第35話 エイブラムの現状
とりあえず着替えをするためにお父様達には部屋の外に出て行って貰った。
「アリス様、申し訳ございません。この度の件についてはいかような処罰でもお受けいたします」
着替えをするよりも先にセアラは床に跪いて私に謝罪をしてくる。
セアラを処罰?
そんな事は微塵も考えていなかったわ。
「ちょっと待って、セアラ。私はあなたに処罰なんて与えないわよ」
「ですが、私がもっと気を付けていれば、あの本に仕掛けがしてあったと気付けたはずです」
セアラはそう言うけれど、あの本にはきっと私が触れなければ発動しないような仕掛けがしてあったはずだ。
「セアラ、お願いだからもう気にしないで。どうしても罰則が欲しいって言うのなら…」
そう言うとセアラは跪いたまま、姿勢を正した。
「セアラには罰として一生私の側にいる事、いいわね」
「アリス様…。わかりました。一生お側に仕えさせていただきます」
セアラは深々とお辞儀をすると、サッと立ち上がり私の着替えを手伝ってくれた。
着替え終わって部屋の外に出ると、お父様とお兄様が待ち構えたように私の両手を取った。
「おまたせいたしました。それではエイブラム様の所に案内してくださいませ」
お父様とお兄様にエスコートされてエイブラムさんが眠っている部屋への向かう。
エイブラムさんは今、騎士団長室の横に設えてある寝室に寝かされているそうだ。
扉の前には警備の騎士が二人立っていたが、私達が揃って現れたので非常に驚いていた。
騎士が開けてくれた扉を私とお父様とお兄様、そしてセアラが部屋の中に入る。
それなりに高価ではあるがシンプルな造りのベッドにエイブラムさんが横たわっている。
枕元にある椅子には侯爵夫人が座り、その傍らにはジェンクス侯爵が立っている。
お二人共、目覚めないエイブラムさんを心配そうに見つめているが、私達が入って来た事に気付いて侯爵夫人が慌てて立ち上がり、ジェンクス侯爵も私達に向けて腰を折る。
「これはこれは。陛下自らこちらにいらっしゃるとは…。アリス様はお目覚めになられたのですね。息子も早く目覚めて事情聴取が出来ればいいのですが…」
「ジェンクス侯爵。そんなにかしこまらなくとも良い。それよりエイブラムに変化は無いのか?」
「はい。一向に目覚める気配がありません。回復魔法をかけても何の変化も見られないのです」
ジェンクス侯爵がグッと唇を噛み締め、侯爵夫人も悲しそうに俯くだけだ。
お二人共、目の下に隈が見えるからエイブラムさんに付きっきりであまり眠られていないのだろう。
私がベッドに近寄ると侯爵夫人が、先程まで自分が座っていた椅子を私に勧めてくれた。
「ありがとうございます」
お礼を言って腰掛けると、すぐ側に眠っているエイブラムさんの顔が見えた。
こうして眠っているエイブラムさんの顔を見るのは初めてだわ。
もっと違う形でこの寝顔を見れたら…
いけない!
こんな不謹慎な考えをしてちゃ駄目ね。
目も口も固く閉じられたまま、規則正しい呼吸だけが、エイブラムさんが生きている事を告げている。
エイブラムさんの唇を見て、不意にあの時のグレンダさんとのキスを思い出した。
グレンダさんがキスでエイブラムさんを操っていたとしたら、またキスで解除が出来る?
そんな考えが頭に浮かんだけれど、私はエイブラムさんにグレンダさんとキスをして欲しくない。
子供の頃に読んだお伽話で王子様のキスで白雪姫は目を覚ました。
じゃあ、王女である私がエイブラムさんにキスをしたら?
そんな突拍子もない行動を許されるような環境でないのは十分承知している。
だけどエイブラムさんや侯爵夫妻にこれ以上辛い思いをさせたくはない。
ダメ元でやってみてもいいわよね。
これでエイブラムさんの意識が戻らなくても、彼とキスをしたという事実だけは残るなら、私にとっては役得だわ。
だけど記念すべきファーストキスを人前でやるなんて…
いや、キスじゃなくて人工呼吸だと思えば…
「皆様。私がこれからすることを黙って見ていてください」
そうまくし立てた私は、すかさず立ち上がるとエイブラムさんに覆いかぶさり、その唇にキスをした。
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