第14話 この気持ちは?
斜め掛けの鞄以外の荷物をすべてトマスに持たせてしまっているティアナは、急いで自宅の鍵を開けた。
「ここでいいかな?」
「ありがとうございました。あの後もたくさん買い物しちゃって……ごめんなさい」
「どういたしまして。僕も久しぶり愛らしいお嬢さんと歩けて幸せだったよ」
「そんな……」
再び林檎のようになるティアナに手を振りながら、トマスが店を出た。
「始まったら食べに来るね。楽しみにしているよ」
「はい、その時には是非ごちそうさせてください」
その声には返事をせず、明るい笑顔だけを残して去るトマス。
「私……どうしちゃったの?」
買い物を片づけていても、トマスに勧められて買ったサンドイッチを食べていても、たっぷりの湯に身を沈めてみても、ティアナの胸の鼓動は落ち着こうとしない。
「私が食事を残すなんて……」
とても結婚適齢期の女性が呟く言葉とは思えないが、事実は事実。
食欲がないわけでは無いのに、胸がいっぱいで入っていかないのだ。
無理やりお茶で流し込んだが、遂に半分食べたところで諦めた。
「明日の朝ごはんにしよう」
そこは食うや食わずの日々を経験したティアナだ。
廃棄という選択肢は無い。
ベッドに潜り込んだが眠れない。
レモンイエローのカーテンの隙間から見える夜空をじっと見続けてしまうのだ。
「ダメだ……眠れない……」
ティアナは諦めて起き上がった。
カーテンを開けて店前の通りを見ると、まだ人通りがある。
この街は眠らないのかもしれない……
独りぼっちの宮で、空腹を抱えてじっとしていた夜を思い出す。
耳の奥でキーンという音がずっと鳴っていたあの頃は、誰かと笑い合って街を歩くなど、考えたことも無かった。
「生きるのに必死だったものね」
今夜も一人だが、あの頃の一人とは全然違う。
「明日も頑張ろう。おやすみなさい」
誰を想像して紡いだ言葉なのかはティアナしか知らない。
この家で過ごす初めての夜は、ゆっくりと深まっていった。
「おはようございます、ルイザさん」
ティアナがお隣の床屋に顔を出した。
「あら! おはよう。よく眠れたみたいね」
「はい、お陰様でぐっすり眠れましたし、しっかりご飯も食べました」
「それは良かった。ところでどうしたの?」
「ええ、実は……」
ティアナがルイザに相談したかったのは、店のテーブルセットを入れ替えようと思ったからだ。
今あるのも決して悪いわけでは無いが、少し豪華すぎると感じていた。
昨日サミュエルが連れて行った店の椅子が理想だが、何処に行けば買えるのかがわからない。
「家具やね? 庶民的なものだったらこの先にあるけれど……後はオーダーするという方法があるわ。少し割高にはなるけれど、イメージ通りに作れるし。そうそう変えるものでもないから、納得できる方がいいかもよ?」
「オーダーできるのですか?」
「うん、幼馴染が家具職人やってるから紹介するわよ?」
「是非お願いします」
「多分昼頃に来るから話しておくわ。今日はいる?」
「買い物に出ますが、お昼には戻るようにします」
ルイザに何度も礼を言って歩き出すティアナ。
今日は食材を中心に見て回るつもりだ。
「よお、昨日も来たお嬢さん。今日は蕪が安いよ」
「おはようございます。本当にきれいな蕪ね。五個下さい」
「へいまいど! 他にも買い物があるんだろう? 届けようか?」
「えっ! 配達してもらえるんですか。助かります」
店の位置を教えてお金を払う。
この価格が適性なのかどうかは、今のティアナにはわからない。
配達してもらえるとわかったティアナは、安心して玉葱と人参も購入した。
「蕪といえば鶏肉よね」
八百屋の斜め前の肉屋を覗く。
天井からぶら下がっているベーコンやソーセージもおいしそうな艶をしている。
とりあえず鶏肉のモモ部分を5羽分と、ソーセージを一連購入した。
ここも配達をしてくれるらしいので、店の場所を伝えた。
お金を払って店を出ると、後ろから声を掛けられた。
「昨日の迷子のお嬢さん、ご機嫌はいかがですか?」
「トマスさん! 昨日はありがとうございました」
「今日も買い物かい? それにしても荷物がないね」
「ええ、八百屋さんとお肉屋さんがとても親切で、配達してくださるって」
「なるほど。肉はここだね? 野菜は? あそこ?」
「はい」
「ちょっと一緒においで」
トマスはティアナの手を取って肉屋に入っていく。
「よお! 商売繫盛で何よりだ」
「ああトマスさん。いつもありがとうね。あんたたちのお陰で安心して商売できるよ」
「そんなことはお安い御用だ。今日は僕の友人を紹介しようと思ってね」
トマスがティアナを自分の前に押し出した。
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