第32話 グレンダとの対峙

「…ここは?」 


 目を開けると見知らぬ天井が飛び込んできた。


 ここは何処だろう?


 どうして私はこんな所にいるんだろう?


 混乱する頭を必死に整理して先程までの自分の行動を思い返してみる。


 …確か部屋でグレンダさんに貸してもらった本を開いていて…


 眩い光が本から発せられた途端、意識がなくなったのを思い出した。


 あの時、セアラも一緒にいたのに…


 まさか、セアラも一緒にここに連れ去られたのだろうか?


 体を起こそうとして、自分の両手が縛られている事に気が付いた。


 足は何もされていなかったのでホッと息をつく。


 それでも何とか自由の利かない手で体を起こすと、何も無いガランとした部屋に閉じ込められているのがわかった。


 ぐるりと部屋の中を見回すが、出入り口用のドアがあるだけで、窓がない。


 元々窓のない部屋なのか、或いは地下室かもしれない。


 窓が無くても明るいのは、天井に埋め込まれた照明用の魔石があるからだ。


 セアラの姿がない所を見ると連れ去られたのは私だけなのだろうか?


 それならば、セアラからお父様達に私が連れ去られた事の連絡が行っているだろう。


 グレンダさんに借りた本から光が発せられたという事は、彼女が私の連れ去りを計画したのだろうか?


 そもそも何故、私を連れ去ったりしたのだろう。


 お父様達の交渉材料として人質にするためなのかしら?


 この世界に転移して日が浅いとはいえ、あれだけ私を溺愛している様子を見れば、交渉材料にされるのも無理はないわね。


 最も溺愛しているからと言って、交渉が成立するとは限らない。


 もしもの時にはバッサリ私を切り捨てる覚悟があるのかもしれないしね。


 とりあえず扉に近付いてドアノブを捻ってみるが、ご多分に漏れずしっかり鍵が掛かっていた。


 あちこち壁を叩いて見たが隠し扉なんて物も見つからない。


 私は諦めてペタリと床に座り込んだ。


 これからどうなるのかはわからないが、またしてもお父様達に迷惑をかけてしまった事が心苦しくて仕方がない。


 どのくらい時間が経ったのかわからないが、不意にドアノブがカチャリと音を立てた。


 体を固くして身構えると、扉が開いてグレンダさんが姿を現した。


 床に座り込んている私を見て、ニヤリと口を歪める。


「あら、目が冷めてたの。ちょうど良かったわ。あなたが一番会いたい人を連れてきたわよ」


 グレンダさんに続いて部屋に入って来たのはエイブラムさんだった。


 エイブラムさんが部屋に入るとグレンダさんがバタンと扉を閉めた。


 私はエイブラムさんの姿を見て一瞬ホッとしたものの、すぐに彼の様子がおかしい事に気付いた。


 エイブラムさんの目は私を見ているようで、何処か焦点が合っていない。


 …まさか!


 グレンダさんに操られている?


 確か、前に読んだ魔術の本に禁術の項目があって、その中に人を操る魔術が存在すると書いてあった。


 流石に術のかけ方までは書いてはいなかったけれど、何処かにそれを書いた本が存在していてもおかしくはない。


 そう考えた時に、私が異世界に転移したのも禁術が使われたのかもしれないと思い至った。


 だけど、年齢的に考えて私を異世界転移させたのはグレンダさんではないだろう。


 それよりもこの状況をどうやって切り抜けるか、だわ。


 グレンダさんは私を見下ろして憎々しげに口を開く。


「まったく、サイラスったら。処分しろって言ったのに、まさか異世界転移の実験台にするとはね。しかもその時に出来た歪が綻んでまたこの世界に戻すなんて…。憎いあの女の顔をまた見ることになるなんて思わなかったわ」


 グレンダさんの話を聞いても今ひとつ理解が追いつかない。


 憎いあの女ってお母様の事?


 どうしてグレンダさんが私のお母様を憎んでいるのかしら?


 私が怪訝な顔をしているとグレンダさんが可笑しそうに笑う。


「ふふっ、何を言っているのかわからないって顔をしているわね。あなたには関係無い事よ。どうせここでサヨナラするんだから。せめて好きな人の手にかかって死なせてあげる」


 グレンダさんはエイブラムさんの首に両腕を回すと、その唇にキスをする。


 グレンダさんにキスをされても何の反応も示さないエイブラムさんに少し安堵する。


 だけど自分の好きな人が目の前で他の女性とキスをするなんて、それだけでも私の心は張り裂けそうになる。


「さあ、エイブラム。ひと思いに殺してあげなさい」 


 虚ろな目をしたエイブラムさんは、グレンダさんの言うまま腰に下げた剣に手をやり引き抜いた。


 剣の切っ先がまっすぐ私を指している。


 そのままエイブラムさんが私を目掛けて剣を振り上げる。


 その剣が私に振り下ろされる瞬間、私は思い切り叫んでいた。


「イヤーーーッ!」

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