第37話 エイブラムの謝罪

 騎士団長室を出て私の部屋に戻る道すがら、お父様もお兄様もどんよりと暗かった。


 あんなキスくらいでこんな状態になるのならば、私がお嫁に行く時は一体どうなっちゃうのかしらね。


 私の部屋の前まで来ると私はお父様とお兄様に、暇を告げた。


「私はお部屋で休んでおりますわ。お二人共、さっさとお仕事に戻ってくださいませ」


 ニコリと告げるとお父様とお兄様は驚愕に身を震わせている。


「アリス、あんな目にあったお前を一人にはしておけないよ」


「アリス、仕事よりもお前の方が大事に決まってるじゃないか」


 二人共、どうにかして私と一緒に居たいみたいだけれど、そうは問屋がおろさないのよね。


 ほら、後ろから宰相と文官が忍び足でこちらに近寄って来てるわ。


「陛下! あれほどすぐにお戻りくださいと申したはずです」


「アンドリュー王子。早くしてくださらないと今日の仕事が終わりません!」


 お父様とお兄様は宰相と文官に引っ立てられるようにして連れて行かれちゃったわ。


 私はお二人にヒラヒラと手を振ると部屋に入ってソファーに腰を下ろした。


「アリス様、お休みになるのではなかったのですか?」 


 セアラが気づかしげに聞いてくるけど、流石に三日も寝ていたのに、これ以上は寝られないわ。


「お父様達に邪魔されずにゆっくりしたいから、そう言っただけよ」


 それはそうと、グレンダさんはどうしているのかしら?


 それだけでもお父様に聞いておけば良かったわ。


「セアラはグレンダさんが今どうしているのか知っているの?」


 グレンダさんの名前を聞いた途端、セアラがピクリと反応する。


「魔術師団長によって魔導具で拘束されていると聞いております」


 魔導具で拘束ねぇ。


 逃げ出されないようにするにはそれしかないんでしょうね。


「グレンダさんの事情聴取はどうなっているのかしら?」 


「アリス様、あの女に敬称は不要です。事情聴取についてはどうなったのかは聞いておりません」 


 セアラったら、グレンダさんにはかなり不満を持っているわね。


 グレンダさんに関しては後でお父様に聞いてみましょう。


 のんびり読書をして過ごしていると、扉がノックされた。


 誰かが訪ねて来るとは聞いていないので。セアラが取り次ぎに向かった。


 訪問者と少し言葉を交わした後で、セアラがこちらに知らせに来る。


「アリス様、エイブラム様とジェンクス侯爵夫妻が謝罪に来られていますが、いかがなさいますか?」


 えっ、もう?


 私としてはもう少し日をおいて来るのかと思っていたので、突然の訪問に戸惑ってしまう。


 だけど、わざわざ来てくれたのに無下に断るのも申し訳ないわね。


「会いましょう。こちらに通してちょうだい」


 セアラが扉を開いて三人を案内してくる。


 エイブラムさんがしっかり歩いているのを見ると、少し安心した。


 エイブラムさんは私の眼の前に来ると、そのまま跪いて土下座をする。


 ジェンクス侯爵夫妻もエイブラムさんに習って床に膝をつく。


「アリス様。この度は誠に申し訳ございません。如何様な処罰でもお受け致します」


 エイブラムさんが謝辞を述べて深々と頭を下げると、ジェンクス侯爵夫妻もそれに習って頭を下げる。


 エイブラムさんはともかく、ジェンクス侯爵夫妻までもが頭を下げるのは勘弁してほしいわ。


「御三方共、頭をあげてくださいませ。謝罪は受け取りましたわ」


 セアラが三人を立ち上がらせてソファーへと誘導する。


 三人共、ソファーに座るのを躊躇っていたけれど、そこは王女命令として座ってもらったわ。


 私の正面に座ったエイブラムさんの唇に目が行って、先程のキスを思い出してちょっと照れてしまうわ。


 エイブラムさんは私を見据えた後でまた深々と頭を下げる。


「アリス様。両親から聞きました。私を目覚めさせる為にアリス様が私にキスをされたと。どうか私にその責任を取らせていただけませんか」


 エイブラムさんにそう言われて私は悲しくなった。


 責任を取るって…。


 そんな言葉だけは聞きたくなかったわ。

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