亡くなっていたから、トマスは立ち退きに応じたわ。自分は貴族の家で護衛騎士をやるから家はいらないんだって言って……立ち退き料を私に渡してパン屋をやれって言ってくれたのよ」


 シェリーだけが話し、トマスはバツが悪そうに聞いていた。


「最初は固辞したのだけれど、自分は稼げるからって……いずれ返すつもりで借りることにしたのよ。それに私にパン焼きを仕込んでくれたのはトマスのお母さんだったから、少しは恩返しにもなるかなって思って」


 シェリーがワイングラスを手に取り、のどを潤した。


「トマスがいなくなって、私とサムは寂しかったけれど頑張って働いたわ。サムは頭が良くて読み書きも計算も得意だったから、中心部の商会に就職できたの。隣同士だったし、サムも独りぼっちになっていたから、母と私の家で暮らしていたようなものね。自分の家には寝に帰るだけって感じだ。そのうち私たちは……」


 ララが代わりに行った。


「恋人になったのね? どうしてすぐに結婚しなかったの?」


 シェリーが悲しそうな顔をした。


「そうよ。私たちは恋人同士になったの。とても幸せだったわ。パン屋も順調で、サムの家の一階を作業場にして店を大きくして。二階の壁を抜いて二軒分の広さにすれば、子供ができても困らないねって……そんな話をして……とても幸せで……」


 シェリーがぽろぽろと涙を溢す。

 その後はトマスが続けた。


「僕は王宮を挟んで北側にある貴族の屋敷に雇われて、騎士寮に入っていたよ。シェリーもサムもよく手紙をくれたから、二人が付き合い始めたのも、結婚を考えているのも知っていた。結婚祝い代わりに改装費を手伝ってやろうなんて考えてさ。休みもあまりとらないで働いていたんだ。金を稼ごうと思ったから……でも、あの頃に頻繫に帰っていればこんな事にはならなかったんだ」


 悔しそうな顔でトマスが拳を握った。

 少し落ち着きを取り戻したシェリーが、再び口を開く。


「サムはお給料のほとんどを貯めていて、私もできるだけ節約して、もう少しで改装費が準備できそうだったのに……サムを見染めた商会のお嬢さんが……結婚しないならうちの店に材料が入らないように圧力をかけるって脅したのよ」


「酷い話だ」


 ウィスが憤っている。


「サムは断って商会も辞めるって言ってくれた。でも、彼はお嬢さんの罠に嵌ってしまったのよ。サムが売上金を抜いて私に渡している証拠が見つかったから訴えるって。嫌なら店を手放して弁済しろって弁護士って人が来たの。銀行の人も一緒だったわ」


 ララが聞く。


「それって王都銀行?」


 シェリーが頷いたと同時に、ティアナとララがニヤッと笑った。


「サムは商会に軟禁されていて、相談もできなかった。トマスに会いに行ったけれど、遠征に出ていると言われて……とにかくサムを犯罪者にするわけにはいかないと思って、私はお店を手放す覚悟を決めたわ。でも……」


「既成事実でも作られちゃった?」

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