第38話 責任の取り方
「責任を取るって、具体的には何をなさるんですか?」
エイブラムさんが何を言おうとしているかは大体予想が付くけど、もしかしたら私が考えている事とは違うかもしれないわ。
そう思って尋ねてみたけど、返ってきた答えはやはり私が思っていた通りの言葉だった。
「勿論、責任を取って結婚いたします」
…ああ…
やはり私が一番聞きたくなかった答えだわ。
元いた世界と貞操観念が違うのはわかるけれど、たかだかキスをしたくらいで『責任を取って結婚』と言われても戸惑いしか感じないわ。
それに衆人の目前でならともかく、身内しかいなかった場所で、私から一方的にしたキスなのよ。
そこにエイブラムさんの意思はなかったのだから、責任なんて言われても困るわ。
私は落ち込みそうになる気持ちを立て直して、優雅に見えるように微笑んだ。
「エイブラム様のお気持ちはわかりました。だけどお断りさせていただきます」
私が断るとは思ってもいなかったらしく、エイブラムさんは酷く驚いている。
「何故ですか。私はアリス様に刃を向けただけでなく、あのような行動までさせてしまいました。どうかその責任を取らせてください」
…エイブラムさんって本当に真面目な人なのね。
普通なら「責任を取らなくていい」って言ったら、「ラッキー」とばかりに喜ぶものなのにね。
今の王女という立場では難しいかもしれないけれど、出来れば結婚はお互いに愛し合った人と結婚したいわ。
エイブラムさんには責任ではなく、私を好きになってくれて、プロポーズをされたい。
「私に刃を向けたのだってグレンダさんに操られていたからだし、キスだって解呪の一環として行っただけですわ。だから責任を取っていただかなくて結構です」
エイブラムさんを安心させるように笑ってみせたのだけど、どうしてそんな傷付いたような顔をするのかしら?
「ですが、アリス様。それでは私の気が済みません」
「気が済まないと言うのならば、これからの業務で示してください。それにエイブラム様が責任を取ると言われてもお父様もお兄様も許可をされないと思うわ」
お父様とお兄様の話を持ち出すと、エイブラムさんは心当たりがあるらしく、口を噤んだ。
「エイブラム様。私はどうせ結婚するならば、出来れば思い合った方と結婚したいです」
そう告げてニコリと微笑むと、エイブラムさんは軽くため息をついた。
「わかりました。すべてはアリス様の御心のままに…」
エイブラムさんが立ち上がると同時に侯爵夫妻も立ち上がって暇を告げた。
あの様子だと、これからお父様の所に赴いて処罰を申し出るんでしょうね。
エイブラムさん達が出て行ってしまうと張り詰めていた神経が緩んでしまったようでポロリと涙が溢れてきた。
「アリス様、とうされました?」
セアラが慌ててハンカチを私に差し出してくれる。
すぐに泣き止むつもりだったのに、何故か涙が止めどもなく溢れてくる。
…責任を取るなんて…
そんな言葉を言って欲しくてエイブラムさんにキスをしたわけじゃないのに…
いつまでも泣き止まない私をセアラは黙って背中を撫でてくれる。
ようやく落ち着いた頃になって、セアラが話しかけてきた。
「アリス様はエイブラム様がお好きなのですね」
ズバリと言い当てられて、そんなに態度に出ていたのかとセアラを見ると、母親のように優しく微笑まれた。
「アリス様はクリスティン様によく似ていらっしゃいます。エイブラム様が好きだからこそ、『責任を取る』と言われたのが悲しいのでしょう」
セアラの指摘にコクリと頷くと、昔を懐かしむような遠い目をした。
「クリスティン様もあなたのお父様である国王陛下がお好きでした。だからこそ、政略結婚ではなく恋愛結婚がしたいと国王陛下に進言されたのです。初めは鬱陶しがられていた陛下も気がつけばクリスティン様にぞっこんになっておられました。アリス様もまだ諦めるには早いんじゃありませんか?」
セアラの話はただ、ただ私を驚かせた。
お父様とお母様は最初は政略結婚だったの?
だからこそ、コーデリアさんが割り込んで来ようとしたのかしら?
「ありがとう、セアラ」
そうよね。
まだ、私とエイブラムさんは出会って間がないのだから、これからいくらでも恋に発展出来るはずだわ。
私は気を取り直して、セアラにお茶を入れてもらった。
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